第25話 昼、庭園にて
昼休み、屋上庭園のベンチに座って悠のことを待つ。うちの高校は四階建ての部分と平屋の部分で構成されていて、後者の屋上はウッドデッキのような庭園になっている。
ここにはいつでも自由に立ち入ることが出来るのだけど、その割に昼休みでも無人のことが多い。みんな入学当初はここで弁当を食べたりお喋りしたりするんだけど、だんだん教室から移動するのが面倒になるんだよな。
逆に言えば、昼飯を二人きりで食べるにはうってつけの場所なのだ。別に悠と二人でいるところを見られて不都合があるわけじゃないんだけどさ。俺はともかく、悠がクラスメイトにからかわれたりしたら可哀想だしな。
春の風に吹かれて、なんだか心地が良い。あいにくの曇り空だけど、むしろ間接照明のような日光が程よく体を温めてくれる。なんとなく上機嫌でいると、やや不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「こんなところに呼び出して、なんのつもりですか」
声がした方向に振り向くと、弁当袋を片手に持った悠が歩いてきた。ゆうべあんな電話をしていたとは思えないくらい、いつも通りの澄ました顔つき。本当に昨日のことは無かったことにする気なんだな。
「お疲れ様。ごめんね、急に昼飯食べようなんて言って」
「いいですけど。先輩の方から誘ってくるなんて」
「だめなの?」
「……だめじゃ、ないです」
悠はぷいっとそっぽを向きつつ、俺の隣に腰かけた。ぶつぶつと文句を言ってはいるけど、ちゃんと誘いに乗ってくれるのがありがたい。悠のことを深く知るには、まずは共に過ごす時間を増やさないことには始まらないからな。
「悠はさ、いつもお昼はどうしてるの?」
「柚希と一緒に食べてます」
「そっか。教室出る時にさ、なんか言われなかった?」
「い……いえ、特には。じゃあ別の友達と食べる、と言ってました」
「ふーん、そうか」
少し悠が間を空けたのが気になったけど、まあいいか。悠と仲良くしろと言ったのは柚希だからな、特に止められる理由もないだろう。
「あの、詩音先輩」
「ん?」
「食べないんですか?」
いつの間にか、悠は弁当袋を広げて食べる準備を整えていた。じいっと俺の持つ弁当を見て、早くしろと言わんばかりに視線を送っている。
「あっ、ごめん。お腹空いてた?」
「いえっ。むしろ先輩がお腹を空かせているのではないかと」
「それはそれは、どーも」
デザートと称して大量の菓子パンを食べていたこともあるし、明らかに悠の方が胃袋が大きい気がするのだけど……それを指摘するのはやめておこう。俺は自分の袋から円形の弁当箱を取り出し、膝の上に広げた。
「じゃ、いただきまーす」
「いただきます」
俺たちは二人で手を合わせ、食べ始めた。ちらりと隣を見る。悠の弁当は二段のようだな。色とりどりのおかずの入った上段と、ふりかけがかかったご飯の詰められた下段。良いお弁当だなあ。
「ん、どうかしました?」
「いや、なんでも」
箸を咥えた悠が、不思議そうに俺の方を向いた。あんまり他人の弁当をじろじろ見るもんじゃないしな。そんなことを考えつつ、自分の弁当箱を開くと――隣の悠が、驚いたような声を漏らした。
「えっ!?」
「えっ、何?」
「すいません、その……詩音先輩のお弁当が」
悠は目を見開いていた。俺の弁当箱には、いなり寿司が四個とたくあんが少し。別に腹は満たせるし、いいと思うんだけどな。
「何か変?」
「変じゃないですけど、柚希のお弁当と全然違うので……。詩音先輩が作ってるんですよね?」
「ああ、柚希に合わせると俺が食べ切れないからさ。アイツの分はちゃんと作るけど、自分の弁当はお総菜で済ませてるんだよね」
「……」
なんだか複雑そうな表情で、憂えるような眼差しを見せる悠。思わず弁当を食べる箸が止まる……なんてことはなく、普通にパクパク口に運んでいた。おい。心配してくれたんじゃなかったんかい。
「じゃあ、詩音先輩はいつもお惣菜なんですか」
「いや、気分次第で自分の弁当もちゃんと作るよ。だからそんなに不満があるわけじゃない」
「たまには柚希に作ってもらったりとか」
「アイツはいつも遅くまで部活だし、朝練もあるからさ。少しでも長く寝てほしいんだよ」
「……そうですか」
悠は忙しなく箸を動かしつつも、じっと俺の話に耳を傾けていた。って、これじゃだめだな。せっかくお昼を一緒に食べているのに、なんだか沈んだ雰囲気になってしまった。何か楽しいことを――
「あのっ」
「えっ!?」
話そう、と思ったその瞬間、逆に悠が大きな声を出した。持っていたお稲荷さんを落としそうになってしまったけど、なんとか堪える。
「ど、どうしたの?」
「いつも思ってたんです。柚希のお弁当は量も多くて、本当に美味しそうだなって」
「あ、ありがとう」
「……だから、これから私にも作ってくれませんか?」
「へっ?」
……なんで!? なんでこの話の流れで悠に弁当を作ることになるの!? この後輩、単にお腹いっぱいお昼ご飯を食べたいだけじゃないだろうな!?
「ど、どういうこと!?」
「話を最後まで聞いてください。ただで弁当を作ってほしいわけじゃないんです」
「えっ、何?」
「その……」
ただただ困惑していると、悠は俺の学生服を掴んだ。頬を軽く紅潮させて、少しの間逡巡していたが……ようやく決心がついたのか、口を開いた。
「明日から、私に先輩のお弁当を作らせてください」
悠の目は、まっすぐに俺の瞳を捉えていた。




