第12話 答え合わせ
最上と本を交換した日の夜。リビングのソファでテレビを観ていると、ジャージ姿の柚希が帰ってきた。
「おにいっ、たっだいまー!」
「おかえり。ちゃんと手洗いしろよ」
「分かってるってばー!」
柚希はリビングの床に鞄を置いて、洗面所の方に走っていった。「悠と晩御飯食べてくる」と連絡を受けていたから、俺は一人で適当に夕飯を済ませた。
「はあーっ、お腹いっぱいっ!」
「うおっ!」
手洗いを終えた柚希が、俺の座っている隣のスペースに向かってダイブしてきた。そのままソファの横幅を目いっぱい使うようにして、ゴロンと寝転がる。しかし十分に足が伸ばしきれないみたいで、苦情を申し立ててきた。
「おにい~、もっとそっち寄って!」
「眠いなら風呂入って寝たら? 沸かしてあるよ」
「いま寝転がりたいの!」
「知らないよ、牛になっても」
「そうなったらおにいを乗せて学校連れてってあげる!」
「……悪くないな。よし、牛になれ」
「やだっ! とにかく寝かせて!」
どうしてもソファに寝転がりたいらしく、柚希は俺の膝の上にずりずりと頭を乗せてきた。お兄ちゃんっ子なのは相変わらずだけど、いつまでも甘えてくれるとも限らないからな。むしろ高校生になっても懐いてくれていることに感謝すべきか。
「ねえ~、テレビ変えていい?」
「ダメ」
「だって楽天負けてるじゃん! まだ四回裏なのに!」
「いいじゃん、野球観させてよ」
「あーっ! ほらまたホームラン打たれたーっ! 何やってんのっ、ピッチャー交代交代!」
チャンネル変更を要求した割に俺よりのめり込んでいるじゃんか。根っからのスポーツ少女だから、どんな競技にでも熱くなってしまうのだろうか。というか、このご時世にチャンネル戦争をしている我が家も大概おかしい気がする。
柚希はぶつぶつと文句を言いながら、俺に膝枕されたまま野球を観ていた。そういえば、最上と一緒に何を食べたんだろうか。ファミレスでも行ったのかな。
「柚希、晩御飯は何食べてきたの?」
「んーとね、ラーメン食べてきた!」
「なんか意外だな。最上ってラーメン食べるんだ」
「うん! ヤサイマシマシアブラカラメって言ってた!」
「そんなラーメンも食べんの!?」
「悠って結構食べるんだよ! 私よりいっぱい食べるかも!」
すっげえ意外だ。やせ型だし、少食だと思っていたけど。……ってことは、柚希も同じ店で食べてきたってことだよな。
「なるほど、どおりでお前からニンニク臭がするわけだ」
「えっ、する!? ……えっへっへ、ちゅーってしてあげよっか」
「ニンニク臭くない時にな」
「しないよっ!」
「しないの!?」
「なんでがっかりしてるの!?」
小さい頃にはしてくれたのになあ。兄妹なら当たり前だと思ってたけど。最上の奴、何を勘違いして妹もののラブコメなんか贈ってきたんだ。
「そういやさ~。ラーメン屋で順番待ちしてるときにさ、悠がまたおにいの話してたよ」
「俺?」
兄妹で考えることがシンクロしているのか、柚希が最上についての話を始めた。今日の本の話かな。
「おにいっ、悠と本を贈り合ったって本当?」
「うん、そうだよ」
「だからあんなに『先輩の好きそうな本はなにかな?』とか聞いてたんだ。私に聞いてくれれば、おにいにも悠の好きな本教えたのに」
「あはは、そうか」
「なんかね、どうしてもおにいが喜ぶ本を贈りたかったんだって。真面目だよね」
「へえ……」
その割になぜあのチョイスだったのか、という疑問はともかく。柚希に本の好みを聞きだしていたのは、俺が本当に喜ぶものを贈りたかったということか。そう考えてくれていたなら、ズルとして咎めるわけにもいかないだろうな。
「あとねっ、なんか怒ってたよ?」
「えっ、俺に?」
「『先輩と同じ本を読んでたのに、全然気づいてくれなかった』って言ってた!」
「……そっか」
いつの話だろう。ああ……もしかして、先週の金曜日かな。何の本を読んでいるのか、と聞いても答えを教えてくれなかったやつ。俺が気づかなかったせいで、最上はちょっと不貞腐れてしまったのかもしれない。悪いことしたな。
「でもねー、おにいがくれた本は本当に宝物だって言ってたよ。そんなに高い本だったの?」
「いや、別に。古本屋で買ったやつだから」
「そうなの? 今まで見たことないくらいご満悦だったのに」
「そんなに?」
「うん! あんなに笑った悠って初めてかも。おにいに贈ってもらったのが嬉しかったみたい」
