第9話 鉢合わせ
絶叫のあと、しばらく経ってようやく心の落ち着きを取り戻した。柚希はというと、スマホを操作して最上に送るメッセージを書いている。
「じゃあっ、悠には『なんとなくだけど、おにいはラノベに興味あるみたい』って送っておくね!」
「うん……そうしておいて」
あくまで柚希には「柚希自身が最近の兄を考察したうえでの見立て」としてメッセージを送ってもらった。最上もまさか自分の発言が柚希を通じて筒抜けだとは思ってないだろうからな。
ちなみに、ラノベという広い概念を選んだのには理由がある。一般文芸だと、既に俺が読んだことのある本を買ってきてしまう可能性があるからだ。
それに「ラノベ」と一言で言ってもいろいろな作品がある。その中で最上が何を選ぶのか、というところを楽しみにしたいという気持ちもあったわけだ。
***
少し時間が進んで、日曜日の午後。今日は朝から柚希と街中に出かけていたのだけど、家に帰る前に最上に贈る本を選ぶことにした。駅前のペデストリアンデッキで、柚希と別れる。
「俺、ちょっと本屋に行ってくるから。先に帰っててもいいよ」
「うん、じゃあねー!」
ワンピースを身にまとった柚希が、こちらに手を振りながら去っていった。さて、どこの本屋に行こうか。やっぱりあそこの丸善かな、デカいし。
「ふあ~あ……」
欠伸をしながら、春風の吹くデッキを歩いていく。四月の初めなのに、結構暖かいな。今日は最高の日曜日って感じだ。
それより何の本を買うか考えないと。最上もそれなりに本を読むみたいだし、下手に選ぶとそれこそ「読んだことあります」って言われちゃいそうなんだよな。なかなかチョイスが難しい。
「うーん……」
頭を悩ませながら足を進める。そもそも、この間の放課後に読んでいた本の正体も結局分からなかったからな。何のジャンルを読むんだろう。そもそも小説が良いとも限らないしな。図説、学術書、漫画、その他もろもろ。本の種類に限りはないからな。
「……」
何も思いつかないまま、本屋のあるビルに足を踏み入れた。俺はこんなに苦労してるのに、最上はズルしたからなあ。俺のために選んでくれた本ならなんだっていいのに、そこまでして厳密に俺の好みの本を選ぼうとするのはなぜなんだろう――
「!?」
本屋の方に見覚えのある人影を発見し、思わず柱の陰に隠れてしまう。灰色のパーカーにジーンズと、意外とラフな格好だけど……あの凛々しい立ち姿、他の誰でもなないだろう。間違いない、あそこで雑誌を立ち読みしているのは最上!
「……どうしよ」
困ったことになったな。幸い雑誌に集中しているようだから、俺が来たことに気づいてはいないみたいだけど。向こうもきっと本を買いに来たんだろうし、このまま俺が本屋に行けば鉢合わせだ。
「……」
しかし、どっちみち何かしらの本を買いに行かないといけないんだし。広い店内だ。俺も私服だし、適当に歩き回っていれば見つからないだろう。そもそも、ばったり会ったところで不都合があるわけでもないしな。
「まあ、いいか」
柱の陰からそっと身を出して、本屋の方に向かって歩き始めた。
***
「こういうのじゃないよな……」
何の当てもなく店内を彷徨っていた俺は、いつの間にか漫画の棚に漂着していた。発売されたばかりの新作や、もう十数年も連載しているような名作まで。いろいろ面白そうなのを手に取ってみたけど、あまりピンと来る作品はなかった。
「ん?」
漫画の棚をじっと見ていた時、ふと顔を上げると……近くの通路にパーカー姿の女子高生。ヤバいっ、最上だ! 慌てて棚の陰に隠れ、こっそりと通路の様子を窺う。
「……」
最上は近くの棚から適当なラノベを取り、表紙を見ていた。そうか、ここの本屋は漫画とラノベの棚が近いんだったな。柚希に「おにいはラノベに興味がある」って言われてるはずだし、たしかにここに来てもおかしくないのか。
「……これかな」
小さな声で呟き、さっき選んだラノベを持って向こうに歩いていく最上。おやっ、随分とあっさり決めたな。そんなにしっくりくる作品があったってことかな、楽しみだ。
俺に贈る本を選んだってことは、最上はもう帰るんだろうな。これで気にせず店内を歩き回れるってわけだな、よし。ほっと胸を撫でおろした俺は、再び気の赴くままに歩いてみることにした。
***
「うーん……」
通路を歩きながら、今日何度目か分からないため息を漏らす。学術書、図鑑、児童書、参考書まで。とにかくいろいろ見てみたのだけど、どうにも良いのが見つからない。困ったなあ……って、あれ!?
「最上!?」
帰ったんじゃなかったのかよ!? 近くの棚の前にいる最上を見つけて、慌てて隠れる俺。そーっと物陰から様子を窺うと……最上は何やら迷っている様子だ。
あそこの棚って、いつも特集とかフェアとかをやっているところだよな。今は何のフェアをやっているのか忘れたけど。
最上は分厚いハードカバーの本を手に取り、じっと見ていた。表情は変わってないけど、普段よりいくらか目が輝いているようにも見える。買いたいのかな。
「……はあ」
と思っていたら、最上は背表紙を見てため息をついていた。もしかして値段が気になるのか? 文庫と違って高いからなあ。数千円することもあるし、高校生のお財布には厳しいのかもしれないな。
結局、最上は手に取った本を棚に戻し、レジの方に歩いていった。……よく考えれば、その本を参考にすれば最上の好みが分かるんじゃないか? そうと決まればっ、さっそく――
「?」
「!」
物陰から出ようとしたら、なぜかこちらに振り向いた最上と――目が合った気がした。俺は慌てて棚に隠れる。……見つかったか?
「……」
また物陰から様子を窺ったのだが、最上は何も言わずにこちらをじーっと見て……再びレジの方に向かって歩きだした。よかった、バレていないみたいだな。
最上が完全に視界から消えたのを確認してから、通路に出て件の棚の前まで歩いていく。いったい何の本を見ていたんだろう。そう思いながら、いざ棚を見ると――
「……なるほどな」
そこには「復刻版! 古典SFの傑作選!」と題して所狭しと分厚い本が置かれていた。たしかに値が張りそうだな。さっき最上が手に取っていたのは……これか、ちょっと見てみようっと。
俺は本を手に取り、背表紙を見てみる。たしかに、高校生が買うには高いな。これをプレゼントする、ってのも悪くないけど、流石に気を遣わせてしまいそうだ。せっかく読みたそうにしていたのに残念だな。
「あれ?」
この本、タイトルに見覚えがある。昔、市民図書館で読んだことがあるような気がするな。だけどこんなハードカバーじゃなかったはず。……ってことは、文庫版があるってことだよな。
「……よっしゃ!」
これだっ、これしかないっ! 勝ち筋を見つけたような気がして、心の中でガッツポーズをしてしまう。
絶対にお前が喜ぶ本を買ってやるからな。楽しみにしてろよ、最上――




