第十章:――追跡者たちの影
黒き翼の如く夜を裂いて、帝国の密偵部隊が山を越える。
ガルミア帝国の情報局――その中でも特に機密度の高い“第七課”は、追うべき獣の名を確かに認識していた。
「ファナ・ラムゼリア。あの森の“鍵”を持つ少女か……」
男は分厚い外套の下、帝国式の軽装甲を鳴らしながら囁いた。
月光に照らされたその顔は痩せこけ、だがその瞳は蛇のように冷たく光る。
傍らの従兵が声を潜めて尋ねた。
「本当に……彼女が“適合者”なのですか?」
「確定ではない。だが、あの森に長年棲む“古き種族”の末裔であることは間違いない。
そして何より、あの夜――“契約の石碑”が反応した。」
「……あの、炎に包まれた夜ですね。」
男の頭に浮かぶのは、数ヶ月前の“作戦”だった。
ラゼンの森――帝国にとっては“回収すべき遺産”の保管庫。
そこにあるとされる、旧王朝時代から続く“エルアの封印”。
それは太古の魔導文明が遺したとされる、神話にすら等しい“鍵”であり、
同時に、禁忌を解く存在だった。
「そもそも、この作戦は“戦略回収”ではなく“神託の再構成”が目的だ。
だが、“鍵”が抜けたままでは扉も開かぬ」
男は足を止め、懐から紙を取り出す。
そこには、灰色の髪に猫耳をもつ獣人の少女――ファナの粗いスケッチがあった。
「こやつが封印に干渉した。もしくは……選ばれた。ならば、我らが回収せねばならぬ。
帝国のために。“大陸統一”の礎となるその力を、他者に渡すわけにはいかぬ」
従兵は思わず息を飲む。
「もし彼女が本当に“鍵”であれば……?」
「ならば、特異存在として“因子融合”を試みる。
従わぬなら“制御下”に置けばいい。それが我らの役目だ」
男の言葉に、山風が冷たく吹き込む。
かつて森の中で何があったのか。
何を帝国が求めていたのか。
ラゼンの森の民は“森の記憶”と呼ばれる、千年前の大戦を記録する種族だった。
彼らの血と魂に刻まれた記憶こそ、古の兵器を動かすための“生きた鍵”。
だが、今やその民は焼かれ、絶たれ、ひとり残るのは――
「ファナ・ラムゼリア。ただの少女ではない。
あの娘は“遺産”そのものだ。生かして手に入れねばならぬ。死なせることも許されぬ」
兵たちは再び歩き出す。
空には、帝国が放った監視鴉が旋回していた。
遠く、山を越えた先。
焚き火の光に照らされ、眠る少女の存在など知る由もなく、
帝国の黒き手は、確かに迫りつつあった。