「へえ……」
さっきも俺に「宝物」だって言ってたけど、柚希にもそう言ってたのか。そこまで読みたかった本だとは思わなかったよ。見つけるのに苦労したとはいえ、ただの文庫本なのになあ。
「あとは何か言ってた?」
「『先輩に買った本、柚希も読んでみてね』だって! 後で読ませてっ、おにい!」
「あっ、うん。後でな……」
あの本を妹と読めと言うのか……。なかなかすごいことを言うな、俺の後輩は。枕元で読み聞かせでもしてあげればいいかな、なんて。
「あっ、そうだ! おにいってさ、昨日本屋行ってたよね?」
「えっ? うん、そうだけど」
柚希が飛び上がるように身体を起こし、俺に顔を寄せた。ニンニク臭いけど妹だから問題なし。……って、そうじゃなくて。
「悠がねっ、『昨日丸善に先輩っぽい人がいたんだけど、人違いだったみたい』って言ってたんだけど。でもおにいって駅前の本屋行ってたよね?」
「あー……そうだな」
「だからね、それ多分おにいだよって言ったんだけどね。悠が『絶対に人違いだから』って言うの!」
そういや、さっき会った時も最上はそんなことを言ってたな。「人違いだと思う、その方が嬉しい」みたいな妙な感じの発言だったけど。それが何だろう?
「で、それがどうしたって?」
「なんでそんなに人違いってことにしたがるのよーって聞いたの。なんて言ったと思う?」
柚希はニヤニヤと笑っていた。まるで友人の弱みを握ったかのような態度だな。
「で、なんて言ったの?」
「『ダサい恰好だったから、先輩に見られたって思うと生きていけない……』って言ってたの!」
「……最上が?」
「そうっ! すっごく可愛いと思わない!?」
最上の口調を真似した後、目をキラキラと輝かせて俺に迫ってくる柚希。それに対して、俺は半ば呆然としていた。
……最上がそんなことを気にするなんて、どういう風の吹き回しだ? 別に服装なんて気にしないのに。だいいち、何着ても似合いそうだもんな。
「……分かんないな」
「何が?」
俺がテレビに視線を移すと、柚希は首をかしげていた。画面の中では、捕手が打者の様子を窺いながらサインを送っている。野球ではサイン盗みはご法度と言うけど、人間関係においてはどうなんだろう。
でも、一つ言えることは……柚希を通じて心の内を知ったところで、最上の考えを完全に理解することは出来ないということだ。
「最上が何を考えているのか、分かんないんだよ。俺の前じゃずっと無表情なのに、柚希にはそんなこと言ってさ」
「へーっ、おにいの前だとそんな感じなんだ。意外と人見知りなのかな?」
「あり得るけど、あんまりしっくりこないな」
「うーん……」
柚希は腕を組み、むむむと唸り声をあげて考え込んでいた。中学からの付き合いでも分からないことがあるんだな。あれだけ寡黙じゃ無理もないか……。
「あっ!」
「ん?」
「おにいっ、なかなかやるなあ~!」
「えっ、何の話?」
唸っていたと思えば、さっきみたいにニヤニヤ笑いだす柚希。なかなかやるなあ、ってどういうことだ? 俺、別に何も――
「もしかしてっ、悠っておにいのことが好きなんじゃないっ? 好きな人の前じゃ素直になれないってことかもよ?」
……へっ? 最上が? 俺のことが好き? 何の冗談を言っているんだこの妹は?
「そっ、そんなわけないだろ!? 何言ってんだよ!?」
「あははっ、冗談だよお! でもそうだったら面白いでしょ? 悠が私のお義姉ちゃんかあ……」
「だからあり得ないって! あと結婚する前提で話すんじゃない!」
「いいじゃん! ちょっと考えるくらい!」
「絶対ないって! 万が一にもあり得ないから!」
最上が自分を好き、なんて考えたこともなかった。もしもそうだとしたら……なんとなく、今までの出来事に説明がつく気がした。もっとも、あり得ないことだとは思うけどね。なぜなら――
「ちょっ、おにいってばなんでそんなに否定するのー!?」
「だって、だってなあ……!」
俺は近くに置いてあった一冊のラノベを突き出す。そうっ、それは――
「好きな男に妹もののラブコメを贈る女がどこにいるんだよおおおおっ!!?!?」
絶叫が天井を突き抜け、夜空に消えていった瞬間であった。
ちなみに、柚希は例のラブコメを大変楽しそうに読んでいた。俺は俺で面白く読んだけど、妹としての可愛さは柚希が一番だなと再認識したのであった……。




