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秋の彩りと文化祭の予感

 

 十月の屋敷の庭は、秋の深まりとともに色鮮やかな装いに変わっていた。

 秋桜の花はなおも可憐に揺れ、木々の葉は赤や金色に染まり、風に舞うたび地面に柔らかな絨毯を織りなしていた。敷石の小径は、落ち葉がひらりと散り、まるで秋の物語がページをめくるように静かに響き合う。

 遠くの白壁の屋敷は、穏やかな陽光に照らされて静かに佇み、秋の風は涼やかで、どこか懐かしい香りを運んでいた。

 

 早希は庭の隅で、落ち葉を箒で集めていた。

 黒と白のメイド服に、秋らしい薄いカーキ色のエプロンを重ね、長い栗色の髪をゆるく三つ編みにしていた。

 朝から屋敷の窓拭きを終え、庭の手入れに取り掛かっていたが、十月の陽射しは柔らかく、頬を撫でる風が心地よい。早希は庭仕事が好きだった。

 紅葉の鮮やかな色や、落ち葉のサクサクとした音が、心に穏やかな安らぎを与えてくれる。

「秋って、ほんときれいだな…」

 早希は箒を一瞬止めて、木々の間を抜ける風に目を細めた。金色の葉がひらりと舞い、秋桜の花がそっと揺れる。

 彼女は小さな笑みを浮かべ、庭の奥に広がる紅葉の木々を眺めた。

 庭は、早希にとって心の休息の場所だった、屋敷の静かな廊下も悪くないが、庭には秋の息吹があり、木々や花がそっと心に寄り添ってくれる。

 

 そんな穏やかな時間を過ごしていると、正門のあたりで小さな人影がチラリと見えた、早希は箒を木の根元に立てかけ、そっと目を凝らす。

 門の外に立っていたのは、詩織だった。気弱で純粋な中学生の女の子。

 学校帰りらしく、セーラー服姿で、黒いミディアムヘアが秋の風に軽く揺れている。

 大きな瞳は弾むような光を宿し、手には小さな紙袋とノートを抱えていた。

 早希は軽い足取りで正門に向かい、いつもの柔らかな笑顔で声をかけた。

「詩織ちゃん、こんにちは! 秋も元気だね! なんか、めっちゃ楽しそうな顔してるよ!」

 詩織はビクッと肩を震わせ、すぐに早希を見上げてパッと笑顔になった。

 頬がほんのり赤く、瞳には嬉しさと少しの照れが混じっていた、彼女は紙袋をぎゅっと握り、明るい声で答えた。

「う、うん! こんにちは、早希さん! あの…林間学校、めっちゃ楽しかったから…話したくて…!」

 早希は詩織の弾んだ様子にくすりと笑い、門の外まで出て、しゃがんで目線を合わせる。

「林間学校! いいね! どんなだった? 庭のベンチでゆっくり聞かせてよ。紅葉、めっちゃきれいだよ」

 詩織はこくこくと頷き、早希の後ろについて庭の中へ入る、敷石の小径を歩く二人の足音が、秋の風に混じって小さく響いた。

 秋桜の花が道の両脇で静かに揺れ、紅葉の葉が陽光を浴びてキラキラと輝く。

 まるで庭全体が、詩織の小さな喜びを優しく迎え入れているようだった。

 ベンチに腰を下ろすと、早希は詩織の紙袋に目をやった。

「それ、なに? また栞作ってきてくれた?」

 詩織は少し照れながら紙袋を開け、中から小さな栞を取り出した。

 紙製の栞には、手描きの紅葉のイラストが鮮やかに描かれている。

 赤と金色の葉が、詩織の丁寧な手仕事を物語っていた。

「これ…その、早希さんに、と思って…。庭の木、きれいだったから…描いてみたの…」

 詩織は恥ずかしそうに栞を差し出し、早希はそれを手に取って目を細めた。

 紅葉のイラストは少し素朴だが、秋の温かな雰囲気が感じられた。

「わぁ、めっちゃきれい! 詩織ちゃん、ほんと絵上手だね。紅葉、庭のより温かい感じするよ」

 早希の素直な称賛に、詩織の頬がさらに赤くなる、彼女はベンチの上で足を小さく揺らし、笑顔で答えた。

「ほ、ほんと…? ちょっと、色塗るの難しかったけど…早希さんが喜んでくれるなら、嬉しい…」

 早希は栞を手に、大切そうに眺めた。

「これ、秋の宝物にするよ。詩織ちゃんの栞、なんか心がほっこりする感じ!」

 その言葉に、詩織の瞳がキラリと光った。彼女は少し勇気を振り絞るように、ノートを手に持ち、口を開いた。

「早希さん…あの、林間学校、ほんとすごかったの…! 山、すっごくきれいで…キャンプファイヤー、めっちゃ楽しかった…!」

 詩織の声は、いつもより大きく、弾むような響きを持っていた。早希は目を丸くし、すぐに笑顔になる。

「え、めっちゃ楽しそう! どんなだった? ぜんぶ教えて!」

 詩織はノートを膝に置き、目を輝かせて話し始めた。

「うん…山の中、木がいっぱいで…朝、霧がふわっとかかってて、なんか、物語の中みたいだったの。キャンプファイヤー、みんなで歌ったり、友達と話したり…私、ちょっとだけ、勇気出して、話せたの…!」

