第10話 おあずけ
週明け、月曜日の放課後。眠い目を擦りながら、部室の椅子に座って最上が来るのを待っている。
「ふわあ……」
昨日、思ったよりもあっちこっちへ駆けまわることになったからな。ゆっくり過ごすはずだった日曜が慌ただしく過ぎてしまったから、ちょっと疲れているのかもしれない。
俺の手元には、やや汚れた文庫本がカバーも無しで置かれている。本当はもっと綺麗な品を用意したかったけど、これしかなかった。それにしても、本当にねむ――
「失礼します」
「うおっ!? お、お疲れ様」
「寝てました?」
「少しね」
いつの間にか最上が部屋に入ってきていたからビックリした。俺が目を丸くしていることなんか気にも留めず、こちらに歩み寄ってくる。よく見ると、最上はいつもの鞄に加えて本屋の紙袋を持っていた。
「本、買ってきました?」
「もちろん。最上は?」
「これです」
紙袋の中から、最上がラッピングされた本を取り出す。薄さと大きさから見て、やっぱりラノベが入っているんだろうか。なんとなく、俺は手元にあった文庫本を背後に隠してしまう。
「あれ、なんで隠すんですか」
「いやあ、ギリギリまで何の本か分からない方がいいかと思って」
「そうですか。じゃあ、どちらが先に見せますか?」
「うーん」
最上は椅子に座りながら俺に問うてきた。せっかくなら後出しがいいけどなあ、向こうもそう思っているだろうし。
「年功序列、なら先輩からですよ」
「レディーファースト、なら最上からだけど」
「背の順、に則れば先輩からですよ」
「いやいや、背の順なら低い方が前じゃん」
「「……」」
お互いの顔を見合う俺たち。なかなか口が達者な後輩である。言葉遊びに興じていても仕方ないし、ここは古典的手段で解決するか。
「はいっ、最初はグー……」
右の拳を出すと、俺の意図を汲んでくれた最上も同じようにした。こういう時はじゃんけんが一番だよな。
「「じゃんけん、ぽんっ」」
俺がパー、最上がチョキだった。なんだかこの間もチョキを出されて負けた気がするなあ、読まれてるのかしら。
「じゃあ、先輩からでお願いします」
「はいはい、分かったよ」
最上はやや身を乗り出すようにして、興味深そうな視線を向けていた。よっぽど俺が買ってきた本が気になるのだろうか?
俺は背中に隠し持っていた文庫本を見せようと、ゆっくり左手を動かし始める。……と、ちょっと待てよ。最上には聞きたいことがあるんだった。
「なあ、最上」
「……なんですか?」
まるで餌の前で「おあずけ」を食らった犬のように、最上は額にしわを寄せて不満を表す。俺はこほんと咳ばらいをしてから、何気なく問いかけた。
「最上の方こそ、『ズル』なんかしてないよな?」
「!?」
あっ、明らかに目が見開いた。……と思ったら、すぐにいつもの表情に戻った。ポーカーフェイスもなかなか堂に入っているな。
「……してるわけないじゃないですか。どうしてそう思ったんですか」
「いやあ、なんとなく。柚希に何か聞いてたりしてないかなーって」
「きっ、聞くわけないです」
いや、やっぱり動揺している。明らかに目がきょろきょろしているもんな。まあ、別に問い詰めたいわけじゃない。どうしてズルをしてまで本を選ぼうとしたのか、ってのは気になるけどな。
「ま、信じるよ」
「……なら、いいですけど」
最上は俯くようにして俺から目をそらした。俺だって、柚希からメッセージの内容を丸まんま聞いてしまっているからなあ。後ろめたいことなどない、とは言えない。
「それより、何の本だと思う?」
「小説だと思います。先輩は詳しそうですから」
「おっ、正解。じゃあ何のジャンル?」
「歴史、とか。あるいはミステリーですか」
「うーん、残念。正解はSFだよ」
「SF?」
「そう!」
意外そうな顔を浮かべながら、最上は首をかしげていた。さて、どんな反応を見せてくれるか楽しみだ。なんて思いつつ、俺は背後に隠していた文庫本を机の上に出して、両手で差し出した。
「古いけど、こんな本はどうかな?」
「えっ……あっ!」
目の色が変わった、というのは今の最上のことを言うのだろう。表紙カバーが古い(しかも欠けてる)こともあって、最初は訝しんだみたいだけど、タイトルを見て気がついたようだ。
「こっ……これ……読みたかったんです」
昨日本屋にいた時のように、最上は目をキラキラと輝かせていた。俺から本を受け取ると、感慨深そうにじっと見つめている。やっぱり、この本が欲しかったみたいだな。
けど、このままでは「なんでこの本を選んだんですか」と聞かれるとまずい。いっちょ芝居を打って、とぼけないと。
「ほっ、本当? 良かった~、まさかそんなに気に入ってくれるとは思わなかったよ~」
自分でもわざとらしいとは思ったけど、まさか「最上が本屋で読みたそうにしていたから」と言うわけにもいかない。だいいち、それだってある意味ではズルみたいなもんだしな。
「あの、先輩」
「ん?」
とぼけた演技がバレないようにそっぽを向いていると、最上が口を開いた。大事そうに両手で本を抱えたまま、俺のことをじっと見つめている。その頬はやや赤くなっているようで、思わず見とれていると――
「もしかして、昨日駅前の丸善にいたんですか」
「……へっ?」
……顔から、血の気が引くような思いがした。




