幕間:「銀の記憶」
夕暮れ時、村にかかる木々の影が地面に長く伸びていた。
レリアとともにこの村にやってきたファナは、最初こそ目立たないようにフードを深く被っていたが、数日を共に過ごすうちにその姿を村人たちに見られることになった。
──獣人であることが、知られてしまった。
しかし、予想に反して、村人たちは彼女を責めたり恐れたりすることはなかった。
むしろ、今までの旅で出会った人間とはまったく違う反応に、ファナは戸惑っていた。
「おはよう、昨日のパン、口に合ったかい?」
「干し肉ならまだあるよ、持ってって。旅人さんの友達なんだろ?」
笑顔で語りかけてくる人々。
中には彼女の耳を見て驚く者もいたが、それ以上に“気にしない”という態度が村全体に浸透していた。
「……なんで、怖がらないの?」
ある夜、レリアと一緒に夕食を囲んでいた時、ファナがぽつりと呟いた。
「この村の人たちはね、帝国に森を焼かれた話も、獣人の悲劇も、ちゃんと耳にしてる。
……それに、私が何年もここを通ってるから、私の連れてくる人を疑わないの」
「でも、私……何も信じられなくて……」
「それでいいのよ。信じることは、急ぐものじゃないから」
レリアのその言葉は、焚き火のように静かに心を照らした。
その夜、レリアが提案した。
「今日は湯が沸いてる。よかったら、浴場で汗を流さない?」
「……浴場?」
村の共同浴場は、木造で囲われた素朴な建物だった。
湯気が立ちこめ、ほんのりと薬草の香りが漂っている。
ファナは戸惑いながらも、レリアに連れられて湯の中へと足を踏み入れた。
はじめは身体を隠すように縮こまっていたが、湯の温かさに次第に緊張が溶けていく。
「ふふ、髪、洗ってあげる」
レリアの優しい声に、ファナはそっと身を任せた。ごしごしと丁寧に指を通して洗われていく髪。
すると、黒く煤けていた髪の下から、淡い銀灰色が現れた。
「……っ、これ……」
「元々の色ね。綺麗よ、月みたい」
ファナの心に、ひそかなざわめきが走った。
(ああ……私は、こんな髪をしてたんだ……)
忘れかけていた自分の姿が、湯気の中に戻ってくる。両親が「月の子」と呼んでくれたあの日の記憶。弟が髪を撫でながら笑ってくれた日々。
そして、流れた血と炎。
胸が苦しくなった。目を閉じると、涙がつっと頬を伝う。
「レリア……私……私は、生きてていいの?」
「いいのよ。生きて、また笑って。いつかその笑顔を誰かに見せてあげて」
ファナは目を伏せ、震える指で濡れた髪をなぞった。
(私は、まだ……あの夜から動けてない。でも……)
月が湯面に反射して、白く揺れていた。




