第十五章:銀の影、灰の男
木陰の風が、ふと止んだ。
涙の乾きかけた頬に、冷たい気配が忍び寄る。
ファナは、ふと気配を感じて顔を上げた。
そこに立っていたのは、カイルでもレリアでもなかった。
見知らぬ男だった。
深い灰色のマントをまとい、頭には狼のような耳、腰には長く太い尻尾。
獣人——間違いない。
だが、その姿はどこか人間的で、整った顔立ちと瞳に宿る知性が、ただの旅人ではないことを物語っていた。
彼は静かに一歩踏み出し、言った。
「名乗っておこう。俺はエリオット・グレイフェン。……君と同じ、森を喪った者だ」
ファナの体がぴくりと跳ねる。
「どうして、ここに……?」
「偶然だよ。……いや、そう言うには少し出来すぎているかもしれないが、旅の途中で君の姿が見えた。銀の髪の獣人など、そうそう居るものじゃない」
彼の声は低く、抑えられていた。だがどこかに優しさの滲む響きがあった。
「……ラゼンの森の生き残りか?」
ファナは、すぐに答えられなかった。
だが、その問いは優しく、責める色はなかった。
「……あなたも、獣人……?」
「そうだ。ラゼンではないが、俺の故郷も帝国に焼かれた。……だから、君の震えが、よく分かる」
ファナの瞳が揺れた。
彼の言葉には、知っている者にしか出せない温度があった。
「……カイルたちが来たら、話してもらえるかもしれない」
ファナはまだ完全には警戒を解いていなかったが、刃を抜くような気配はなかった。
「無理をするな。……この大地には、まだ俺たちみたいな者が生き残ってる。全部が終わったわけじゃない」
そう言って、エリオットは木に背を預けた。
「カイル・ウィンズロウの噂は聞いている。あの男が一緒なら、多少は信じてみてもいいと思ってるよ」
ファナの目がわずかに見開かれた。
(この人……ただの旅人じゃない)
その直後、レリアとカイルが荷を抱えて道の向こうから戻ってきた。
「ファナ、待たせ――……あれは?」
カイルが即座に剣に手をかけた。
だが、ファナが小さく首を横に振る。
「……この人、“グレイフェン”って名乗った。私たちと、同じ……」
エリオットは軽く手を挙げて言った。
「敵意はない。少し、話がしたいだけだ」
焚き火を囲むまで、あと少し。
そこに、新しい物語の糸が絡まり始めていた。




