第8話 提案
すごろくで遊んだ翌日。例によって部室で本を読んでいると、静かに部室の扉が開き、最上が姿を現した。
「……失礼します」
「うん、お疲れ様」
ペコリと頭を下げて、こちらに近寄ってくる。そのまま椅子に座るのかと思って、手元の本に視線を移したのだけど……気がつくと、最上が俺の真横に立っていた。
「ん、どうしたの?」
「……柚希とは付き合ってないんですよね?」
「ぶっ!?」
まだ続いてたのかよ、その話!? 柚希が誤解を解いてくれたんじゃなかったのか!?
「つっ、付き合ってないって! 本気で信じてたの!?」
「いえ、違いますけど。随分仲がよろしいみたいなので」
「言っておくけど、柚希を取ったりしないからね!?」
「当たり前じゃないですか。別にそんなことは思ってません」
そう思うならどうしてブロックなんかしたんだよ、とは聞けなかった。満足したのか、最上は鞄を机の横に掛け、椅子に腰を落ち着ける。やれやれ、俺も読書に戻るとするかな。
「……」
「……」
静かな時間が流れる。いつの間にか最上も本を取り出し、黙々と読みふけっていた。なあんだ、今日こそ碁石でも持ってくるかと思ってたのに。
「……ん」
最上が髪を耳にかける。やっぱり所作が洗練されているな。美しいというか、つい見惚れてしまうというか。
「なんですか?」
「いや、なんでもないけど」
「……そうですか」
じっと見ていたら、気配を悟られてしまったみたいだ。表情が変わらないのは相変わらずか。でも、昨日一昨日と最上の内面を垣間見たような気もする。
……まあ、柚希が勝手に最上の言っていることを教えてくれるからだけど。うちの妹、いつか友達をなくすんじゃないかと心配になるな。その時は俺が遊び相手になってやるか、仕方ねえなあ。
「なんですか?」
「えっ、何が?」
「ニヤニヤしていたので。柚希のことでも考えていたんですか」
「な、なんでそうなるんだよ!?」
「違ったんですね。失礼しました」
「いや、考えてはいたけど」
「……シスコン」
「なんで!?」
最上はため息をついて、また読書に戻った。俺ってシスコンなのかなあ。
「……」
ふと、最上の読んでいる本に目を向ける。俺のと違ってブックカバーがかかっているから、タイトルが分からないな。どんなのを読んでいるんだろう。
「それ、面白い?」
兎にも角にも、聞いてみることにした。昨日は俺が同じ質問をされたけど、立場が逆になったな。
「ユニーク」
「えっ?」
「言ってみたかっただけです。まあ……微妙ですね。展開は読めるし、表現力も欠けてます」
「へえ、どんな内容?」
「気になるんですか」
最上はサッと本を持ち上げ、口元を隠した。なんだよ、もったいぶって。本のタイトルくらい、教えてくれたっていいじゃんか。
「うん、気になる」
「そうですか。……秘密です」
「えーっ、そんなあ」
「逆に、先輩は私がどんな本を読んでいると思うんですか」
「なにそれ?」
「気になったんです。この本、何だと思いますか」
「うーん……」
難しいな。一緒の部活になって三日目だし、最上の好みが分かるほど仲良くなったわけじゃない。どちらかというと、硬派なものを読んでそうだけど。
「SF?」
「いいえ」
「ミステリー?」
「いいえ」
「恋愛?」
「いっ……いいえ」
「意外とラノベ?」
「いいえ」
「うーん……」
最上は文章を目で追いながら、静かに答えていた。これじゃあ分かんないよ。しかも「展開は読めるし、表現力も欠けてます」って言ってたよな。俺が昨日読んでた歴史小説もそんな感じだったけど、まさか同じ本を読んでいるわけないし。
「分かんない。降参!」
「そうですか。残念です」
「教えてくれないの?」
「秘密のままの方が良いこともあります」
「ふーん……」
釈然としない気持ちを抱えたまま、読書に戻ろうとしたその時。最上の声が聞こえ、再び顔を上げる。
「あの、先輩。せっかくなら文芸部らしいことをしませんか」
「どういうこと?」
最上は目をそらし、また口元を本で隠している。俺が首をかしげていると、最上は静かに口を開いた。
「今日、金曜日ですよね」
「うん」
「つまり、土日休みがありますよね」
「もちろん。それがどうしたの?」
「……月曜までに本を用意して、お互いに贈り合うというのはどうですか」
「えっ?」
つまり、互いが読みそうな本を書店か何かで購入して……プレゼントするってことか? たしかに文芸部らしい活動だし、面白いな。
「いいね。楽しそう」
「じゃあ、決まりですね。週明けに持ち寄るということで」
「最上が読みそうな本かあ。なかなか難しいな」
「言っておきますけど、ズルしないでくださいね」
「ズルって?」
「柚希に聞く、とか。もしかしたら、私の読みそうな本を知っているかもしれないので」
「あはは、そんなことしないって」
こういうのは互いに腹を探り合うから面白いんだから、そんな野暮な真似はしない。土日に街中の本屋に行って、見繕うとするかな。それより、最上がどんな本を買ってくるのかが楽しみだな――
***
この日は何事もなく部活を終えて、昨日よりも早く帰宅した。夕飯の支度をしていると、玄関から物音が聞こえたので出迎えに行く。すると、スマホを片手に持った柚希が開口一番に――
「おにいっ! 柚希が『先輩の好きそうな本ってなにかな?』だって!」
……なあ、最上。それはっ、それは駄目だろ。だって、だって――
「ズルすんなって言ったのはお前じゃねえかあああああ!!!!?!?」
「ちょっ、どうしたのおにい!?」
おたまを片手に、妹の前で絶叫した俺であった……。