 彼女の言葉には、控えめながらも誇らしさが滲んでいた。早希はそんな詩織の様子に、胸が温かくなるのを感じた。

「めっちゃかっこいいじゃん! 詩織ちゃん、友達と話したんだ! キャンプファイヤー、どんな感じだった? 星とか見えた?」

 早希の興味津々な声に、詩織は少し照れながら続ける。

「うん…星、すっごくきれいで…。みんなで寝る前に、寝袋で星見て…なんか、詩が浮かんでくるみたいだった…」

「詩!? やっぱり詩織ちゃん、詩人だね! どんな詩、浮かんだの?」

 早希の好奇心に満ちた声に、詩織は慌てたように手を振る。

「え、だ、だめ! 恥ずかしいよ…! ただ、星が、夜に囁いてるみたい、って思っただけ…」

「それ、めっちゃ素敵! 星が囁くなんて、詩織ちゃんの頭の中、絶対キラキラしてるね」

 早希の明るい声に、詩織はくすくすと笑った。

 彼女はノートをそっと手に持ち、ベンチの上で体を揺らす。

「早希さんと話すと…なんか、林間学校、もっと特別な思い出になる…」

 早希は詩織の手をそっと握り、微笑んだ。

「ほんと? じゃあ、私も詩織ちゃんのおかげで、特別な秋の時間過ごせてるよ。ね、ほかにもどんなことあった?」

 詩織は頷き、目を輝かせて話し続けた。

「うん…ハイキング、ちょっと大変だったけど…友達と一緒に歩いて…頂上で見た景色、すっごくきれいで…!」

 二人は顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。秋の陽光がベンチを包み、秋桜と紅葉がそっと揺れる。

 まるでこの瞬間が、物語の輝くページのように、鮮やかに刻まれていく。

「それでね、早希さん! 一一月三日に、文化祭があるの…! 私、ちょっと、楽しみなんだ…!」

 詩織の声がさらに弾んだ。早希は目を丸くし、笑顔で答えた。

「文化祭! いいね! どんなことするの? めっちゃ楽しそう!」

 詩織は少し照れながら、ノートを膝に置き、話し始めた。

「うん…クラスの出し物、喫茶店やるの。私、ポスター作る係で…ちょっと、緊張するけど…友達と一緒に準備するの、楽しそうかなって…」

「喫茶店! めっちゃいいじゃん! 詩織ちゃんのポスター、絶対可愛いよ! どんなポスターにする予定?」

 早希の質問に、詩織は目を輝かせた。

「うん…秋っぽい感じで、紅葉とか、コーヒーカップの絵、描こうかなって…。でも、みんなに見られるの、ちょっとドキドキ…」

「それ、絶対素敵になるよ! 詩織ちゃんの絵、みんな絶対好きになるって! 文化祭、どんな雰囲気か、想像しただけでワクワクする!」

 早希の明るい声に、詩織はくすくすと笑った。彼女はベンチの上で足を揺らし、照れ隠しのように髪をいじる。

「早希さん…ほんと、話してると、なんか、ドキドキするけど、安心する…。文化祭、ちょっと怖いけど…楽しみになってきた…」

 早希は詩織の手をそっと握り、微笑んだ。

「詩織ちゃんの文化祭、絶対キラキラした思い出になるよ。私、心の中で応援してるから! 終わったら、ぜんぶ話してね!」

「うん! ぜったい、話すね…! 早希さん、ありがとう…!」

 二人は顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。秋のそよ風がベンチを包み、秋桜と紅葉がそっと揺れる。

 まるで庭全体が、二人の小さな喜びを祝福しているようだった。

 その後も、二人は他愛もない話を続けた、詩織は林間学校での友達とのエピソードや、キャンプファイヤーの歌の話を語り、早希は庭で見た秋の鳥や、屋敷で作ったリンゴのタルトの話を笑いながら話した。

 詩織の純粋な笑顔と、早希の穏やかな声が、庭の秋の空気に溶け合う。

 やがて、陽が西に傾き、空が茜色に染まり始めた。詩織は時計を見て、慌てたように立ち上がる。

「あ…もう、こんな時間…! お母さん、夕飯の準備してるから、帰らなきゃ…」

「そっか。じゃあ、また来てね。栞、ほんと嬉しかったよ。文化祭の話、楽しみにしてるから!」

 早希の言葉に、詩織はパッと笑顔になり、こくこくと頷いた。

「うん! 早希さん、ありがとう…! また、来るね…!」

 詩織はノートと紙袋を手に、軽い足取りで正門へと向かう、早希はベンチから立ち上がり、彼女を見送った。

 小さな背中が遠ざかる中、秋の風が紅葉の葉をひらりと舞わせる。詩織は振り返り、恥ずかしそうに手を振った、早希も笑顔で手を振り返す。

「詩織ちゃん、ほんと…キラキラしてるな」

 早希は小さく呟き、ベンチに戻って栞を手に取った。

 紅葉のイラストをそっと撫で、目を細める。詩織の純粋さが、秋の葉のように心に舞い落ちていた。

 一方、詩織は帰り道を歩きながら、ポケットの中の栞をそっと撫でた、早希の優しい声と、庭での穏やかな時間が、胸の奥でキラキラと輝いている。

 林間学校の思い出と、文化祭への期待が、彼女の心を軽やかにしていた。

 彼女は本の世界が大好きだったけれど、早希と過ごした時間は、どんな物語よりも鮮やかだった。

「早希さん…また、会いたいな…」

 詩織は小さく呟き、頬を赤らめる、十月の夕暮れの風が、彼女の髪をそっと揺らし、新しい物語の続きを予感させた。

 屋敷の庭は、今日も二人の時間を静かに見守っていた。

 秋桜と紅葉が夕陽に輝き、木々の葉がそよぐ中、早希と詩織の小さな絆は、秋の光に照らされて、ゆっくりと花開いていくのだった。

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