春の花と2人の誕生日
五月の屋敷の庭は、春の盛りを謳歌していた。
桜の花は散り、代わりに紫陽花のつぼみがほのかに色づき、庭の片隅ではツツジが鮮やかな赤やピンクで咲き誇っていた。
敷石の小径は、朝露に濡れてキラキラと輝き、新緑の木々がそよ風に揺れる。
遠くの白壁の屋敷は、春の陽光に照らされて穏やかに佇み、風は花の香りを運び、まるで新しい物語がページをめくるように軽やかに響き合っていた。
早希は庭のベンチの脇で、ツツジの花壇に水をやっていた。
19歳の彼女は、この屋敷で住み込みのメイドとして働く。黒と白のメイド服に、春らしい薄いラベンダー色のエプロンを重ね、長い栗色の髪をゆるく三つ編みにしていた。
朝から屋敷の掃除を終え、庭の手入れに取り掛かっていたが、五月の陽射しは暖かく、頬を撫でる風が心地よい。
早希は庭仕事が好きだった。ツツジの鮮やかな色や、新緑の柔らかな輝きが、心に春の活力を与えてくれる。
「ツツジ、こんなに鮮やかだなんて…春、ほんと元気だな…」
早希は水差しを置き、ツツジの花を見上げた。
赤やピンクの花びらが風に揺れ、まるで春の喜びを歌っているようだった。
彼女は小さな笑みを浮かべ、庭の奥に広がる新緑の木々を眺めた。今日は特別な日だった。詩織と初めて出会ってから、ちょうど1年。
そして、つい先日、偶然にも二人が同じ5月1日生まれだと知ったのだ。
早希は紙袋に手を伸ばし、中に用意した小さなプレゼントをそっと確認した。
詩織への誕生日プレゼントとして選んだ、手作りの栞と小さな花のチャーム。
詩織の詩への愛を思い、早希が心を込めて作ったものだった。
そんな穏やかな時間を過ごしていると、正門のあたりで小さな人影がチラリと見えた。
早希は水差しを花壇の脇に置き、そっと目を凝らす。門の外に立っていたのは、詩織だった。
14歳、中学2年生に進級したばかりの女の子。
今日は週末で、セーラー服ではなく、白いブラウスに淡いミントグリーンのスカート、黒いタイツにショートブーツという出立ち。
黒いミディアムヘアはリボンでハーフアップにまとめ、大きな瞳はキラキラと輝き、春の喜びと少しの緊張を宿していた。
手には小さな紙袋と布バッグを抱え、いつもより少し背筋が伸びているように見えた。
早希は軽い足取りで正門に向かい、いつもの柔らかな笑顔で声をかけた。
「詩織ちゃん、こんにちは! 誕生日、おめでとう! めっちゃ春っぽいコーデ、可愛いね!」
詩織はビクッと肩を震わせ、すぐに早希を見上げてパッと笑顔になった。
頬がほんのり赤く、瞳には嬉しさと少しの照れが混じっていた。
彼女は布バッグをぎゅっと握り、明るい声で答えた。
「う、うん…! こんにちは、早希さん! 誕生日、おめでとう…! あの…私、早希さんと一緒の誕生日、って知って…めっちゃびっくりした…!」
早希は詩織の弾んだ様子にくすりと笑い、門の外まで出て、しゃがんで目線を合わせる。
「でしょ? 私もびっくりしたよ! 詩織ちゃんと初めて会って1年で、誕生日まで一緒なんて、なんか運命みたいだね! 庭のベンチでパーティーしよう! 準備してきたんだ!」
詩織はこくこくと頷き、早希の後ろについて庭の中へ入る、敷石の小径を歩く二人の足音が、春の風に混じって小さく響いた。
ツツジの花が道の両脇で鮮やかに揺れ、新緑が陽光を浴びてキラキラと輝く、まるで庭全体が、二人の特別な日を優しく祝福しているようだった。
ベンチに腰を下ろすと、早希は屋敷から持ってきたバスケットを開けた。
