土曜日の初詣
次の土曜日、1月10日の午後、早希は屋敷の仕事を終え、近くの神社で詩織と待ち合わせていた。
空は澄み渡り、冬の陽射しが柔らかく街を照らしていた。
神社の参道には、松飾りがまだ残り、鳥居の赤が冬の空に鮮やかに映える。
参拝客はまばらで、静かな空気が流れていた。
早希は白いニットのセーターに、グリーンのコート、黒いマフラー、タイトなデニムにブーツという出立ち。
長い栗色の髪はゆるくウェーブをかけ、肩に軽くかかっている。彼女は小さな紙袋を手に、参道の入り口で詩織を待っていた。
「詩織ちゃん、どんな顔で来るかな…」
早希は鳥居を見上げ、そっと微笑んだ。
参道の脇に植えられた松の木が、風にそよぐたび、冬の清々しい香りを運んでくる。
彼女の胸には、詩織との初詣への期待と、ほのかなワクワクが広がっていた。
クリスマスのデート以来、二人の時間は特別なものになりつつあった。詩織の純粋な笑顔が、早希の心に小さな光を灯していた。
そんなことを考えていると、参道の向こうから小さな人影が近づいてきた。
早希は目を細め、そっと手を振った。そこにいたのは、詩織だった。白いニットのワンピースに、淡いブルーのコート、ふわふわの白いマフラー、黒いタイツにショートブーツ。
黒いミディアムヘアはリボンでハーフアップにまとめられ、大きな瞳はキラキラと輝いている。
手には小さな紙袋と布バッグを抱え、いつもより少し背筋が伸びているように見えた。
「詩織ちゃん! めっちゃ可愛い! 冬のコーデ、めっちゃ似合ってるよ!」
早希は笑顔で近づき、詩織に声をかけた。詩織はビクッと肩を震わせ、すぐに頬を赤らめて笑顔になった。
「う、うん…! こんにちは、早希さん…! あの…私、ちょっと、ドキドキして…」
早希は詩織の様子にくすりと笑い、そっと彼女の隣に立つ。
「初詣、楽しみだね! 詩織ちゃん、どんなお願い事する予定?」
詩織はマフラーを軽く握り、恥ずかしそうに答えた。
「うん…その、早希さんと、もっと一緒にいられるように…って、思ってる…」
早希の心が、ふわりと温かくなった。彼女は詩織の手をそっと握り、微笑んだ。
「え、めっちゃ嬉しい! 私も、詩織ちゃんとたくさん思い出作れるように、ってお願いしようかな!」
詩織の顔がパッと明るくなり、こくこくと頷いた。
「うん…! 早希さんと、一緒なら…どんなお願い事も、叶いそう…!」
二人は鳥居をくぐり、参道をゆっくり歩いた。
参道の両脇には、雪化粧をまとった松の木が静かに佇み、風がそっと枝を揺らす。
参拝客の鈴の音が遠くで響き、冬の清々しい空気が二人を包む。詩織は紙袋から小さな栞を取り出し、早希に差し出した。
「これ…早希さんに、と思って…。初詣、楽しみだったから…描いてみたの…」
栞には、手描きの鳥居と松のイラストが描かれていた、赤と緑の色合いが、詩織の丁寧な手仕事を物語っていた。早希は栞を受け取り、目を細めた。
「わぁ、めっちゃ素敵! 詩織ちゃん、ほんと絵上手だね。この鳥居、なんか神聖な感じするよ」
詩織の頬が赤くなり、彼女はベンチの上で足を小さく揺らした。
「ほ、ほんと…? ちょっと、松の葉、難しかったけど…早希さんが喜んでくれるなら、嬉しい…」
二人は拝殿に進み、鈴を鳴らして手を合わせた。
早希は目を閉じ、詩織との時間がこれからも続くようにと願った、詩織もそっと目を閉じ、早希との思い出がもっと増えるようにと願った。
鈴の音が澄んだ空気に響き、まるで二人の願いを神様がそっと聞き届けてくれるようだった。
参拝を終えると、二人は神社の境内にある小さな屋台で甘酒を買った。湯気の立つカップを手に、境内のベンチに腰を下ろす、詩織は甘酒をそっと飲み、目を細めた。
「あったかい…。早希さんと飲むと、もっと美味しい…」
早希はくすりと笑い、カップを手に詩織を見つめた。
「でしょ? 初詣、なんか特別だよね。詩織ちゃんと一緒だと、もっと特別な感じ!」
詩織は頬を赤らめ、恥ずかしそうに笑った。
「早希さんと…一緒だと、なんでも、キラキラしてる気がする…」
二人は顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。冬の陽光がベンチを包み、松の木がそっと揺れる。まるでこの瞬間が、物語の輝くページのように、鮮やかに刻まれていく。
その後も、二人は他愛もない話を続けた、詩織はお正月の家族との過ごし方や、初詣の前に読んだ詩集の話を語り、早希は屋敷でのお正月の準備や、庭に飛んできた冬の鳥の話を笑いながら話した。
詩織の純粋な笑顔と、早希の穏やかな声が、境内の清々しい空気に溶け合う。
やがて、陽が西に傾き、空が淡いオレンジに染まり始めた。
詩織は時計を見て、ちょっと名残惜しそうに言った。
「あ…もう、こんな時間…。お母さん、夕飯の準備してるから…帰らなきゃ…」
「そっか。じゃあ、駅まで送るよ。今日、めっちゃ楽しかった! 詩織ちゃん、初詣、ありがとね」
早希の言葉に、詩織はパッと笑顔になり、こくこくと頷いた。
「うん…! 早希さん、ありがとう…! 初詣、ほんと、特別な日になった…!」
二人は境内を出て、駅まで歩いた、冬の風が冷たく頬を刺すが、二人で並んで歩く時間は、まるで暖かな光に包まれているようだった。
駅に着くと、詩織は振り返り、恥ずかしそうに手を振った。
「早希さん…また、会おうね…!」
「うん、ぜったい! 詩織ちゃん、初詣、最高だったよ! また、いろんなとこ行こうね!」
早希も笑顔で手を振り返し、詩織の小さな背中が改札を抜けるのを見送った。松の木の香りが、冬の空気にそっと漂う。
「詩織ちゃん、またあいたいな」
早希は小さく呟き、紙袋の中の栞を取り出したら鳥居と松のイラストをそっと撫で、目を細める。
詩織の純粋さと小さな勇気が、冬の光のように心に輝いていた。
一方、詩織は電車に揺られながら、ポケットの中の栞をそっと撫でた。
早希の優しい声と、初詣の穏やかな時間が、胸の奥でキラキラと響いている。新しい年の始まりと、早希との時間が、彼女の心を軽やかにしていた。
彼女は本の世界が大好きだったけれど、早希と過ごした初詣は、どんな物語よりも鮮やかだった。
「早希さん…また、会いたいな…」
詩織は小さく呟き、頬を赤らめる。
一月の夕暮れの風が、電車の窓をそっと叩き、新しい物語の続きを予感させた。
屋敷の庭は、今日も二人の時間を静かに見守っていた。
梅のつぼみが夕陽に輝き、冬の風がそよぐ中、早希と詩織の小さな絆は、冬の光に照らされて、ゆっくりと花開いていくのだった。