第42話 お知らせ
「生徒会からお知らせを持って参りましたーっ!」
「お姉ちゃんっ……!?」
「はっ、春先輩……!?」
悠の背後に現れたのは、満面の笑みを浮かべた春先輩だった。見計らっていたとしか思えぬタイミングでの登場。わざと? 偶然? ……この人の場合、どちらもあり得るな。
「あれー? 二人とも、こんなとこでどうしたの?」
「それは、えーっと……」
二人して扉の前にいた俺たちのことを不思議に思ったのか、春先輩はあざとく首をかしげた。対照的に、悠は浮かない表情で俯いている。
「それよりー! 昨日はありがとねっ、詩音くん!」
「はあ、どうも」
「なんかごめんねー? 私と詩音くんが二人きりだったーとか、変な噂になってるみたいで」
「いえっ、それは……別にいいですけど」
「そっかー。でもなーっ、結局詩音くんの歌は聞けなかったなー?」
「まあ、そうですけど……」
「今度はさっ、二人で行こうよっ! ねっ?」
春先輩の明るい声に、悠がビクっと反応していた。ここでほいほい誘いに乗ってしまえば、昨日と同じことの繰り返しだ。だからって、無下に断れば角が立つ。
「えっと……せっかくなら、悠も一緒に三人で行きませんか」
「えっ?」
一瞬、春先輩が戸惑った。ここで悠の名前を出されるのは想定外だったんだろうな。
「まあ、それでもいいけどっ! 悠とカラオケなんて全然行ってないな~」
「……」
悠の表情は変わらない。そもそもこの姉妹は一度でも一緒にカラオケに行ったことがあるんだろうか。俺なんて、毎週柚希をカラオケに連れて行ってもいいと思っているのに。
「……お姉ちゃん」
「ん? どうしたの?」
ようやく悠が口を開いた。まるで睨みつけるような鋭い視線を見せ、春先輩の方を向く。
「何しに来たの。わざわざ会長が部室に来るなんて」
「だからっ、お知らせ持ってきたって言ったでしょ?」
「お知らせ、ですか?」
「そう!」
そう言って、春先輩はA4のプリントを見せてきた。そこには「令和〇年度 体育祭開催要項」と書かれている。
「体育祭、ですか?」
「うん! 来月でしょ?」
我が校の体育祭は、毎年五月の上旬に開催される。別に大したイベントではなく、クラス対抗リレーがあったり、綱引きがあったり、パン食い競争があったり、そんな平均的な学校行事だ。
「でも、なんで春先輩がこれをうちに持ってきたんですか?」
「んー? いっつもやってるでしょ、部活対抗リレー!」
なるほど、部活対抗で行われる競技の話か。だからこうして各部を回っている、というわけだな。
いや、それもおかしいな。そんなの体育祭実行委員の仕事のはずだ。生徒会も運営に携わるとはいえ、会長自ら各部に出向く必要はないはずだ。
「どうして春先輩がわざわざ? 実行委員に任せておけばいいでしょうに」
「んー? 今年からねっ、文化部と運動部で競技を分けることにしたんだっ!」
「えっ、そうなんですか?」
「そう! うちの運動部って結構強いし、文化部の子が出てもなかなか勝負にならないかなって」
「たしかに……」
それに、我が文芸部の部員数(二人)ではリレーなんか出られないしな。有難い話ではあるけど、だからって春先輩がここに来る理由にはなってない。
「それで、春先輩がわざわざ部室棟までいらしたのと何か関係が?」
「これっ、発案したのが私なの! だからねっ、私が責任もって周知するよーって」
「ああ、なるほど……」
「ついでにっ、妹の部活も見学出来て一石二鳥ってわけっ!」
春先輩の言葉に、またしても悠がぴくっと反応する。むしろそれがメインの目的だったんじゃないですか、などと言おうとしたが、証明しようもないので黙っておくことにした。
「……それで、文化部の競技は何なんですか?」
「二人三脚だよっ! 各部活から男女一人ずつ代表者を出してもらって、ペアで走ってもらおうかなって!」
「なるほど……」
それなら俺たちも問題ないな。ちょうど男と女が一人ずつだし……って、ちょっと待て。それって、俺と悠が肩を組んで走るってことか!?
「ちょっ、春先輩――」
などと言いかけたとき、プリントを手にした悠が何やら目を見開いていることに気がついた。俺と同じことを思ったようで、珍しく困惑したようにきょろきょろと視線を動かしている。
「どうかな? これなら、二人とも出られるでしょっ?」
「お姉ちゃん……?」
悠は信じられないといった表情で、ニコッと笑う春先輩の方を見ていた。もしかして、春先輩は……俺たち文芸部のためにわざわざ競技を分けてくれたのか?
「じゃっ、そういうことだからよろしくねっ! 私っ、次の部活に行かないとだからっ!」
「あっ、はい」
「悠、ちゃんと詩音くんと練習するんだよっ? じゃあねっ!」
「うん、ありがとう……」
小さく手を振っている悠は、困惑しているようにも、安堵しているようにも見えていた。俺との距離を縮めたかと思えば、俺と悠の仲を後押しするように行動する。……最上春という人間は、本当に善意だけで動いているのかもしれない。
「悠?」
「はいっ!?」
不意を突かれたのか、悠が素っ頓狂な声を上げた。あまり聞きなれない声だったから、思わずびっくりしてしまう。……可愛いな、なんて。
「せっかくの機会だし、頑張ろうな」
「……いつからそんな青臭いセリフを言うようになったんですか」
「そうかな。悠と一位になれたら嬉しいなって思うけど」
「そうやって、すぐ女の子に調子の良いことを言うんですね」
悠はそっぽを向いてしまった。しかし、背後から見える悠の耳たぶは赤く染まっていて……俺は、それが愛おしくてたまらなかった。




