第八話「日常への再帰」F
ーー6月19日午前8時10分ーー
翌日の朝、いつも通りに目覚め俺は虚ろな顔をしたまま家を出た。
当たり前の暮らし。変わりのない日々。けれどもそんなぬるま湯がいまの俺には心地よかった。
同意仕様もない非日常の世界を垣間見た俺はこの日常を心の何処かで望んでいたのだ。
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いつものボールペンから滲み出る黒のインクをそのまま塗りたくったような色を表面につけた自転車に乗り肩にかかった重たいカバンの位置を心地良い地点に沈み込ませそのままペダルを漕いだ。
顔に当たる風は春の兆しを示すように柔らかく俺の頬を撫で去っていく。
出逢えばすぐに去っていく通行人の人影は俺が周りよりも速度を出していることを物語っていた。
いつもの変わらない教室。
周りの喧騒は見慣れたもので今日ばかりは俺の心を慰めてくれた。
そんな日常というかさぶたは先生の一声により簡単に消え去った。
「能登。この後廊下に来るように。話がある。」
そうこのクラスの担任である加持先生は俺に告げた。
彼女はこの2年1組の担任であり、30代であるが外見からはそう思えないほどに美しく力強い雰囲気を纏っている。
彼女は独身であり、それは彼女の男勝りな性格によるものではないかとつくづく思う。
とにかく彼女は無気力な生徒が嫌いなとにかく熱い女教師なのだ。
机を弱々しく引く音が教室に広がり消え去っていく。
俺は立ち上がりそのまま教室を出た。
何か問題があるのだろうか。
おれはそんな疑念を感じ担任のもとに歩み始めた。
「ああ、能登。お前などうした。大丈夫か。」
そう言われた。
突然のことであったし理由がわからなかったのでとりあえず濁した。
「あ、はい。そうですね。」
から回った俺の返事を気にせず加地先生はそのまま話す。
「昨日の放課後、君が道路で叫びそのまま狂乱の意で走り出したのを見かけた生徒がいる。君はその時何をしていたんだ。」
そのまま、精神病院行きたいか。
というような顔で俺を見つめてきた。
面倒事が嫌いな俺はまたもや言葉を濁す。
「え、あ、はい。特に何も。」
「あと俺お腹痛いんでトイレ行ってきます。では。」
俺は一通りまくしたてるとそのまま踵を返して廊下を歩く。
ノンストップ。
これがボッチの実力だ。
こと戦場からの退避にかけてはスペシャリストだ。
不思議な顔をした加持先生の奥で、一人の女の子が俺の背中を見つめていた。