第1話 新入部員
放課後、窓に背を向け、自分しかいない部室で文庫本を読む。まだ四月、それも昨日に一年生の入学式があったばかり。まだまだ過ごしやすい気温なのだ。
「ふわあ……」
欠伸をしながら部屋の中を見回した。十畳くらいはありそうな広さに、空き教室から拝借した机と椅子が二組だけ。文芸部、鋭意活動中! ……とは、とても言えない状況だな。
「……」
部室の扉の方に視線を向ける。廊下では他の文化部が新入生を勧誘しているし、グラウンドでも運動部が威勢の良い掛け声を出している。どの部も人材の確保に精を出しているというわけだ。
だが、うちの部は一切の勧誘活動をしていない。部長たる俺がじっと部室にこもっているのがその証拠だ。だから入部希望者なんて来るはずもないし――
「すいません、文芸部はこちらで合ってますか?」
「ん?」
コンコンと扉をノックする音が聞こえたと思えば、女子の声が耳に届いた。まさか新入生? そんな馬鹿な。壁にポスターも貼ってないし、一年生向けのパンフレットにも出稿しなかったし、部室の扉にも「文芸部」なんて一言も書いてないのに。
そんなことを疑問に思いながら、読んでいた本にしおりを挟んだ。席を立って、扉の方に向かって歩いていく。
「はいはい、今開けまーす」
スライド式の扉の取っ手を掴み、ゆっくりと開けていく。すると――
「こんにちは」
凛とした顔立ちに、姿勢の良い立ち姿。表情は気品高く、クールな雰囲気を纏う。思わず見とれてしまいそうな、芸術品のような女子が立っていた。
「……えっ?」
状況を飲み込めず、目を丸くしてしまう。てっきり物好きな変人でも来るかと思っていたから、まさかこんな正統派美少女が来るなんて露ほども思わなかった。いや、この子が物好きな変人である可能性もあるけどさ!
「……あの」
「はい?」
扉を開けたまま立ち尽くしていると、目の前の女子が口を開いた。あまりにじっと見てしまったものだから、不審に思われたらしい。
「私の顔に何かついてますか?」
「いっ、いやっ! 目と鼻と口しかついてないけど!」
「……ふざけてるんですか?」
「ふざけてないよ!」
「はあ……。あまり面白くもない冗談ですね」
女子は呆れたようにため息をついた。いきなり部室にやってきた挙句、他人のことを「面白くもない」認定とはなかなか肝が据わっている。……本当に物好きの変人なのかもしれない。
「それで、ここは文芸部の部室なんですか?」
「そっ、そうだけど。何か用?」
この子、まったく表情が変わらないな。端正な顔を保ったまま、淡々と言葉を口に出している感じだ。たぶん新入生なんだろうけど、ちゃんと友達出来るのかな……なんて、お節介な心配をしてしまう。
「……入部したいんですけど」
「えっ!?」
って、本当に入部希望者だったのかよ!? 不意に言われた言葉に、素っ頓狂な声を上げてしまう。そんな俺の様子を見て、女子は不思議そうに首をかしげていた。
「そんなに驚くことですか?」
「えっ、本当にうちの部でいいの?」
「私が入部すると不都合でも?」
「いっ、いやいや! そんなことは無いけど」
「ならどうして驚いているんですか?」
「えっと……」
どうやって文芸部の存在を知ったのか、そしてなぜ入ろうと思ったのか。聞きたいことはいろいろあるけど……立ち話もなんだしな。
「とりあえず入って。いろいろ説明するから」
「……分かりました。ありがとうございます」
俺はその女子を招き入れて、部室の扉を閉めた。ピカピカのブレザーに、汚れ一つないリボンを胸につけている。制服に汚れが少ないし、スカートの丈も規定通りだし、やっぱり新入生なんだろうな。
「あの、全身じろじろ見ないでいただけますか?」
「見てないけどっ!?」
なんか変態扱いされてる!? 部室の中央に立つ女子を見ていただけなのに、何か疑っているような視線を向けられてしまった。とほほ。
「……あなただけ、ですか?」
「何が?」
「他に部員の方はいらっしゃらないんですか?」
「いないよ。今の部員は俺だけ」
「私が入部したら、あなたと二人きりということですか?」
「えっ? まっ、まあそうだけど……」
「そうですか……」
女子はこちらから視線をそらし、何かを考えている様子。横顔も本当に綺麗で……って、そうじゃない。二人きり――なんて妙なことを言うんだな。俺みたいな男と一緒なんて嫌だな、とか思ってるのかも。だったら無理に入らなくても――
「――分かりました。それで、入部届はどうすればいいですか?」
「入るの!?」
当然のように入部を宣言され、ただただ驚くばかりだった――




