第3話 想起
俺の連絡先を貰って、嬉しい? ボールペンを返したくない? ……とてもそんな態度には見えなかった。柚希が話を盛っているのだろうか?
なんてことを考えながら学校を出て、最寄り駅までの道を柚希と共に歩く。時間にしておよそ十分強の間、俺は最上についての話を聞き続けることになる。
「それでねっ、『ほかに部員がいなくてよかった』とも言ってた!」
「えっ、なんで?」
「んー? なんでだろ。悠って静かだし、人が多いのは嫌いなのかも!」
柚希は拳を口元に当て、不思議がっていた。話を聞いていると、どうやら最上は相当うちの妹と仲が良いみたいだな。今日の出来事を事細かに話しているみたいだし。ただ、それが全部俺に筒抜けなのは大丈夫なんだろうか……。
「っていうか、柚希と中学の同級生だったとは知らなかったよ。あの最上って子も言ってくれなかったし」
「忘れてたんじゃない? 私も今日筆箱持って来るの忘れたし!」
「お前と一緒にするな」
「いだっ!」
軽く頭を叩いてやると、柚希はわざとらしく手で抑えて痛がっていた。入学して二日目から筆記用具を忘れるってのは、それはそれで兄として心配だな。うちのクラスに来てくれれば貸してやったのに。
それにしても、あの最上という子はどうすればいいんだろう。明日から二人で部活に勤しむことになるわけだけど……うちの部、大して活動内容もないしなあ。
「俺、あの子と仲良く出来るかなあ。ちょっと怖いよ」
「えーっ、そうかな? 結構可愛いとこあるのに」
「例えば?」
「おにいと遊びに行ったーとか言うとねっ、ちょっと不機嫌になるの! 私がおにいに取られるーって思ってるのかなっ?」
「へえ……でも、お前の勘違いか勝手な思いこみだと思うけど」
「なんでよー! 悠は私のこと大好きに決まってるもん! きっとヤキモチなのっ!」
「根拠は?」
「私が悠のこと大好きだから!」
「ノーエビデンスじゃねえか」
「違うってばー!」
柚希はむうっと頬を膨らませ、不満そうにしていた。別に俺が柚希を取ったりしないけどな。カラオケ行ったり映画観たりプール行ったりパフェをあーんしたりとか、兄妹なら当たり前だもんな。……当たり前だよな?
「まあ、なんとかやってみるよ」
「困ったことがあったら私に聞いて! 悠のことならほくろの数まで知ってるから!」
「いくつ?」
「ひいふうみい……よっつくらい?」
「知らないじゃん」
「物の例えなの! 頭良いんだから分かってるでしょー!」
「へいへい」
また頬を膨らませている柚希に対し、適当に返事をする。まあ、今日会ったばかりだしな。話をする機会はいくらでもあるだろう。
「あっ、悠からなんか来た!」
柚希がポケットからスマホを取り出し、通知を確認している。結構頻繁にメッセージをやり取りしているんだな。
「……あ~、おにいったらいけないんだー!」
「何の話?」
「あのねっ、悠がねっ……」
そう言って、柚希は俺にスマホの画面を見せてきた。そこに表示されていたメッセージは――
『でもね、私の顔忘れてたみたい 先輩の方から思い出してほしかったのに、ショックだなー』
という、寂しそうな一文だった。
***
次の日の放課後。いつも通りに本を読んで暇を潰していると、部室の扉が開いた。そこに立っていたのは、昨日と同じように凛とした顔つきの最上。
「こんにちは」
「お疲れ様。入ったら?」
「先輩に言われなくても、そうします」
最上は表情を変えずに扉を閉めて、鞄を持ってこちらに歩み寄ってくる。……やっぱりちょっと怖いなあ。この子が「連絡先もらえて嬉しい」なんて言うとは思えないのだけど。
「座っていいですか?」
「うん」
「失礼します」
断りを入れてから、最上は俺の向かい側の席に座った。昨日の俺を見習ったのか、鞄の中から文庫本を取り出している。……改めて見ると本当に綺麗な子だな。これから毎日顔を合わせるんだし、慣れないといけないな。
そうだ、それより伝えないといけないことがある。柚希の話を聞いて、いろいろ記憶を呼び起こした。俺が高一の頃だったか、たしかに柚希が家に友達を連れてきたことがあったと思う。
「ちょっといいかな」
「なんですか?」
「うちの妹が世話になってるみたいだね。ありがとね」
「ああ、柚希ですか。中学の頃からの付き合いってだけです」
最上は淡々と呟いた。その割には柚希といろいろ喋っているみたいなのにな。恥ずかしくて「友達」とは言えないのかもしれない。って、話がそれてる。本題にいかないとな。
「それで……さ」
「何を言いよどんでいるんですか? はっきり言ってください」
「わ、分かったってば」
やっぱり怖いっ! 言うのやめようかな!? でも……柚希が見せてくれた文面を見れば、最上がショックを受けていたことはたしかみたいだし。ええいっ、言ってしまおう。
「ちょっと思い出したんだけど、俺と最上って会ったことあるよね?」
「……えっ?」
「たしか、ちょうど一年前くらいに。柚希の部屋でさ、一緒にお菓子食べたでしょ」
「……」
最上は顔を上げ、きょとんとしていた。たしかに俺はこの子の顔を覚えていなかった。だけど、柚希の話をもとに記憶を辿っていくと……なんとなく、こんな雰囲気の子にお菓子を出した覚えがあるのだ。だから――
「それだけですか?」
「へっ?」
「そんなことを言うためだけに、私に話しかけたんですか?」
クールな表情とともに、ずいぶんあっさりした返事が来た。……それだけ? 俺、君ががっかりしてたから頑張って思い出したのに?
「いや、本当に思い出しただけって話」
「……そうですか」
最上はそう返事をすると、手元にあった文庫本で口元を覆った。まるで表情を隠すみたいに。……あれ?
「今、笑った?」
「いえ、なんでも」
目元が微かに笑った気がしたけど……勘違いか。こんなツーンとした子が笑うなんて、よっぽどのことがないと起こらなさそうだし。きっと気のせいだろう。
なんてことを思いながら、自分も文庫本を再び開いて、読み始める。こうして、最上悠という後輩女子と放課後を共に過ごす生活が始まった。