中には小さなケーキ、手作りのサンドイッチ、フルーツ、そして紅茶のポットが詰まっている、早希はケーキに小さなキャンドルを立て、笑顔で詩織を見た。
「詩織ちゃん、誕生日パーティー、始めよう! ケーキ、桜のフレーバーなんだ。春っぽくて、詩織ちゃんにぴったりだよ!」
詩織の瞳がキラリと光り、彼女は手を叩いて喜んだ。
「え…! 早希さん、こんなの用意してくれたの…? めっちゃ、嬉しい…! 桜のケーキ、すっごく可愛い…!」
早希はキャンドルに火を灯し、そっと詩織に言った。
「じゃあ、二人で一緒に、火を消そう! せーの、ふーっ!」
二人は顔を見合わせて、くすくすと笑いながらキャンドルを吹き消した。
春の風がそっとキャンドルの煙を運び、ツツジの花が揺れる。早希はケーキを切り、詩織に差し出した。
「はい、詩織ちゃん、誕生日おめでとう! 14歳、めっちゃキラキラな年になるよ!」
詩織はケーキを受け取り、頬を赤らめて微笑んだ。
「早希さん、ありがとう…! 早希さんも、20歳、おめでとう…! 早希さんと一緒の誕生日、ほんと、特別…!」
二人はケーキを食べながら、春の陽光に包まれた。桜のフレーバーが口いっぱいに広がり、甘さとほのかな酸味が心を温めた。
詩織は紙袋から小さな包みを取り出し、早希に差し出した。
「これ…その、早希さんに、誕生日プレゼント…。私、作ったの…」
早希は包みを受け取り、リボンをそっと解いた、中には、手作りの栞と小さな詩集が入っていた。
栞には、ツツジの花が可憐に描かれ、詩集には詩織が書いた短い詩が綴られていた。早希は目を輝かせ、詩織を見つめた。
「わぁ、めっちゃ素敵! 詩織ちゃんの栞、いつも宝物だけど…この詩集、すごい! ちょっと読んでみてよ!」
詩織は恥ずかしそうに目を伏せ、詩集を開いた。彼女は小さな声で、ページに綴られた詩を読み始めた。
「『春の風、君の笑顔を運ぶ…庭の花、君の心と響き合う…』」
詩織の声は、春の風に溶けるように柔らかかった。
彼女の瞳は詩の言葉に吸い込まれ、まるでツツジの花と一緒に咲いているようだった。早希はそんな詩織の様子を、微笑みながら見つめた。
「めっちゃきれいな詩…詩織ちゃんの声、なんか、春の花みたいだね」
早希の言葉に、詩織は頬を赤らめ、詩集を胸に抱いた。
「う…早希さんに、読んでるところ見られると…ちょっと、ドキドキする…。でも、早希さんに読んでほしいって、思ったの…」
早希は詩織の手をそっと握り、微笑んだ。
「詩織ちゃんの詩、ほんと心に響くよ。1年前、庭で初めて会った時から、詩織ちゃんのキラキラした心、ずっといいなって思ってた」
詩織の瞳がキラリと光り、彼女はこくこくと頷いた。
「早希さん…私、早希さんと出会ってから、ほんと、毎日がキラキラしてる…。誕生日、一緒なんて、夢みたい…」
早希はバスケットから自分のプレゼントを取り出し、詩織に差し出した。
「私からも、詩織ちゃんに。誕生日プレゼント。詩織ちゃんの詩好き、思いながら作ったんだ」
包みを開けると、手作りの栞と小さな花のチャームが現れた。
栞には、早希が描いたツツジの花がシンプルに描かれ、チャームには小さな紫陽花のモチーフが揺れている。
詩織は目を輝かせ、包みを胸に抱いた。
「早希さん…! これ、めっちゃ可愛い…! 栞も、チャームも…私、ずっと大事にする…!」
詩織の声は弾み、頬は真っ赤だった。早希はそんな詩織の様子に、胸が温かくなるのを感じた。
