第16話 命令
「一番をお姫様抱っこ!!」
柚希がそう言った瞬間、最上がピクッと反応した気がした。一方、俺はあまりの発想に何も言えなくなってしまう。お姫様抱っこって、お前……。
「さてっ、二番はどっち!?」
「俺だけど……」
「よかった~、二分の一に勝った!」
「最上が二番だったらどうするつもりだったんだよ!?」
「急いで湿布買ってくる!」
「腰破壊する前提じゃねえか!」
俺と柚希が言い合っている間も、最上はいつも通りのツーンとした表情を見せていた。何を考えているんだろう。嫌ともやったーとも言っていないからな。
「だいたいなんでお姫様抱っこなんだよ!?」
「えー? 王様ゲームってこういう遊びじゃないの?」
「いや、まあ……」
そうと言われればそう、ではあるけどさ。俺がお姫様抱っこ、なんて最上からしたら嫌に決まっているだろう。
「ねえー、悠も立ってよー!」
「お、おい」
「……」
なんて考えている間に、柚希が最上の後ろに立って肩を揺らしていた。最上は動こうともせず、じっと目をつむったまま何かを考えている。やっぱり嫌なんじゃないか?
「なあ、最上が嫌なら無理にさせることないぞ」
「いえ先輩、そんなことは――」
「飲み会じゃないんだし、あんま変なお題出しても仕方ないって」
「えー、せっかく王様なのにい。ふーん……」
柚希はなんだか神妙な面持ちを浮かべていた。肩を揺らすのをやめて、最上のことをじっと見下ろしている。しかし間もなく、パッと俺の方に顔を向けた。
「仕方ないなー、代わりの命令出すからそれで許してあげるっ!」
「なに?」
「二番がー、私をお姫様抱っこ!!」
「「!?」」
そんなのアリか!? 俺はともかく、最上ですらビックリしている。
「な、なんでお前なんだよ!?」
「えー? 私だったら問題ないでしょー?」
「まあ……たしかにないけどさ」
「じゃあー、さっさと抱っこして!」
「仕方ないなあ」
俺は椅子から腰を上げた。ジャージ姿の柚希は、部室の空いたスペースに向かって歩いていく。しかし、なぜかその視線の先には最上の姿があった。
「ねえー、悠ってばいいの?」
「……何が?」
「いいならいいけど。ほらおにいっ、早く早く!」
「あっ、ああ」
最上は椅子に座ったまま動かない。柚希はどうして「悠ってばいいの?」なんて言ったんだろう。まるで、自分がお姫様抱っこされるのに許可を求めているような……そんな言い方だった。
「おにいっ、いつでも来てっ!」
「お相撲さんじゃないんだから。ちゃんと立って」
柚希がまるで四股を踏むような姿勢をとっていたので、普段通りに立つよう促す。俺は片膝をついて、柚希を腿の上に座らせた。
「手際いいね」
「これくらい出来ないとカッコ悪いかと思って」
「おにいはいつでもカッコいいよっ」
「知ってる」
「やっぱカッコ悪いかも」
などと言われつつも、俺は柚希を抱っこする準備をする。腿にかかる力が昔より随分と重くなった。「重い」なんて言ったら怒られそうだけど、妹が自分の想像よりもずっと成長したと思うと、不思議な感情を抱いてしまう。
「……」
最上はというと、向こうの方を見て何も言わずに座っていた。俺たちのやり取りをアホくさいと思っているのか、あるいは何か考えているのか。
「おにいっ、どうしたの?」
腕に抱かれた柚希が、不思議そうに俺のことを見ていた。最上の方を眺めていたから、変に思われたのかもしれない。
「……いや、なんでもない。抱っこするから、掴まって」
「うんっ」
頷き、俺の首に掴まった柚希。俺はその足と腰に手を添えて、ぐっと力を込める。
「じゃあ――」
持ち上げるよ、と言おうとした瞬間だった。俺の右肩を叩く者がいて、思わず振り向いてしまう。すると、そこにあったのは――
「……最上?」
「えっと……」
何か言いたげに口をもごもごと動かす、後輩の姿だった。




