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クールを気取って距離を縮めてくる後輩女子の策略が、妹を通じて俺に筒抜けな件について  作者: 古野ジョン
第一章 クールな後輩との出会い

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第52話 秘策

 順調に走っていた、はずだった。スタートしてから、俺たちはがむしゃらに駆けた。自分のため、あるいは互いのために、持てる力を振り絞った。


 悠は一所懸命だった。絶対に勝とうという言葉の通り、歯を食いしばって走っていた。いつもなら絶対に見られないような、必死な表情だった。


 それに応えようと、俺もただひたすらに走った。ゴールだけを、前だけを見ていた。一着で駆け抜けたい。俺たちはたしかにその目標を共有していた。


 ただ――ほんの一瞬だけ、歩調が合わなかっただけなんだ。


「っ……!」

「悠!」


 俺が僅かに遅れたせいで、悠がバランスを崩した。それに引っ張られて、気づいたときには俺も転倒していた。俺に覆い被さられている悠は、地面に横たわって苦悶の表情を浮かべている。


「大丈夫かっ、悠!?」

「先輩、すみません……」

「いっ、今どけるから!」


 悠は俺を責めるどころか、詫びの言葉を発した。俺は慌てて立ち上がり、悠の身体を自由にさせる。足のバンドは、転んだ弾みで外れてしまったみたいだ。


「悠っ、血が……!」

「平気です。詩音先輩は心配性ですね……」


 思い切り地面で擦ってしまったのだろう、右膝から血が滲んでいるのが見えた。だが悠は気丈に振る舞っている。この状況で弱音を吐かないあたり、この後輩は本当に強いんだな。


「先輩、後ろが来ますよ……?」


 悠に言われるがまま、後ろを振り返った。さっきまで圧倒的な差をつけていたのに、気づけば後続が追い上げてきている。私なんか気にしないで走りましょう、悠はそう言いたいのだろう。


「立てる?」

「手を……」


 右手を差し出すと、悠は身体を起こしてそれを掴んだ。なんとか立ち上がろうとしているけど、なかなか足に力が入らないようだ。もしかして――


「悠、足が――」

「いいから! き、気にしないでください……」

「でもっ……!」


 悠は右足首に手を当てており、明らかに気にしていた。強い痛みはないみたいだし、骨は大丈夫そうだけど……捻挫かな。どちらにせよ、これ以上走るのは……。


「悠、肩に掴まって」

「先輩?」

「その足で走らせられない。棄権しよう」

「えっ……」


 ずっと平静を装っていた悠が、初めて感情を露わにした。落胆したような、あるいは望みを絶たれたような、そんな声だった。


「でもっ、絶対勝つって……!」

「ごめんな、悠。ごめんな」

「先輩……!」


 さっきの話を聞いていれば、悠がこのレースに懸けていた気持ちは痛いほど理解出来る。俺だってこのまま走りたい。どんなに不格好でもいいから、一着は無理でもゴールまで駆け抜けてやりたい。


 でも、それじゃ駄目なんだ。俺は悠のことが好きだし、悠の望むことは叶えてあげたい。だけど――それ以前に俺は悠の()()なんだ。怪我をしている後輩に無理をさせるなんて、それこそ先輩失格に決まって――


『何やってんのっ、おにいーっ!!』

「「!?」」


 ゆっ、柚希!? 柚希の声だよな!? なんでアイツの声がスピーカーから聞こえるんだ!?


『何諦めてんのっ!! おにいは絶対に勝たないといけないんだからっ!!』

『ちょっと柚希ちゃんっ、勝手にマイク使っちゃ――』

『私のおにいはっ、こんなところでやめる人じゃないもんっ!!』


 グラウンド中がざわついている。慌てて周りを見回してみると、大会本部のテントで柚希がマイクを握りしめており、春先輩がどうにか奪い返そうとしていた。


「柚希、何してるの……」


 悠も呆れたように本部の方向を見ていた。そりゃ、自分の親友が体育祭の放送をジャックしていたらそうなるに決まってるよな。


『おにいっ、這ってでも勝てーっ!!』

『ゆっ、柚希ちゃんっ!!』


 これだけ春先輩を狼狽させる人間もなかなかいないだろうな……。でも、なんだか吹っ切れた気がする。妹が妹なら、兄も兄ということだな!


