裏切りのアルタイル
初短編作品です。
よろしくお願いします!
山間にある小さな村の中心で、少年は呆然と立ち尽くしていた。
静まり返った村内。周囲に漂う血の臭い。破壊された家屋。地面に横たわる大量の亡骸。村は地獄絵図をそのまま描いたような惨状だった。
少年は木にもたれ掛かる男性の亡骸を見つめていた。亡骸は少年の父親だった。
「酷いものだな」
白い外套を羽織った長身の男が、少年の背後でそう呟いた。
空を覆う灰色の雲から雨が降り始める。男はそれを厭うように見上げた。
「泣かないのか? それはもう動かないぞ」
「わかってる」
「何?」
「お父さんはいつも言っていた。男が簡単に泣くな。強く生きなさいって」
「賢しい親子だ」
男は鼻を鳴らすと、持っていた傘を広げた。
「どうして、お父さんや村のみんなは殺されたの?」
「加害側に殺す理由があったのだろう」
「殺す理由……それがあれば人を殺していいの?」
「いや」
男は頭を振った後、村の惨状を見据えた。
「この世には人を殺していい道理などない」
「じゃあ何でお父さんは……」
少年は振り向く。目元に涙をためて男を見上げる。
男は傘を少年の頭上に移した。
「おじさん……?」
「私と一緒にこの国の中枢へ来い。貴様も私と同じ『不思議な能力』を持っている。その能力はこの国では、いや、この世界では大変貴重なものだ」
男は地面に転がっていた石を拾い、胸の前に掲げる。石を乗せていた手の周囲に電流のような光がはしる。石が強く発光した。
少年は眩しさが消えていくのを感じると、瞼をゆっくりと開いた。
男の指の間から砂粒が落ちていく。
手のひらに乗っていた石が忽然と消失して、石の代わりにガラス製のグラスが乗っていた。
「これがどういう仕組みかは貴様も分かるだろう?」
「花崗岩から石英だけを取り出して食器に加工した」
少年はまるで何かに取り憑かれたように、すらすらとそう述べた。
「そうだ。鉱物を自在に操るこの『操形』の能力を国は高く評価している」
男は少年に背を向ける。翻った外套の表面には四角形の幾何学模様が並んでいた。
「『操形』の力を持つ存在、『操形宝士』。国はこの能力を持つ者をそう呼称し、次世代の国力になることを期待して、国内から能力者を集めている。先の王位争いが終結を迎え、この国は大きく変わろうとしている。その中で力ある者こそが上にいける。世界を変えられるのだ。私と共に国へ来い、レイリ=コークルフィン。貴様は上に行ける資格をすでに持っている」
「……国とか言われてもよくわからないよ」
男はつまらないといった表情で少年を眺める。
「でも……お父さんを……村のみんなを殺した奴を絶対に許せない……!」
男はニヤリと口角を上げて、膝を折り、少年の双眸を真正面から見据える。
「復讐が望みか?」
少年は肯定も否定もせず、唇を噛みしめながらぽろぽろと涙をこぼす。
「望みがあるなら自分の力で叶えろ。それが大人になるということだ」
「……うっ、うあああああっ」
少年は堰を切ったように泣きじゃくる。
男は全身を雨で濡らしながら、少年に傘を差し続けた。
これは少年の過去の記憶。
そして少年は後に知る。
父親を殺害した張本人がこのとき、目の前にいたことを。
やがて少年は青年になり、決意する。
男――ヴィッセン=アルマーフを殺す。
例えどんな代償を払っても、この国を裏切ることになってでも、必ず殺す。
これは少年――レイリ=コークルフィンの裏切りの物語。
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フェーネルド大陸の北北東にリレクト王国という大国があった。議会制度による政治体制の下、類まれなる先進技術を有し、強大な軍事力をもって周辺諸国との戦争に連勝を続け、版図の拡大を続けるなど隆盛の一途を辿っていた。
リレクト王国の中央に聳える王宮では国の要職を集めて戴冠式が行われていた。
アーチ状の正門から玉座まで伸びる深紅の絨毯の上を、紳士服姿の青年――レイリ=コークルフィンが悠然たる足取りで進んでいく。
絨毯の左右に整然と並んだ数百人の政務官がレイリを注視する。
レイリは小段をのぼって上座にあがる。絨毯の先には、燦然と輝く宝石をちりばめた王冠を被る国王と、純白の外套を身にまとった八人の大臣たちが待っていた。レイリは国王の前に到着すると胸に手を当てて、その場で跪く。
「レイリ=コークルフィン。国命を賜り、ここに参じました」
「ご苦労。そして貴公には試練を命じる」
国王――ケヴィク=コンフィネがそう言うと、純白の外套を身にまとった年若い女性が前に出て、独特の縞模様が入った茶褐色の岩石をレイリに渡す。
「がんばって」女性は小声でレイリに呟く。
「わかってるよ、アリア」
レイリは受け取った茶褐色の岩石を観察する。内心で、出題者は性格が悪いな、と思った
「オニマックスマーブル。太古の温泉環境に堆積した炭酸潮塩岩の一種であるトラバーチンです。主な象造岩構造としては方解石、霰石、ドロマイトであり、注意すべき点は、この岩石にはオニックス(縞瑪瑙)にはならないということです。ですが――」
レイリの両手に光の筋が一瞬はしる。
岩石から黒と白が縞状に混ざった小さな鉱物を抽出して、それを右手に乗せた。
「こちらが二酸化ケイ素のみを抽出した縞瑪瑙となります」
「うむ」
ケヴィクはレイリから縞瑪瑙を受け取ると、満足げにうなずいた。
女性――アリア=ウェスカーヴェルは安堵の表情を浮かべると、純白の外套をレイリに渡す。
レイリは外套に袖を通す。
白糸できめ細やかなにつくられた外套の裾がふわりと待った。
「これにて『操形の儀』は終了とする。そしてレイリ=コークルフィンよ。本日の叙任式をもって貴公を鉱物資源担当省、その大臣に任命する」
「謹んで拝命いたします」
政務官たちから拍手が沸き起こる。
外套をまとった大臣たちもささやかに拍手を贈った。
喝采の中でレイリは微笑みを浮かべる。
故郷を離れ、この叙任式まで十三年の歳月を重ねた。
多くの苦労もあったがそれも報われる形となった。
しかし、これはあくまで足掛かりであり本願ではない。
本当の試練はここから始まる。
レイリは国王の左後方を一瞥する。
厳かな雰囲気を放つ巨躯の男はレイリを見据えながら小さく手を叩いていた。
リレクト王国の軍務省、その大臣であり、『軍神』の異名を持つ。市井から尊敬と畏怖を集めるその男の名はヴィッセン=アルマーフ。
レイリが心から殺したい存在は祖国リレクトの中枢にいた。
最近妙に何かを裏切りたい気持ちが強くなって形にしてみました。
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ちなみに鉱物はさざれのラピスラズリが好きです。
お読み頂きありがとうございました!m(__)m




