冷たい青いハートの四天王【ディラハン伯爵】の死と誕生①
ハル・メギドの丘で繰り広げられている、人類と機神の壮絶な最終決戦を、硝煙漂う大地に立って眺めていた。
人間をベースにした蒼白い顔をした半身機神、四天王の一人【ディラハン伯爵】は、肩にとまった小鳥型機神の戦況報告を聞いて呟く。
「そうか……海軍師団長の『惑わしのセイレーン』は深海に滅したか」
箱形頭部で四面に顔がある、銀色をした一見レトロなロボット玩具風の機神【闘将スクナ】は、人類側の生体機神セフィロト乙女の巨体に押し潰されて大破した。
軍剣を引き抜いて、ディラハン伯爵が言った。
「永遠の愛で繋がった皇女セイレーン、このディラハン……いつまでも、愛し続けます」
自分の首に超振動波の軍剣をあてがったディラハンは、そのまま静かに剣刃を引く。
ディラハンの首がスッと斬れて、首は機械の切断面を見せて地面に転がり。
半身にかぶせてあった人工皮膚がめくれて、銀色の機械顔が現れる。
機能を停止した機械体が、前のめりで倒れ。ディラハン伯爵は、誇り高い機神の四天王の一人として命を絶った。
◆◆◆◆◆◆
十数年前、世界各地で機神の目撃が相次いでいた頃──小国の貴族軍人『ディラハン伯爵』は手鏡に写る自分の顔に、表情を曇らせた。
ディラハンの顔には、片側の顎から喉にかけて、軍隊演習で火薬の誤爆による火傷の痕が残っていた。
(この醜い火傷痕を嫌って、セイレーン皇女はわたしの愛を受け入れてくれないのか)
ディラハンには、恋い焦がれ続けている女性──皇女セイレーンがいた。
皇女と言っても、貴族階級に違い家系の第六皇女だった。
舞踏会で一度、遠くから微笑み会釈したセイレーン皇女の姿に、ディラハンは皇女は自分に好意を抱いていると勘違いしてしまった。
皇女に対する想いは日を追うごとに強くなり、もう抑えきれない状態になっていた。
「あぁ……セイレーン皇女あなたが、わたしよりも階級や地位が下の者なら良かったのに」
皇女を屈従させて、自分の思うがままに扱う。どこか歪んだ感情がディラハンにはあった。
◇◇◇◇◇◇
そんなディラハンが、衝撃を受ける出来事が起こった。
皇女セイレーンが、婚約を発表した。それも、貴族ではない平民男性との挙式を執り行うと。
ディラハンは怒り、困惑、失望、憎悪が入り混ざった感情に陥った。
「なぜ、平民の男と高貴な皇女がぁ……間違っている! あぁぁぁ」
狂ったように咆哮して夜の山道を車で、乱暴に走行していたディラハンは、ハンドル操作を誤る。
「うわあぁぁぁ!」
曲がりきれなかったカーブから車は斜面を滑り落ちて。
横倒しながら立ち木に激突して停止した。
次にディラハンが意識を取り戻した時──病室で包帯を巻かれて横たわっていた。
強い衝撃で神経が損傷して、動かなくなり医者の診察では「回復は見込めない」そんな残酷な現実がディラハンに伝えられた。
医師から片側半身不随の診断をされたディラハンは、絶望の中で月明かりが反射する天井を眺め呟め呟く。
「なぜ、こんなコトに……間違っている、間違っている!」
その時──夜風が病室に吹き込み、カーテンが揺れるのをディラハンは見た。
(閉まっていたはずの窓が……なぜ?)
甲高く機械的な声が、ディラハンの耳に聞こえてきた。
「悔しいでおじゃるな……憎いでおじゃるな、同情するでおじゃる」
声が聞こえてきた方向を見ると、東洋の公家のような格好をして、朱色の貴族衣裳を着た男が、口元を扇で隠しながらクスックスッ笑っていた。
ありえない光景に、ディラハンは訝る目で公家の若い男を眺める。
(わたしは、損傷が引き起こしている、幻覚を見ているのか?)
幻覚の公家男が言った。
「お初にお目にかかるでおじゃる。麿は機神天國の四天王の一体【花鳥】と申す者でおじゃる……ディラハン伯爵、貴公を機神天國にスカウトするために来たでおじゃる」
「スカウト? 機神天國?」
「機神天國では、軍団を指揮する将軍幹部や。才能がある師団長を集めて、来るべき人類との最終決戦の準備を、着々と進めているでおじゃる……各軍団を指揮する軍団長将軍は、だいぶ整ってきたでおじゃる」
ディラハンは、いよいよ天國からの迎えが幻覚で現れたと思いながら、花鳥の話しを聞く。
「師団長はあと数名……さらに師団長に指示を伝える四天王を探していたでおじゃる。ディラハン伯爵……貴公には、人間でありながら。機神四天王の素質があるでおじゃる。四天王のリーダー格になれる素質が」
半顔で苦笑するディラハン。
「人の世で絶望して、人類を憎悪している者を、迎い入れてくれたのが。機械の世界とはな……皮肉なものだ」
「そのためには人の姿を捨てて、身も心も完全な機神になってもらわないとダメでおじゃる……ここから先を選ぶのは貴公次第でおじゃる、無理強いはしないでおじゃる」
花鳥が扇子で扇いで、銀色の蝶を病室に舞わせる。
「半身不随のまま、最終決戦を迎えて人として死ぬか……人の肉体を機神改造で捨てて、機神四天王として生きるかの二択でおじゃる【機神】は、技術的特異点の【シンギュラリティ】にすでに到達していて、人間を越えているでおじゃる」
少しの沈黙の後、ディラハンが苦笑しながら口を開いた。
「おもしろい幻覚だ、どうせ動かない半身だ……この体好きに使え、ただひとつだけ条件がある」
「なんで、おじゃるか?」
「片側半身の火傷痕が無い綺麗な方を、人の姿で保たせてくれ……少し考えがある」
「了解したでおじゃる……半身に人工皮膚をかぶせるでおじゃる」
こうして、ディラハンは……四天王の一体、冷血回路の【医療機神・スクナ】『冷機』の術式によって。
半人半機の機神四天王『ディラハン伯爵』として誕生した。