「ほんと? よかった! 詩織ちゃんの栞と一緒に、詩集に挟んだら、春の思い出になるかなって」
二人は顔を見合わせて、くすくすと笑い合った、春の陽光がベンチを包み、ツツジの花がそっと揺れる。まるで庭全体が、二人の特別な誕生日を祝福しているようだった。
パーティーは続き、二人はサンドイッチやフルーツを分け合い、紅茶を飲みながら話を続けた。
詩織は新学期の出来事や、詩集から浮かんだ新しい詩のアイデアを語り、早希は屋敷の庭に咲き始めた花や、春の新作スイーツの話を笑いながら話した、詩織はケーキを食べながら、そっと呟いた。
「早希さん…私、早希さんと出会って1年、ほんと、幸せ…。誕生日、一緒にお祝いできて…夢みたい…」
早希の心が、ふわりと温かくなった。彼女は詩織の肩にそっと手を置き、微笑んだ。
「私も、詩織ちゃんと出会ってから、毎日がキラキラしてるよ。1年、ほんとあっという間だったけど…これからも、もっと一緒に思い出作ろうね」
詩織はパッと笑顔になり、こくこくと頷いた。
「うん…! 早希さん、ありがとう…! これからも、ずっと、早希さんと…」
二人はベンチに座り、ツツジの花を見上げた。
春の風がそっと髪を揺らし、陽光が二人を照らす、詩織は詩集を胸に抱き、そっと呟いた。
「早希さん…この誕生日、ずっと忘れない…。早希さんからのプレゼント、ほんと、大好き…」
早希は詩織の手を握り、微笑んだ。
「私も、詩織ちゃんからの詩集、ずっと大事にするよ。誕生日、こんな特別な日になるなんて、思わなかった」
その後も、二人は他愛もない話を続けた。詩織は中学2年生の新しい友達や、詩の朗読会の話を語り、早希は屋敷での春の準備や、庭に飛んできた蝶の話を笑いながら話した。
詩織の純粋な笑顔と、早希の穏やかな声が、庭の春の空気に溶け合う。
やがて、陽が西に傾き、空が淡いオレンジに染まり始めた。詩織は時計を見て、ちょっと名残惜しそうに言った。
「あ…もう、こんな時間…。お母さん、夕飯の準備してるから…帰らなきゃ…」
「そっか。じゃあ、また来てね。誕生日パーティー、めっちゃ楽しかった! 詩織ちゃん、最高の誕生日、ありがと!」
早希の言葉に、詩織はパッと笑顔になり、こくこくと頷いた。
「うん…! 早希さん、ありがとう…! また、来るね…!」
詩織は詩集と布バッグを手に、軽い足取りで正門へと向かう。早希はベンチから立ち上がり、彼女を見送った。
小さな背中が遠ざかる中、春の風がツツジの花びらをひらりと舞わせる。
詩織は振り返り、恥ずかしそうに手を振った。早希も笑顔で手を振り返す。
「詩織ちゃん、ほんと…キラキラしてるな」
早希は小さく呟き、紙袋の中の栞を取り出した。
ツツジのイラストをそっと撫で、目を細める。詩織の純粋さと詩への愛が、春の花のように心に咲いていた。
一方、詩織は帰り道を歩きながら、詩集をそっと胸に抱いた。
早希の優しい声と、庭での穏やかな時間が、胸の奥でキラキラと響いている。誕生日パーティーと、早希からのプレゼントが、彼女の心を軽やかにしていた。
彼女は本の世界が大好きだったけれど、早希と過ごした春の時間は、どんな物語よりも鮮やかだった。
「早希さん…大好き…」
詩織は小さく呟き、頬を赤らめる。五月の夕暮れの風が、彼女の髪をそっと揺らし、新しい物語の続きを予感させた。
屋敷の庭は、今日も二人の時間を静かに見守っていた。
ツツジの花が夕陽に輝き、春の風がそよぐ中、早希と詩織の絆は、春の光に照らされて、ゆっくりと花開いていくのだった。