第36話 光り輝く
「失礼します」
「うん、お疲れ様」
月曜日の放課後、部室で悠のことを迎える。悠はいつも通りの凛とした表情で扉を閉めていて、特に変わった様子はなかった。本当に、金曜日の出来事を気にしているのは俺だけなのかもしれないな……。
「詩音先輩、今日もいつもと同じですか」
悠は椅子に腰を下ろしつつ、机の横に鞄をかけていた。いつもと同じだよ、二人で本でも読もうか……と言いたいところだったが、今日は少し違う。
「それがさ、今から部活動委員会に行かなくちゃいけないんだよ」
「なんですか、それ」
「要するに部長の集まりだよ。みんなで定期的に会議するわけ」
「ああ、詩音先輩も一応部長でしたね」
「一応ね。でもいっつも十五分くらいで終わるから、今日もすぐ戻ってくるよ」
「そうですか。では、お気をつけて」
「うん、行ってくるね」
俺は席から立ちあがり、部室の出口へと歩き出したのだった。
***
部活動委員会というのは、その名の通りに部活動の代表者で構成された委員会のことだ。といっても大して議題があるわけじゃないし、校内で特に重要な役割があるわけでもないから、形式的に話し合いをして済むことがほとんどだった。しかし――
「サッカー部は昨年も大型予算を要求していたではないかッ! 我々だって練習機材の更新が必要なのだぞッ!?」
「野球部は大した戦績も残してないんだから当然だろ!? 最後に甲子園行ったのはいつだよ!?」
「何を言うかッ!? インターハイで大敗を喫して我が校の顔に泥を塗ったのは貴様らサッカー部ではないかッ!」
「うるせえな! とにかくうちは予算が必要なんだよっ!」
……開始から二時間が経過したにもかかわらず、今日の委員会は終わりそうになかった。運動部の二大巨頭、硬式野球部とサッカー部のキャプテンが予算について延々と言い争っているのだ。あまりの迫力に他の部長たちも口を挟めず、膠着状態が続いていた。
「はあ……」
長机が矩形に並べられた会議室。隅っこの席に座る俺はため息をつきながら、こっそり悠に宛てたメッセージをしたためていた。えーと、「会議が長引いているから先に帰ってて」と。これでよし、と――
「おい貴様ッ、何をしているかッ!」
「へっ?」
その時、野球部のキャプテンがこちらを向いた。坊主頭にユニフォーム姿で迫力満点。何が起こったのか分からずきょろきょろとしていると、さらに怒鳴られてしまった。
「我々が重要な議論をしているだろうッ! よそ見をするとはどういう了見だッ!?」
「えっ、自分はただ――」
「お前、何部の部長だ? 三年じゃないだろ?」
今度はサッカー部のキャプテンがじっと睨んできた。こちらはサラサラヘアーにユニフォーム姿。たしかに、俺以外の部長は全員三年生だ。二年の俺が混ざっていたら不審に思われるのも無理はない。
「自分は文芸部の部長です。すいません、ちょっと部員に連絡をしていたもので」
「そうかッ、ならいいが。……そうだ、貴様にも意見を聞こう」
「へっ?」
「へっ、じゃなくてさ。うちの部と野球部、どっちが正しいと思う?」
「えっとぉ、それは……」
まずい、片方が正しいと言えばもう片方に殺されてしまいそうな雰囲気だ。話を聞いている限りだと、両方の意見とも筋は通っている。だから一概にどちらが正しいとは言い難い。
「どうなんだッ? 何とか言ったらどうだッ!?」
「ねえ、どっちが正しい? うちの部だよね?」
「ええ……」
とりあえず席を立ってみたはいいけど、何を言えばいいのか分からない。予算の話なんだし、正直に言えば生徒会に判断を預けるのが一番だとは思うんだけど。でも、聞く耳を持ってくれなさそうだしなあ。
「ええいッ、答えられないのかッ!?」
「話聞いてたら分かるよね? 分かるよね?」
「そのっ、それは――」
などと口に出そうとした瞬間だった。俺たち三人の声を遮るかのような、溌剌とした声が会議室中に響き渡った。
「――二人ともっ、下級生の子を困らせちゃだめでしょっ!」
「「「えっ?」」」
俺たち三人は一斉に同じ方向を見た。視線の先にいるのは、会議室の隅っこで立っている一人の三年生女子。
「も~、文化部の子が運動部の予算なんて知ってるわけないでしょーっ!」
「たッ、たしかにッ」
「それは、そうだけど……」
「うんっ、分かればよしっ!」
彼女の声が、魔法のように二人の勢いを削いでいく。長く綺麗な黒髪に、見るもの全てを惹きつけてしまいそうな笑顔。女子にしては背も高く、すらっとしたスタイルがよく映える。
「ごめんね、本当はオブザーバー参加なんだけど。見てられなくてさっ」
「いえッ、春さんの仰ることなら……」
「うん、ごめん」
あれだけ荒れていた会議が、さっきの一声で完全に落ち着いてしまった。オブザーバー参加、ということは生徒会の人間だよな。……つまり、あの人は。
「じゃあさっ、さっさと終わらせちゃおうよっ! みんな、どんどん意見出してこっ!」
その言葉で、皆が堰を切ったように挙手をし始めた。どんな状況でも皆に注目される存在感。荒れた会議をひとまとめにする言葉遣い。そして何より、「この人の言うことなら」と納得させられてしまうオーラ。そうかそうか、やっと思い出した。
「予算ならなんとかするからっ、生徒会長の私に任せてよっ!」
光り輝くようなとびきりの笑顔。この人の名は最上春。森宮学院高校生徒会長にして――最上悠の、姉であった。




