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クールを気取って距離を縮めてくる後輩女子の策略が、妹を通じて俺に筒抜けな件について  作者: 古野ジョン
第一章 クールな後輩との出会い

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第38話 有名人

 さて、他の部長たちが行先に選んだのは――皮肉にも、悠と行ったアミューズメント施設のカラオケだった。もっとも大人数だから、この間よりも広い部屋に通されたけどね。


 そして着くや否や、他の部長たちは我先にと歌いたい曲を予約していた。さっきの委員会があれだけ荒れていたのが嘘のようで、皆で肩を組んで流行りの曲を熱唱している。……これも最上先輩の魔法、なんだろうか。


「はあ……」


 そして案の定、俺はひとりぼっちになっていた。隅っこの席でコーラをちびちびと飲みつつ、ただただ時間が過ぎるのを待っている。ほとんど三年生だし、あの輪には入りづらいんだよな。肝心の最上先輩も皆に引っ張りだこだし。


「……」


 ぽけーっと天井を見上げる。柚希には「適当に夕飯食べておいてくれ」と連絡したし、特に問題はない。眠くなってきたし、ちょっと寝ようかな。最上先輩が暇になったら、俺のところに来てくれるだろう……。


「ふわあ……」


 欠伸をしながら、そっと目を閉じた俺であった……。


***


「――くん、詩音くんっ!」

「ん……?」


 なんだ……? 俺の名を呼ぶ声がする。ああ、そういや最上先輩たちとカラオケに来ていたんだったな。もしかして、そろそろ帰る時間に――


「えへへっ、やっと起きてくれたっ!」

「えっ!?」


 右隣を向いた瞬間、そこには最上先輩の笑顔があった。しかもいつの間にか自分の右手を握られていて、驚いて振り払ってしまう。


「わっ!」

「あっ、すいません! その……な、なんで手握ってるんですか!?」

「んー、詩音くんが起きないからさ! 起きろーって念を送ってたの!」

「は、はあ……」


 普通、寝ている間に勝手に手を握られていたら怒るものだと思うけど……この人にはどうも何も言えない。こんな無邪気な笑顔を向けられたら怒る気にもなれないな。


 ……って、あれ? さっきはあれだけ騒がしかったのに、気づいたら誰も残ってない。この部屋にいるのは、俺と最上先輩の二人だけ。ど、どういうことだ!?


「あのっ、なんで僕たちしかいないんですか!?」

「んー? なんかね、みんなボウリング行っちゃった!」

「ええっ!?」

「詩音くんが寝てたから、私は残るよーって言ったの! 二人でお話したかったし、ちょうどいいかなって!」

「は、はあ……」


 ……完全にしくじった。二人きりじゃないから最上先輩の誘いに乗ったのに、これだと意味がないじゃないか。これがバレたら……悠に嫌われたりしないだろうか。ひとまず、適当に切り抜けないと。


「すいません、最上先輩にお手数をおかけしてしまって」

「いいよー、気にしないでっ! それよりさー……」

「はいっ?」


 最上先輩はむーっと頬を膨らませた。わざとやっているのか、それとも素であざといのか。判断がつかないでいると、先輩はさらに話を続ける。


「私のことっ、名前で呼んでくれるっ?」

「えっ?」

「だーって、みんな春って呼んでくれるんだもん! 詩音くんも名前で呼んでくれたら嬉しいなって!」


 年上なのに、ある意味悠よりも無邪気な子どものように見える。だからこそ、みんなこの人から悪意を感じることがなく、好意的な印象を抱くのだろう。あざといのに敵を作らない。生徒会長という立場にある人間としては、まさに理想的な才能だろう。


「……分かりました。春()()でいいですか?」

「えーっ、詩音くんなら『春ちゃん』でもいいのになっ」

「それは流石に……」

「冗談だよっ! よろしくね、詩音くんっ!」


 春先輩はまたニッコリとほほ笑んだ。このままじゃずっと主導権を握られっぱなしだし、なんとか話題をずらさないと。えーっと、えーっと……。


「あっ、あの!」

「ん、なあにっ?」

「春先輩、どうして僕の名を知ってるんですか……?」


 さっきからずっと疑問に思っていたことを口にすると、先輩はきょとんとしていた。しばらくしてニコッとほほ笑み、口を開く。


「だって、うちの妹がお世話になっている部活の部長さんだもん!」

「あっ、ああ! たしかにっ、そうですよね!」

「そうだよ~! ごめんね、うちの悠がいつもお世話になってます!」

「いえいえ! こちらこそ、妹さんにはいろいろと……」


 春先輩がペコリと頭を下げてきたので、俺も慌ててお辞儀をした。そっか、なんで俺なんかに興味があるのかと思っていたけど……単に悠の先輩だからってことか。よかった、俺が自意識過剰なだけだったか。


「どう? うちの悠、部活でちゃんとしてる?」

「ええ、しっかり活動してますよ」

「そっか~。あんまり喋んない子だから、よく分かんなくてさ」


 などと言いつつ、春先輩はテーブルに置かれていたコップを手に取っていた。そういえば、あんまり悠からもこの人の話題を聞いたことがないな。意外と没交渉な姉妹なのかもしれない。


 俺に興味がある――なんて言ったのは、きっと俺から悠の様子を聞きだすためだったんだな。意外と妹想いなのかな? 博愛主義者を地で行くような人だし、そうに決まって――


「……なーんちゃって!」

「!?」


 その瞬間、春先輩が俺の首に手を回してきた。息がかかってしまいそうなほど耳元に顔を寄せてきて、俺は呆気に取られてしまう。


「なっ、なんですか!?」

「私っ、詩音くん……いや、詩音くんたち(・・)のことは中学の頃から知ってるもん!」

「へっ?」

「中一からソフトテニスを始めて、いきなり東北大会進出。高校でもインターハイ行きを期待されている逸材……それが詩音くんの妹、雫石柚希ちゃんだよねっ?」

「!」


 たしかに同じ中学校出身ではあるけど、この人と柚希の在学は一年しか被っていないはずだ。それなのにどうしてここまで詳しく知っている?


「なっ、なんでそんなに詳しいんですか」

「えー? (みなみ)中で雫石兄妹のことを知らなかった人間はいないと思うよっ?」

「それは……」

「詩音くんは私のことを覚えていなかったみたいだけど。私はねっ、ちゃーんと覚えてたよ?」

「……」

「君は有名人なんだからっ! もうちょっと自覚した方がいいと思うなっ!」


 春先輩は屈託のない笑みを浮かべる。本当に、この人からは純粋な善意しか感じない。今の言葉も、嫌味でなく本心で俺に助言しているつもりなんだろう。


「柚希はたしかにすごい奴ですけど。僕はそんな人間じゃありませんよ」

「むーっ、まだ言うの?」

「だって……本当にそうですってば」

「言っておくけど、私は詩音くんをすっごく評価してるんだからねっ?」

「それって……」

「私の目は曇ってないと思うなあ。だって、詩音くんは――」


 春先輩が一段と顔を寄せてきた。主導権を握るどころか、もはや完全にこの人に取り込まれている気がする。何も言えないでいると、春先輩は明るい声で俺に言い放った。


「南中生徒会長の座を私から奪った人間、でしょ?」


 その囁きは、俺の心に大きく響き渡った。

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