第11話 宝物
「もしかして、昨日駅前の丸善にいたんですか」
「……へっ?」
……顔から、血の気が引くような思いがした。ヤバいヤバいヤバいヤバい、バレてる!? やっぱり物陰から覗いてたのが見られてたのか!?
最上はじっと俺のことを見ている。いや、ひとまず落ち着こう。本を買いに本屋に行くこと自体は問題じゃないんだ。つまり、ここは敢えて「本当のこと」を言って場を切り抜けるしかないっ!
「あ、ああ~! たしかにな、昨日丸善に行ったよ」
「じゃあ、私のこと――」
「そしたらさ、SFの復刻版ってのが特集されててさ。へえーって思ったんだけど、ハードカバーだからかどれも高くて」
何か言われる前に、先んじて口を開く俺。我ながらよくもこんなベラベラと言葉が出てくるものである。でも嘘は言ってないしな。
「えっと、先輩は――」
「面白そうだからどれか最上に買おうかと思ったんだけど、一旦は諦めたんだよね。でも、特集されている中に読んだことがあるのがあってさ」
「それが……これだったんですか?」
「昔、図書館で文庫版を読んだんだよ。だからさ、それだったら安く手に入るかなって」
俺は最上の持つ文庫本を指さした。本当に大変だったのはここからなんだよな。
「でも、これってもしかして……」
「ごめんね、古本しか見つからなかったんだ。発売されたのがかなり昔でさ、駅前の本屋を巡ったんだけど在庫がなくて」
「じゃあ、古本屋にも行ったんですか」
「まあね。でも三軒目で見つかったから」
「そんなに……」
最上は目を丸くしていた。苦労を明かすのはカッコ悪い気もしたけど、こう言っておけば「この本を選んだ理由」としては納得してもらえるだろう。
「ありがとうございます、先輩。宝物にします」
「えっ? そんな、大げさだよ」
「いえ、本当に。……嬉しいです」
愛おしそうに文庫本を抱きしめる最上を見て、なんだか自分の心も温かくなったような気がした。普段は表情なんか全く変えないのに、こんなに喜ぶとは思わなかったな。苦労のかいがあった。
「逆に聞きたいんだけど、なんで『丸善にいたんですか』なんて聞いてきたの?」
「ああ、それは……私も昨日行ってたんですけど、先輩に似た人がいたので」
「へえ、そうだったんだ」
「でも、人違いだったんだと思います。……そうだと嬉しいです」
「?」
「それより、私が買ってきた本をお見せしますね」
「あっ、そうじゃん!」
そうだっ、すっかり忘れてた! 昨日、最上が本屋で何を選んだんだろう。ライトノベルであることは間違いないんだけど、何系なのかが分からないからな。
「えっと……先輩は、一般文芸の小説は結構お読みだと思ったので。ライトノベルを選んでみたんです」
「へっ、へえ~。ラノベはあんまり読んだことないんだけど、興味あったんだよねえ~」
またふざけた演技で誤魔化す俺。最上もなあ、柚希に聞いてたくせにそれっぽい理由を言っちゃってなあ。でも逆に考えれば、そこまでして俺にピッタリの本を選んでくれてるってことだし。どれどれ、楽しみ楽しみ。
「これ、開けてみてください」
「うん、ありがとう」
最上から本を受け取り、ラッピングの紐を解いていく。おおっ、なかなか可愛いイラストだ。ヒロインが表紙に大きく描いてあるってことは、ラブコメ系かな? どれ、タイトルは……。
「……い、妹?」
ちょっと待て、なんだこれは。明らかに妹とか可愛いとかって単語がタイトルに入ってるんだが。まさか――
「実妹との恋愛を主題にした名作ライトノベルです。本屋で見かけたとき、先輩にはこれしかないと思ったので」
「ななななななっ、なんでこんなの選んだんだよっ!?」
おまっ、まだ根に持ってたの!? っていうかイヤミ!? なに!? なにこれ!? ズルまでして選んだのがこれなの!?
「いえ、大した意味はないです。ただ、先輩と柚希は本当に仲が良いので」
「だから付き合ってないってば!」
「でも昨日、柚希から嬉しそうな自撮りが送られてきましたけど」
「ななっ、何の話だよ!?」
困惑していると、最上がメッセージアプリの画面を見せてきた。そこには姿見の前でニコニコと写真を撮る柚希の姿があって――
「……私に三千円のSFは買わないのに、柚希には一万円のワンピースを買ってあげるんですね」
「えっ、柚希にだったら十万円でも買うけど」
「やっぱり、先輩にはこのラノベが似合ってますよ」
「なんでだよおおおおお!?」
手に持ったラノベを見ながら、つい叫んでしまう。別になあ、柚希にだったら貯金全部はたいても惜しくないけどなあ。いったいそれの何がおかしいんだろう?
「……でも」
「ん?」
ふと顔を上げると、最上は俺のあげた文庫本を大事そうに鞄にしまおうとしていた。そして呟くように、一言。
「先輩から貰った本は、一万円以上に価値のあるものだと思ってますから」
最上はパッと目をそらす。俺のあげた本にそこまで感動を覚えてくれたのなら、こんなに嬉しいことはない。まあ、本音はどうなのかは分からないけどな。
……そう、分からないはずだった。この後、家に帰った俺は――柚希を通じて、最上の心の内を知ることになるのだ。




