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盛夏の庭と花火の約束

八月の屋敷の庭は、盛夏の陽光に眩しく輝いていた。

 ひまわりの花は最盛期を迎え、黄金色の花弁を太陽に向かって広げ、庭の片隅では朝顔が涼やかな青と紫でそっと微笑む。

 敷石の小径は熱を帯び、陽炎がゆらりと揺れ、まるで夏の夢が庭全体を包んでいるようだった。

 遠くの白壁の屋敷は、強い陽射しに照らされて静かに佇み、木々の間を抜ける風は、夏の熱気をほのかに和らげながら、葉を軽やかに揺らしていた。

 

 早希は庭の木陰で、朝顔のつるを小さな支柱に絡ませていた。

 黒と白のメイド服に、夏らしい薄いオレンジのエプロンを重ね、長い栗色の髪を涼しげに高く結んでいた。

 朝から屋敷の窓拭きを終え、庭の手入れに取り掛かっていたが、八月の陽射しは容赦なく、頬に小さな汗が光る。

 それでも、早希は庭仕事が好きだった、朝顔の可憐な花や、ひまわりの力強い姿が、心に夏の活力を与えてくれる。

「ふう、朝顔って、朝だけじゃなくて昼もきれいだな…」

 早希は支柱を整え、朝顔の花を見上げた、青い花びらが風に揺れ、まるで夏の空を映した鏡のようだった。

 彼女は目を細め、庭の奥に広がるひまわりの群れを眺めた。

 庭は、早希にとって心の休息の場所だった、屋敷の静かな廊下も悪くないが、庭には夏の鼓動があり、花や木々がそっと心に語りかけてくれる。

 そんな穏やかな時間を過ごしていると、正門のあたりで小さな人影がチラリと見えた。早希は手を止めて目を凝らす。

 門の外に立っていたのは、詩織だった、気弱で純粋な中学生の女の子。

 いつもはセーラー服だが、今日は夏休みらしく、白いブラウスに淡い水色のスカート、黒いミディアムヘアを軽くポニーテールにしていた。

 小柄で華奢な体に、図書館の返却本が入ったらしい布バッグを肩にかけ、大きな瞳は弾むような光を宿している、彼女の手には小さな紙袋があり、胸に軽く抱かれていた。

 早希は軽い足取りで正門に向かい、いつもの柔らかな笑顔で声をかけた。

「詩織ちゃん、こんにちは! わ、今日めっちゃ可愛いね! 私服、初めて見たかも!」

 詩織はビクッと肩を震わせ、すぐに早希を見上げてパッと笑顔になった。

 頬がほんのり赤く、瞳には嬉しさと少しの照れが混じっていた。

 彼女は布バッグをぎゅっと握り、明るい声で答えた。

「う、うん! こんにちは、早希さん! あの…夏休みだから、図書館、行ってきたの…!」

 早希は詩織の新鮮な私服姿に目を細め、門の外まで出て、しゃがんで目線を合わせる。

「図書館、いいね! 詩織ちゃん、めっちゃ夏休み満喫してる感じだね。ね、庭のベンチで話そう? 涼しい木陰あるよ」

 詩織はこくこくと頷く

 早希の後ろについて庭の中へ入る。敷石の小径を歩く二人の足音が、夏の風に混じって小さく響いた。

 朝顔の花が道の両脇で静かに揺れ、ひまわりの群れが陽光を浴びてキラキラと輝く。

 まるで庭全体が、詩織の弾む心を優しく迎え入れているようだった。

 ベンチに腰を下ろすと、早希は詩織の紙袋に目をやった。

「それ、なに? また栞作ってきてくれた?」

 詩織は少し照れながら紙袋を開け、中から小さな栞を取り出した、紙製の栞には、手描きの朝顔のイラストが涼やかに描かれている。

 青と紫の花びらが、詩織の丁寧な手仕事を物語っていた。

「これ…その、早希さんに、と思って…。庭の朝顔、きれいだったから…描いてみたの…」

 詩織は恥ずかしそうに栞を差し出し、早希はそれを手に取って目を細めた、朝顔のイラストは少し素朴だが、夏の清涼感が感じられた。

