第53話 裁定
一位でゴールラインを駆け抜けた俺たちを待っていたのは、鳴りやまぬ拍手喝采――ではなく、渋い顔をした実行委員たちであった。
「これ、一位にしていいの?」
「あれは二人三脚じゃないって!」
「そりゃ、抱えて走った方が速いに決まってるしさあ……」
ゴール付近で待機していた数名の委員たちが輪を作り、喧々諤々と議論を交わしている。どうやら二人三脚でお姫様抱っこをする奴が現れるのは想定外だったらしい。
「なんか、俺たち悪いことしたみたいだね」
「自覚してなかったんですか?」
抱っこされたままの悠は、なんだか呆れたような表情を浮かべていた。あれ、おかしいな。さっき見た笑顔は幻だったのか……?
「いいじゃん、別に。駄目だった?」
「先輩、女の子を抱いてから承認を取り付けるタイプの人間だったんですね」
「言い方おかしいって!」
「でも――」
悠はぷいっとそっぽを向いた。数秒黙り込んだ後、呟くように一言。
「……かっこよかったです」
自分の顔が赤くなるのを感じた。好きな子から褒められることが、こんなに嬉しいことだとは思わなかったな。
「あ、ありがとな」
辛うじて返事をする。仮に一着が認められなかったとしても、今の一言を聞けただけで十分だな。噂をしていた連中にも、こうして俺と悠の関係を見せつけることが出来たわけだし。
二人三脚の結果がなかなか出ないせいか、グラウンドの観客たちが少しずつざわつき始める。本来ならそろそろ閉会式を始めてる時間だし、そうなるのも当然かもしれない。
「みんなー、大丈夫ー?」
ふと気づくと、ワイヤレスマイクを片手に持った春先輩がこちらに歩いてきていた。実行委員たちが揉めているものだから、心配になってやってきたらしい。
「あっ、お疲れ詩音くん!」
「ど、どうも……」
「悠、怪我したの? 大丈夫?」
「うん、ちょっと足ひねった」
「そっかあ。だから詩音くんに抱っこしてもらったんだね~!」
俺たちの前に現れた春先輩は、なんだか感心した様子だった。今、この人は何を考えているのかな。お姫様抱っこ、というのは春先輩の未来予想図の中に描かれていたのだろうか。
「で、さっきから何を話し合ってるの? 文芸部が一着で決まりでしょっ?」
春先輩はくるっと身を反転させた。生徒会長にそう問われた実行委員たちは、たじたじになりながら返答している。
「いえっ、その……先ほどの結果を正式に認めるかどうかを」
「え~っ、駄目なの?」
「ええと、二人三脚というのは二人が足を結んで走るものですし……」
「でもでもっ、お姫様抱っこしちゃだめーってルールはなかったでしょ?」
「まあ、そうなんですが……」
俺が言うのもなんだけど、普通そんなルールは設定しないと思う。とはいえ、春先輩の言い分も筋が通っていないとは言い切れない。どうするんだろう……。
「よしっ、分かった!」
その時、春先輩が再び俺たちの方を向いた。いつものようにニコッとほほ笑んで、口を開く。
「二人ともっ、よ~く頑張ったもんね?」
「えっ?」
「お姉ちゃん?」
「大丈夫! 私に任せてっ!」
春先輩は持っていたマイクを口元に寄せた。そして大きな声で、観客席に向かって問いかける。
『全校生徒のみんな~、ちょっといいかな~!』
「「!?」」
思わず、俺と悠は顔を見合わせる。春先輩、一体何を考えてるんだ!?
「ちょっと、お姉ちゃ――」
『二人三脚、みんな観てたよねー?』
「は、春先輩?」
ただただ呆然と先輩の背中を見守るしかない。さっきまで話し合っていた実行委員たちも、あんぐりと口を開けて呆気に取られている。
『さっき、ペアの子を抱えて走っていた選手がいたと思うんだけど! 途中で怪我をしちゃったからなんだってー!』
観客席がざわつき始めた。俺と悠は春先輩の意図が分からず、首をかしげる。そんな説明なんかして、どうするんだろう……?
『そこでねっ! みんなにお願いしたいんだけどー!』
左腕で俺たちのことを指し示しながら、春先輩が一段と大きい声を張り上げた。観客全員の視線がこちらに集まったような気がして、ドキッとする。
『――この二人が一着だなって思う人は、拍手っ!!』
「「!」」
悠がビクっと反応したのが分かった。一瞬だけ間が空いて、ぱちぱちという音がまばらに聞こえ始めた。それはだんだんと集合体に変わっていき、グラウンド中を包み込んでいく。
「詩音先輩……!」
次第に大きくなる拍手の音を聞いて、悠が表情を変えていく。俺は悠を抱いたまま、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。
みんなが、俺たちを見ていたみんなが認めてくれたんだ。俺たちの二人三脚を。俺たちが最後まで駆け抜けたという足跡を、みんなが証明してくれたんだ……!
「よかったねっ、二人ともっ!」
春先輩はこちらに顔を向けて、笑った。俺は何も言うことが出来ず、黙って頭を下げる。形はどうあれ、この人は俺たちの背中を押してくれたんだ。今は感謝の気持ちしかない。
「おっ、お姉ちゃん……」
「悠、早く保健室に連れて行ってもらったら? せっかく抱っこしてもらってるんだからさっ!」
「うっ、うん……」
悠は何かを言おうとしていたけれど、結局は口を閉ざしてしまった。今、この後輩はどんな気持ちなんだろう。姉を超えることが出来て嬉しいのか、あるいは。
「すいません、じゃあこのまま保健室まで連れて行きますね」
「うん! うちの悠をよろしくっ!」
「はい、お預かりします。その代わり、うちの柚希のことはお願いできますか」
「ああ~、柚希ちゃん? ごめんね、今ごろ先生方にお説教食らってると思うから……」
柚希の名を出した途端、春先輩が急に視線をそらした。もしかして、今日の一件で柚希に対する苦手意識を植え付けられたのかもしれない。うちの妹も大したものだな。
「じゃあ行くよ、悠」
「こっ、このまま行くんですかっ……?」
「いいじゃん、どうせ歩けないでしょ。大丈夫だよ、誰も見てないから」
「そうじゃなくて……」
悠は頬を赤く染めて、もごもごと何かを言いよどんでいた。文句を言おうにも言えないらしい。やっぱり――この後輩は可愛い。
拍手が鳴りやまぬグラウンドを後にして、校舎に向かって歩きだしたのだった。
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