「悠!」

「えっ?」


 俺は地面に片膝をついた。悠はぽかんとして俺の方を見ている。柚希、「這ってでも勝て」と言ったな。見てろよ、おにいは絶対に勝ってみせるからな……!


「し、詩音先輩?」

「いいからっ! もう後ろが来てる!」

「えっ、でも」

「早く! ここ座って!」


 悠は首をかしげつつ、這うようにして俺の足に掴まり、身体を起こした。どうにか俺の腿の上に座り、じっと俺の顔を見る。


「先輩、何を――」

「首、掴まって!」

「!?」


 悠の腰と腿の裏に手を入れて、両腕に力を込めた。そのまま立ち上がると、悠は慌てて俺の首にしがみつく。そう、簡単な話だ。悠が走れないのなら、俺がお姫様抱っこをすればいい……!


「ちょっ、ちょっと詩音先輩……!」

「いくぞっ、悠!」

「ええっ……!?」


 大事な大事な後輩を抱えて、再びトラックを走り出す。その瞬間、グラウンドが揺れたような気がした。どよめき、悲鳴、そして歓声が巻き起こる。まるで、観客全員が俺たちのことを見ているような気分だった。


「しっ、詩音先輩っ……!?」

「いいからっ! ちゃんと掴まってないと落ちるよっ!」

「そうじゃなくてっ、二人三脚なのに――」

()()で走ってんだから問題ないっ!!」

「えええっ……!?」


 腕の中にいる悠は、今まで見たことがないくらいに赤面していた。しかし顔を覆うような真似はせず、むしろ目をキラキラと輝かせ、俺に身を委ねてくれている。


『おにいっ、いけーっ!! 走れーっ!!』


 柚希の声が、俺たちの背中を強く押してくれた。二人三脚でお姫様抱っこを敢行する無法者の兄と、それを放送ジャックで応援する妹。高校にも雫石兄妹(おれたち)の(悪)名が轟くことになってしまったなあ……。でも、今更気にしたって仕方がない!


「先輩……」

「なに!?」

「こっ、こんな真似をして……王子様にでもなったつもりですか?」

「白馬の方が良かった!?」

「……うるさい」


 照れたように、悠は俺の顔から目をそらした。王子様、か。なんだか恥ずかしいけど、そう思われているならむしろ嬉しい。好きな子の王子様になれるなら、それ以外に何を望むことがあるだろう。


「重くないですか……?」

「大丈夫っ!」


 女子とはいえ、高校生を抱えて走るのはそう簡単じゃない。だけど、今はなぜだか重く感じなかった。火事場の馬鹿力、と言うには変な状況だけど、何か不思議な力が働いているのかもしれないな。


「がんばれーっ!」

「走れーっ!」


 ふと耳を澄ますと、観客が俺たちに声援を送ってくれていることに気が付いた。これで噂をかき消すという目標は達成出来るだろう。でも、よく考えたら――そんな噂、気にしなければよかっただけなんだよな。


「悠っ!」

「はい?」

「――勝つぞ!!」


 腹の底から声を絞り出し、思い切り叫んだ。後続との距離は再び離れつつある。あとは十数メートル先に見えるゴールラインを越えるだけ。勝つ。絶対に――俺たちが勝つ!


「……はい!」


 腕の中にいる後輩が、満面に笑みを浮かべた。この時初めて、俺は気づいた。いつもはクールを気取って、大人のように振る舞っている悠。その素顔は――


 王子様に憧れた、無邪気な女の子だったんだ。


「っしゃあ!!」


 快哉を叫びながら、ゴールテープを切ったのだった。

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