「わぁ、めっちゃ涼しげ! 詩織ちゃん、ほんと絵上手だね。朝顔、庭のより可愛いかも!」

 早希の素直な称賛に、詩織の頬がさらに赤くなる。彼女はベンチの上で足を小さく揺らし、笑顔で答えた。

「ほ、ほんと…? ちょっと、色塗るの難しかったけど…早希さんが喜んでくれるなら、嬉しい…」

 早希は栞を手に、大切そうに眺めた。

「これ、夏の宝物にするよ。詩織ちゃんの栞、なんか涼しい風が吹いてくる感じ!」

 その言葉に、詩織の瞳がキラリと光った。彼女は少し勇気を振り絞るように、口を開いた。

「早希さん…あの、夏休み、すごく楽しくて…! 図書館、毎日行ってるの…!」

 詩織の声は、いつもより大きく、弾むような響きを持っていた。早希は目を丸くし、すぐに笑顔になる。

「え、毎日!? すごいじゃん! 詩織ちゃん、どんな本読んでるの? ぜんぶ教えて!」

 詩織は布バッグから小さなノートを取り出し、ページをめくる。

 そこには、読んだ本のタイトルや詩集のメモが、丁寧な字でびっしりと書かれていた。

「うん…詩集とか、夏の物語とか…。図書館、涼しくて静かで…本の世界に入れるから、ほんと楽しくて…!」

 彼女の言葉には、純粋な喜びが溢れていた。早希はそんな詩織の様子に、胸が温かくなるのを感じた。

「めっちゃいいね! 詩織ちゃんの話、聞いてると、図書館がキラキラした場所に思えてくるよ。どんな詩、読んだの?」

 早希の興味津々な声に、詩織は少し照れながら続ける。

「うん…夏の夜とか、星とか、風の音が詩になってるのが好き…。読んでると、なんか、早希さんの庭みたいだなって思うの…」

「それ、めっちゃ素敵じゃない! 詩織ちゃん、ほんと詩人みたいだね。ね、どんな詩が浮かんだか、ちょっと教えてよ」

 早希の好奇心に満ちた声に、詩織は慌てたように手を振る。

「え、だ、だめ! 恥ずかしいよ…! ただ、朝顔が、朝の光に話しかけてるみたい、って思っただけ…」

「それ、めっちゃいい! 朝顔が光に話しかけるなんて、詩織ちゃんの頭の中、絶対キラキラしてるね」

 早希の明るい声に、詩織はくすくすと笑った。彼女はノートをそっと閉じ、ベンチの上で足を揺らす。

「それでね、早希さん! この夏、家族で旅行にも行ったの…! 森の中の旅館、めっちゃきれいだった…!」

「森の旅館!? めっちゃロマンチック! どんなとこだったの?」

 早希は目を輝かせ、詩織に体を向けた。詩織はノートを胸に抱き、目を細めながら話し始めた。

「うん…木がいっぱいで、夜、星がすっごくきれいで…。朝、鳥の声で目が覚めて…なんか、物語の中みたいだった…。お母さんと、森の小道、散歩したの…」

 早希は詩織の話を聞きながら、彼女の純粋さに心を奪われる。

「めっちゃ素敵! 詩織ちゃん、星見てどんな詩、浮かんだ?」

 詩織は少し照れながら、頬を赤らめた。

「う…星が、夜に囁いてるみたい、って…。でも、恥ずかしいから、ちゃんと書けてない…」

「それ、絶対いい詩になるよ! 詩織ちゃん、いつかその詩、読ませてね」

 早希の言葉に、詩織は小さく笑い、こくこくと頷いた。

 夏の陽光がベンチを包み、朝顔の花がそっと揺れる、まるでこの瞬間が、物語の新しいページのように、鮮やかに刻まれていく。

「それとね、早希さん! 夏休みの終わり頃、花火大会に行くの…! 初めて、友達と行くんだ…!」

 詩織の声がさらに弾んだ。早希は目を丸くし、笑顔で答えた。

「花火大会! いいね! 友達と行くの、めっちゃ楽しそう! どんな友達?」

 詩織は少し照れながら、セーラー服の代わりに着ているブラウスを軽く握った。

