第21話 生きがい
「悠……!?」
スマホの画面に表示されているのは、いつもと同じ表情を見せる悠。何も貼られていない壁と高級そうな和箪笥が背景に見える。視点の高さから察するに、恐らく文机か何かにスマホを置いているのだろう。
「きゅ、急にビデオ通話なんかかけてどうしたんだよ!?」
「それは私の台詞です。詩音先輩こそ、自撮りなんて送ってどうしたんですか」
「えっと、それは……」
まずい、さっき柚希が「おにいが自分で撮った」と言ってしまったからな。俺が「柚希に勝手に撮られたんだ」と言えばどちらかが嘘をついていることになる。妹を嘘つきにはしたくないしな。
「いや~、そのさ。せっかく連絡先交換したから、何か送ろうかと思って」
「それで自分の写真を送るんですか? 随分とナルシストなんですね」
「美しいって、やっぱり罪だよね……」
「さっきからその美しいお顔が全然見えてませんけど」
「へっ?」
「詩音先輩、いったいどこで通話しているんですか?」
ふと天井を見上げる。そういや玄関の近くから動いていないんだった。一応照明はあるけど、回線の向こうから見れば暗いに決まっているよな。
「家の廊下だよ。まあいいじゃん、実際は俺の顔なんか見ても仕方ないでしょ」
「そっ……そんなことはないです」
「えっ?」
「いえ、その。私だけ顔を見せているのに、詩音先輩だけ見えないのは不公平です」
一瞬だけ悠の表情が変わったような気がしたけど、すぐに元に戻った。それより「不公平」というのには一理あるな。場所を変えるか。
「ちょっと自分の部屋に行くから、カメラ切るね」
「はっ、はい」
少し、悠の顔がほころんだように見えた。
***
「はいよ、お待たせ」
自室の学習机にスマホを立てて、インカメラで自分の姿を映した。悠と同じく、俺も部屋着代わりのTシャツを着ている。
「そこ、詩音先輩のお部屋なんですか」
「ん? そうだよ」
「……」
悠が目を見開いている。なんだか珍しいものを見ているような顔だな。
「どうかした?」
「いえ、あまりにシンプルだったので」
「殺風景でしょ」
「そんなことは……」
実際、俺の部屋には大して物がない。一応本棚はあるけれど、悠からは死角になっているだろう。ポスターなんかを貼っているわけでもないから、俺の背後には白い壁しか見えてないはずだ。
「詩音先輩って、趣味とかないんですか」
「読書……くらいかなあ。あと柚希」
「妹が趣味なんですか?」
「いや、趣味ではないか。生きがいだな」
「……」
きわめて当たり前のことを話したつもりだったのだけど、悠は何か考えるように黙り込んでしまった。柚希が頑張っているのを見るのは生きがいだし、そのためには何だってするけどな。
「あの、一つ聞いてもいいですか」
「なに?」
「もし、もしですよ。詩音先輩に彼女が出来たら……」
「え?」
俺に彼女? 何を聞いているんだ? なんて首をかしげていると、悠がゆっくりと口を開いた。
「先輩は、その人のことも『生きがい』にするんですか」
もし彼女が出来たら、なんて実際に出来てみないことには分からないと思う。だけど、今はっきりしていることもある。
「それは分からない。でも、『生きがい』はちょっと違うかな」
「どういうことですか」
「むしろ彼女の方に俺を生きがいにしてもらいたい。そう思ってもらえるくらいに努力したいんだ」
「じゃあ、柚希は」
「柚希はいいんだ。アイツにはいずれ良い相手が出来るから」
「えっ?」
悠は意外そうな声を漏らした。柚希はあくまで妹だ。今は俺に懐いてくれているけど、いずれ兄離れする日が来るだろう。
「柚希は部活も頑張ってるし、ああいう明るい子だから。クラスでの様子は知らないけど、割と好かれているんじゃない?」
「その通りだと思います」
「だからさ、いずれ柚希が俺を必要としなくなる日が来ると思うんだ。でも、それでいいと思ってる」
「……やっぱり兄妹ですね」
「えっ?」
「すいません、詩音先輩ってただのシスコンだと思ってました」
「なんだよそれ!?」
人がせっかく真面目な話をしてるのに、ひどい後輩だなあ! などと思ったが、画面の向こうにいる悠にどうすることも出来ない。ただのシスコンって、失礼な。どうせなら「超」シスコンと呼ばれたいものだ。
「じゃあ、もう一つ聞いていいですか」
「?」
ふとスマホを見ると、悠が画面外の何かをじっと見ていた。しかしすぐに正面に視線を戻して、口を開く。
「私は……」
「悠?」
画面に映る表情には、迷いがなかった。しかし――僅かに視線をそらし、やや不安そうな表情を見せながら、悠はさらに言葉を紡いだ。
「――詩音先輩を、生きがいにしてもいいですか」




