第14話 王様ゲーム
自販機の前でたまたま最上と会った日、その放課後。今日は午後から天気が悪くなり、部室の窓ガラスにも雨粒が打ち付けられている。
やれやれ、運動部は大変だろうな。なんてことを考えていると、向かいに座って本を読んでいた最上が唐突に口を開いた。
「先輩、王様ゲームをしませんか」
「……へっ?」
最上は本に視線を向けたまま、表情を変えていない。だからこそ、今の発言の奇妙さが一気に浮かび上がってくる。王様ゲーム? 今?
「王様ゲームって、あの……合コンとかでやるような?」
「先輩は合コンに参加したことがおありなんですか?」
「いや、別にないけど」
「ですよね」
「ですよね!?」
「とにかく、暇だったので。二人で何か時間を潰す方法がないかと思って」
「まあ、いいけど……」
王様ゲームって、別に暇つぶしでやるような遊びじゃないと思うんだけど。随分と突拍子もない提案を持ち掛けてくるなあ。
「でもさ、二人で王様ゲームって成り立つの?」
「私か先輩のどちらかが王様になるだけですから。むしろシンプルですよ」
「物は言いようだな」
最上は机の横に掛けてあった鞄を開け、何かを探し始めた。様子を見守っていると、鞄から出てきたのは割りばし。既に一本ずつに割られていて、片方の端っこには赤い印がついている。
「これ、くじ引きです」
「用意がいいな」
「こんなこともあろうかと、作っておきました」
「宇宙戦艦の秘密兵器じゃないんだから」
「私は『さらば』が好きです」
この後輩、妙にアニメの趣味が広いな……。最上は右手で割りばしの端っこを握りしめて、どちらが当たりか分からないようにしている。確率は二分の一か。
「どっちから引く?」
「じゃんけんで決めましょう」
「じゃあ、最初はグー……」
右の拳を出すと、最上は左の拳を出してきた。俺たちは声を合わせてじゃんけんをする。
「「じゃんけん、ぽんっ」」
俺がパー、最上がチョキだった。前にもこのパターンで負けた気がする。読まれてるのかしら。
「じゃあ、私から引きますね」
「ああ、うん」
最上は右手で割りばしを握ったまま、空いた左手でどちらかを選ぼうとしている。そして、俺から見て左側にあった方を掴むと……赤い印がついていた。
「私が王様ですね」
「そっ、そうだな」
澄ました顔で当たりくじを掲げる最上。……よく考えれば、くじを製作した張本人なんだから、引く前からどちらが「当たり」なのか分かっていたんじゃないか? 箸の形とか、割れ方とか、そのあたりを見れば自分が王様になるなど造作もないんじゃなかろうか。
「ズルしてないよな?」
「王様に対してその物言いはなんですか」
あっ、もう始まってるんだ。なんだかうまいこと誤魔化されたような気もするけど、仕方ない。今回は見逃してやることにするか。
「先輩、早くくじを引いてください」
「引かなくても分かるじゃん」
「番号が分かりません」
「あっ、そうか」
そう返事をしながら、最上が握りしめていたもう一方の割りばしを引き上げた。端っこにはご丁寧に「1」と刻まれている。やれやれ、仕方ないな。
「はい、王様だ~れだ」
「私です」
「知ってる」
わざとらしく定番の掛け声を出すと、最上が赤い印のついた割りばしを掲げた。でも何を命令されるんだろう。こういうのって「一番が二番にチュー!」とかあるから楽しいのであって、受令するのが一人じゃ仕方ない気もする。
「では、何なりとお申し付けしてくれ」
「えーと……」
最上は両手で持った割りばしを口の前に掲げて、考え込んでいる。まさか「雨の中全力ダッシュ!」とか言い出すんじゃないだろうな。文芸部には酷だからやめてほしい。
「では」
「カッパは着ていいよな?」
「何の話ですか?」
「いや、違うならいい。それで、何?」
「はい。それでは、一番が……」
ごくりと唾を飲みこむ。何だ、何が来る。最上が考えそうなことって何だ? 俺にしてほしいこと。それって、いったい――
「今だけ、後輩になってください」
「……へっ?」
最上は表情を変えないまま、妙な命令を下した。今だけ後輩になる? ってことは……最上が先輩で、俺が後輩? なんで? なんでそんな命令を?
「ちょっ、なんでそんな」
「いいから。敬語使えよ、一年」
「あっ、はい。すいません、最上先輩」
「……」
いつもの凛とした声でわざとらしく横暴に振る舞いながら、じっとこちらを見る最上。……本当に何がしたいんだ。
「最上先輩、どうしてこんな命令を出したんですか」
「いいだろ、たまにはこういう立場になりたかったんだ」
「ヤンキー口調、あんま似合ってないですよ」
「うるせえ。し……」
「し?」
「詩音はいちいちうるさいな。それじゃまだまだだぞ、詩音」
そう言ってから、最上はなぜかそっぽを向いた。なんだか、最上に「詩音」って呼ばれるのは妙な気分だな。いつも先輩先輩って呼ばれているから、慣れない。
「……」
最上は何も言わず、左手の指で髪の先をいじくっている。ん、もしかして。……昼休みの出来事を引きずっているのか?
さっきの最上は、俺が女子に「詩音くん」と呼ばれているのを気にしているみたいだった。仲が良さそうとか、距離が近いとか、そんなことを言っていたような。つまり……この後輩、自分も俺のことを名前で呼びたくなったのだろうか?
いやいや待て待て。わざわざそのためだけに王様ゲームなんて提案するか? 俺を呼び捨てするために、割りばしでくじまで作って? しかも二人だけなのに? ……どうにも腑に落ちないな。
「最上先輩」
「なんだ?」
「もしかして、お昼のことを気にしているんですか?」
「なんだそれは。わた……俺には分からないぞ」
「あんま無理しないでくださいよ。それより、僕が『詩音くん』って呼ばれるのを気にしているみたいだったので――」
「おい詩音、先輩に対してなんだその口の利き方は」
「えっ?」
最上は俺の発言を遮った。むーっと頬を膨らませて、なんだか不満そうにしている。
「そんなに俺を下の名前で呼びたいなら、呼ばせてやる。名前で呼んでみろ」
「へっ?」
いやいや、そんな話はしてないが!? 最上が俺の名を呼ぶ話だったのに、俺が最上の名を呼ぶ話にすり替わってる!?
「ちょっ、なんですか急に。別に僕の話は――」
「詩音、お前はいい後輩だから特別に許してやる。『悠先輩』と呼んでみろ」
「ええっと、その……」
この後輩、よくこんな台詞を淡々と口に出せるものだな。字面はヤンキーでも、口調はいつものクールな感じ。演劇部に行った方が才能を発揮できる気がする。……って、こんなことを考えても仕方ない。
「おい、呼んでみろ」
「……」
悠先輩、か。ずっと最上って呼んできたから、今更下の名前にするのも変な気分だな。だいいち、俺には女子を下の名前で呼ぶ習慣があんまりないし。
「えっと……その……ゆ、ゆ……」
「……」
最上は凛とした顔のまま、じっとこちらを見つめている。怖いよお、表情はヤンキーだよお。でもなあ、王様の命令なら仕方ない。
「ゆ、ゆ――」
と、まさにその時だった。バーンと部室の扉を開け、飛び込んでくる者が一人。同じ「ゆ」であっても、ヤンキーぶった後輩じゃなくて――
「おにいっ、遊びに来たよーっ!!!」
「柚希ィ!?」
髪を雨で濡らした、妹であった――




