第27話 寂しがり屋
悠と昼飯を一緒に食べた日の夜、自宅にて。夕飯の食器洗いを終えてリビングに戻ると、柚希がジャージ姿でソファに寝転がっていた。うつ伏せのような状態でスマホをいじくっている。
俺はソファの前、カーペットが敷いてあるところに座ってテレビの電源をつけた。野球中継のチャンネルに変えようとしていると、後ろから柚希の声が聞こえてくる。
「ねえー、なんで今日おにぎり一個だけだったの?」
「あれ? 悠にちゃんと二個持たせたけど」
「一個だけだったよ? 今日はそんなにお腹空いてなかったから、別に大丈夫だけど」
……あの後輩、やっぱりもう一個食べてない? 柚希の分は食べないようにちゃんと伝えたんだけどな。まあ、別にいいけど。
「それで、どうだったー?」」
「何が?」
「だってさー、悠が『詩音先輩に説教されちゃった』って言ってるんだもん!」
「えっ!?」
説教!? 何の話!? ……ああ、弁当を作る作らないの話かな。たしかにちょっと説教臭かったかも。
「もーっ、私じゃないんだからそういうことしちゃだめなのー!」
「分かったって、気をつけるよ」
「おにいっておにいだよねー」
「何それ?」
「悠は妹扱いしないであげてってこと!」
後ろから聞こえる柚希の声は、珍しく怒っているようだった。ちゃんと一人の女の子として見てあげて、と言いたいのかな。たしかにそれはもっともではある。
「でもーっ、悠は悪い気分じゃないみたいだよっ?」
「えっ、なんで?」
「『急に可愛いって言われた、ずるいのは先輩の方だよ』――だって! これはまんざらでもないんじゃないかな~!?」
「そっ、それは……」
自分の発言を思い出し、なんとなく恥ずかしい。あの時はつい口をついて出てしまった。でも……普段はクールな後輩にあんなことをされたら、平常心でいる方が無理な話だろう。
「いいじゃん、可愛かったんだから」
「あっ、開き直った!」
「どのみち、少しは仲良くなったと思うよ。相変わらず分かんないとこもあるけど」
俺はテレビの画面に目を向ける。普段の部活でも変わらず交流しているし、悠との距離はこれから少しずつ縮まっていくのかもしれない。しかし、まだまだ悠の本心を理解したとは思えないのだけど……俺が焦っているだけなんだろうか。
『イーグルスは明日からホームでの三連戦。相手にホークスを迎え……』
テレビの音声にハッとする。そうか、明日は金曜日か。特に予定はないけど、柚希にも聞いておくか。
「柚希、明日の夕飯は?」
「んー、なんか部活でご飯行くことになっちゃって」
「珍しいね」
「先輩に言われてさー、断りにくかったんだよね」
「じゃ、俺は適当に済ませとくよ。父さんたちも帰ってこないし」
明日は余ってた玉うどんでも茹でて食べるか。そういや、揚げ玉が切れてた気がする。それくらいなら学校帰りにコンビニで買えるかな――
「何言ってんのおにいっ!!」
「ぐえええええっ!!!?」
な、なんだ!? 後ろから首を絞められてる!? なんで!? ホワイ!?
「ちょっ、なんだよ急に!?」
「明日は金曜だよ!? しかもおにいは予定ないんでしょ!?」
「だっ、だから!?」
「放課後! 悠とどっか行けばいいじゃん!」
「! ……たしかに」
後ろを振り向くと、柚希が頬をむーっと膨らませていた。どうせ暇なんだから、悠と一緒に出掛けたらどうだ……と、言いたいわけか。
「でもさあ、昼飯誘ったばっかだし。昨日の今日でまた誘うのって」
「大丈夫! 何のために私がいると思ってるの!」
「え?」
任せておけと言わんばかりに自分の胸をぽんと叩き、柚希は手早くスマホを操作した。……たぶん悠に何か連絡しているのだろうな。変なことを言ってなければいいけど。
「よしっ、オッケー! じゃあ後は待ってて!」
「何を?」
「分かってるでしょ! じゃっ、お風呂入ってくるー!」
「おっ、おい」
柚希はすっと立ち上がり、風呂場の方に歩き出していった。唖然としていると、ポケットにしまっていたスマホが震える。取り出して通知を確認してみると、やはり悠からのメッセージだった。……この間から、柚希に随分と交友関係を操られている気がするなあ。
「どれ……」
スマホのロックを解除して、アプリを開いた。悠とのトーク画面を開き、そこに表示されていたのは――
『明日の放課後、どこか遊びに行きませんか』
あれ、随分とシンプルなメッセージだな。柚希の奴、どんなことを言って悠を唆したんだろう。なんて考えながら、俺はキーボードを操作する。
『誘ってくれてありがとう、もちろん行くよ』
『行先とかは』
『明日の部活は無しにして、校門前で待ち合わせることにしようか。どこに行くかはそのとき決めよう』
『分かりました。楽しみにしておきます』
あっさり決まってしまった。いや別にいいんだけどさ、なんだか拍子抜けだ。柚希になんて言われたのか、探りを入れてみるかな。
『ところで、なんで誘ってくれたの?』
『詩音先輩の子守りをしてほしいと柚希に頼まれたので。先輩は随分と寂しがり屋さんなんですね』
子守り!? この歳で!? ……そうかそうか。あの妹、俺のことを一人で夜も過ごせない甘えん坊とでも思っているんだな。
悠に寂しがり屋だと思われるのはともかくとして、このまま柚希にやられっ放しってのは釈然としない。……やり返してやるか! 俺はキーボードを操作し、悠に送るメッセージを綴る。
『いやー、実は柚希も寂しがり屋なんだよ。一緒にお風呂入ってって毎日毎日うるさくてさ』
『えっ 冗談ですよね』
『いいから、柚希に聞いてみて』
送信ボタンを押しつつ、俺は笑いを堪えるのに必死だった。悠には悪いけど、アイツもおにぎり盗み食いしてたし。これでおあいこってことで、まあいっか。
「ふあ~あ……」
俺は空いたソファに寝っ転がり、大きく欠伸をした。とにかく明日は楽しみだな。悠とどこに行くか、ざっくりとでも考えておかないとな。
この後、風呂から上がった柚希が顔を真っ赤にして突撃してきたのだが、それはまた別の話である……。




