第4話 活動内容
最上と向かい合い、文庫本を読む。新進気鋭の作家の新作って言うから楽しみにしてたけど、あんま面白くないなこれ。せっかく本屋で買ってきたのに、八百円損したな。
「面白いですか」
「ん?」
「その本、面白いですか」
正面に座る最上が、自分の読んでいる本に視線を落としたまま俺に問うてきた。静かな子だと思っていたけど、話しかけてくることもあるんだな。
「うーん、微妙。展開は先が読めるし、表現力も足りてないかな」
「へえ。先輩、一応文芸部らしいことも言えるんですね」
「あはは、一応ね」
実際、昨年度はずっと読書をして暇を潰すことが多かった。まだ先輩がいた時には一緒に遊んだこともあったけど、最上が相手になってくれるとは思えん。
「あの、先輩」
「なに?」
「文芸部の活動内容、まだ聞いてないんですけど」
「そりゃそうだよ。無いもん」
「無い?」
流石に違和感を覚えたのか、最上が顔を上げた。文芸部の存在意義とは、ただ存在することのみ。それを伝えていなかったな。
「うちの部、一個上の先輩がいなくてさ。危うく廃部になるところだったんだけど、俺が入部したからセーフだったわけ」
「はあ、それで」
「正直に言えば、俺もいろいろ都合が良いから入部しただけで。全然文学とか興味なかったんだよ」
「だから活動内容が無いんですか」
「文芸の『ぶ』の字も知らない奴が部長じゃどうしようもないよ。二個上の先輩にも『雫石が籍を置いて文芸部を残してくれるだけでいい』って言われてるし、これでいいかなって」
「……そうですか」
「ごめんね、辞めたければ辞めてもいいからね。今後も何かするつもりはないし」
「いえ……そんなつもりはないですけど。要するに、先輩は免許維持路線なんですね」
「へ、変なこと知ってるな」
最上は再び文庫本に視線を落とした。俺は路線免許を維持するために細々と運行されてる路線バス、ってわけか。なかなかウイットに富んだジョークだな。……いや、そうでもねえか。
ふと思ったけど、最上が文芸部に入った理由をまだ聞いていなかったな。部員は俺だけ、しかも活動内容は皆無に等しい。それを知ってなお、この部活に籍を置こうとしているのは何故なんだろうか。
「最上はさ、なんでうちの部に入ったの?」
「えっ?」
「だって本当に何もしてないよ、うちの部」
「それは……」
いつも滔々と話す最上が、珍しく言葉に詰まっている。何か言いにくい理由があるのかな。それとも――
「い、一応読書が好きなので。好きなだけ本が読めれば良かったんです」
「ふーん? それならいいけど……」
なんか腑に落ちないけど、理由としては変じゃないか。でもなあ、本が好きなら図書室にこもっていた方がよっぽど面白いだろうに。
「だって、先輩は去年ずーっと本を読みふけっていたんですよね」
「まあ、そんなとこ。あっ、いや違うな」
「なんですか?」
「まだ二個上の先輩方が残ってたときは、ババ抜きとかすごろくとかしてたよ」
「昭和に取り残された高校生ですか?」
「うーん、そうかも。どのみち、先輩が引退してからは本しか読んでないけどね」
はははと笑いながら、俺も文庫本に視線を戻した。……やっぱり面白くねえな、この本。なんであんなに評判が良かったんだろう。
しばらくの間、俺と最上の間に再び沈黙が訪れる。窓の外からは運動部の掛け声が聞こえ、カラスの鳴き声も響く。時折、俺か最上がページをめくる音が耳に届いた。
「……?」
ふと顔を上げると、最上が本を閉じて頬杖をついていた。いかにも「つまらない」と言いたげな表情を浮かべている。持ってきた本を読み終わって暇になったのかな。
「何か本、貸そうか? 何冊か持ってるけど」
「いえ、お構いなく」
「でも暇じゃない? 帰ってもいいんだよ?」
「いえ、お構いなく」
……じゃあ、何がしたいんだ? 本を読むわけでもなく、帰るわけでもない。眠いのかな?
「寝る? 上着とか貸そうか?」
「!? い……いえ、お構いなく」
なんか明らかにビックリしてたぞ、今。毛布代わりにジャンパーでも貸そうかと思っただけなのに。
「……あの」
「ん?」
すると、今度は最上の方から口を開いた。俺のことをじっと見て、さらに話を続ける。
「去年、先輩は他の部員の方と遊んでいたんですよね」
「え? うん」
「いま、部員数は二人ですよね」
「うん……うん?」
最上は俺の目を見つめ続ける。……なんか誘導されてないか!? 本を読まない、でも帰りもしない。つまり、それは――
「な、何かして遊ぼうか?」
「……はい。お相手します」
遊びたい、ってことか。