「うん…体育祭で、応援してくれた子たち…。ちょっとずつ、話すようになったの。花火、すっごく楽しみで…!」

「めっちゃいいじゃん! 詩織ちゃん、友達できたんだ! 花火大会、浴衣着る?」

 早希の質問に、詩織はパッと顔を上げ、目を輝かせた。

「うん! お母さんの浴衣、借りるの…! 青いのに、朝顔の柄があって…」

「それ、絶対似合うよ! 詩織ちゃんの浴衣姿、想像しただけで可愛い!」

 早希の明るい声に、詩織はくすくすと笑った。彼女はベンチの上で体を揺らし、照れ隠しのように髪をいじる。

「早希さん…ほんと、優しいね。話してると、なんか、花火大会、もっと楽しみになってきた…」

 早希は詩織の手をそっと握り、微笑んだ。

「詩織ちゃんの話、聞いてると、私も花火大会行きたくなっちゃうよ。ね、当日、どんなだったか、絶対教えてね!」

「うん! ぜったい、話すね…! 早希さんも…花火、見る?」

 詩織の質問に、早希は少し考え込み、空を見上げた。

「うーん、屋敷から遠くの花火、ちょっと見えるかな? でも、詩織ちゃんの話聞く方が、絶対楽しいよ」

 その言葉に、詩織の胸が温かくなった。彼女は早希の手の温もりに、夏の陽光のような安心感を覚えた。

 二人は顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。

 夏の風がベンチを包み、ひまわりと朝顔がそっと揺れる、まるで庭全体が、二人の小さな喜びを祝福しているようだった。

 その後も、二人は他愛もない話を続けた、詩織は図書館で借りた本の話や、森の旅館での小さな冒険を語り、早希は庭で見たセミの抜け殻や、屋敷で作った夏らしいマンゴーシャーベットの話を笑いながら話した。

 詩織の純粋な笑顔と、早希の穏やかな声が、庭の夏の空気に溶け合う。

 やがて、陽が西に傾き、空が茜色に染まり始めた。詩織は時計を見て、慌てたように立ち上がる。

「あ…もう、こんな時間…! お母さん、夕飯の準備してるから、帰らなきゃ…」

「そっか。じゃあ、また来てね。栞、ほんと嬉しかったよ。花火大会の話、楽しみにしてるから!」

 早希の言葉に、詩織はパッと笑顔になり、こくこくと頷いた。

「うん! 早希さん、ありがとう…! また、来るね…!」

 詩織は布バッグと紙袋を手に、軽い足取りで正門へと向かう。

 早希はベンチから立ち上がり、彼女を見送った、小さな背中が遠ざかる中、夏の風が朝顔の花びらをひらりと舞わせる。

 詩織は振り返り、恥ずかしそうに手を振った、早希も笑顔で手を振り返す。

「詩織ちゃん、ほんと…キラキラしてるな」

 早希は小さく呟き、ベンチに戻って栞を手に取った。朝顔のイラストをそっと撫で、目を細める。

 詩織の純粋さが、夏の花のように心に咲いていた。

 一方、詩織は帰り道を歩きながら、ポケットの中の栞をそっと撫でた。早希の優しい声と、庭での穏やかな時間が、胸の奥でキラキラと輝いている。

 夏休みの楽しかった思い出と、花火大会への期待が、彼女の心を軽やかにしていた。

 彼女は本の世界が大好きだったけれど、早希と過ごした時間は、どんな物語よりも鮮やかだった。

「早希さん…また、会いたいな…」

 詩織は小さく呟き、頬を赤らめる、八月の夕暮れの風が、彼女の髪をそっと揺らし、新しい物語の続きを予感させた。

 屋敷の庭は、今日も二人の時間を静かに見守っていた。

 ひまわりと朝顔が夕陽に輝き、木々の葉がそよぐ中、早希と詩織の小さな絆は、夏の光に照らされて、ゆっくりと花開いていくのだった。

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