第二十三章:静けさの裏に
焚き火の炎が、ぱちりと音を立てて弾けた。
朝食の片づけも終わり、荷物の点検もひと段落したが、ファナはまだ戻ってこなかった。
カイルは腕を組んだまま、森の奥をじっと見つめていた。
何も言わないが、口元はわずかに固く結ばれている。
レリアが心配そうに声をかける。
「カイル……もう、ずいぶん時間が経ったわ」
「……ああ」
カイルは短く答えたが、その声には焦りが滲んでいた。
焚き火のそばを見つめる彼の視線がふと遠くに向く。
彼の頭の中には、ファナが出て行った時の姿が思い返されていた。
(あの時の……あの目……)
ふとした瞬間の違和感。
あれは微笑みじゃなかった。自分に何かを隠そうとしている、そんな眼差しだった。
(あれは……初めて会った時の目だ)
カイルの脳裏に、あの夜の情景が甦る。
焼け落ちた森。血の臭い。誰も信じられず、誰にも頼らなかった、獣のような目。
(……まさか)
「レリア」
カイルは低く、そしてはっきりと名前を呼んだ。
「探すぞ。ファナは……もう、戻らないつもりで行った」
レリアはわずかに息を呑んだ後、頷いた。
「気づいてたのね」
「遅すぎた。……俺は、あの時の目を忘れてた」
二人は急ぎ準備を整えると、カイルがファナが歩いていった方向へ足を踏み出した。
「森に深く入ったとすれば、足跡が残ってるかもしれない。地形に詳しいファナでも、隠れるにしては危険が多すぎる」
レリアもカイルの隣に並び、草をかき分けながら言った。
「どうして……どうして一人で行こうとしたの……せっかく、心を開きかけていたのに……」
「それが怖かったんだろうさ」
カイルは静かに言いながら、地面に視線を走らせる。
「誰かに頼ること。守られること。笑えるようになること。それを“失う怖さ”の方が勝ったんだ」
「……でも、もう一度、連れ戻せるよね?」
レリアの声に、カイルは剣の柄に手を添えながら、かすかに頷いた。
「ファナは、生きることを諦めてはいない。ただ……一人で抱えようとしてるだけだ」
森の中を抜けていく二人。
その背には、もう誰かを“見捨てる”選択肢などなかった。




