第七話「敵襲」F
ーー6月18日?時?分ーー
まるで生きているように蠢く木々を頭上において歩き続けいつしか足が痛いとまで感じるほどに歩きつづけた果て、石造りの建物が見いだした。
が、ただの建物でないとすぐに気づいた。
目の前に広がる石造りの建造物の表面は古い割れ目が目立ち、その割れ目と地面の土との境の両方から苔がもさもさと生え、もはや石材だと思えないほどにみどりみどりしていた。
自分が日本人であるからか。
それとも親戚にそういう人がいるからだろうか。
この歪な空間に佇んでいる建造物の正体がわかった。
「神社だ。」
俺がそう呟いた瞬間、後ろから鋭く首元をえぐってそのまま貫きてしまうような声が飛び出してきた。
ふと、というか反射的に俺が180度上体を振り向くとそこにはあの少女が立っていた。
「久しぶりだね。でも私はここに君がこの時間来てこうして話すことを知っていたよ。」
そう突然告げられた。
彼女の顔はまるでその後の展開もすべて見えているような全てを見透かす笑みをしていた。
思わずドキリとした。
彼女の顔がこの世界の数学の美しい図形や証明よりも華やかで精緻で美麗な顔をしていてそれに俺が一目惚れしたからではない。
彼女のその佇まいと存在にこの捻くれた俺の思考回路が危険信号を全身に通達したからだ。彼女は只者ではない。
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そう俺は断定し、慎重に口を開いた。
「俺は、驚きの連続だけどな。でも俺はお前じゃない。」
おっとしまった。
馬鹿な返答になってしまったのは、彼女のニコリと笑うその表情がまるでファント・ホッフの法則のように美しい証明のように見えて俺の顔が本能的に赤く染まったことが起因しているわけない。
これはただ勝ち目のない敵に怯えながら立ち向かう子犬のような状態であったからだ。
そんな旗から見れば赤面してモジモジしている俺をまっすぐに見つめて彼女は言う。
「あら。あなたって面白い人ね。これからもよろしくね。」
俺は返答する。
「ああ。俺は俺以外と、ろくに話したことないから分からねえけど、俺にはトーク力があるのか。嬉しい限りだぜ。そういうお前はもう少し穏やかにするべきだと思うよ。」
「そうかしら。私は自分が大好きなのだけれど。まあいいわ。今日はこれでいいわ。能登まさしくん。」
彼女は挑戦的な目で俺を見つめてきた。
俺は少量の敵意を持って答えた。
「ああ。メイ、だろ。俺は一人が好きだしお前のことは好きじゃない。だからお前とは未来永劫会いたくないがな。」
「ははは。それではまたしばらくね。」
彼女はそう告げるとそのまま無言で踵を返し木々のざわめくその最奥へ消えていった。
俺は彼女の背中が消えるまで睨み、その後俺もまたこの場所から帰ろうともと来た道をのしのしと歩き始めた。
ふと頭上から背中に吹き付ける風により木の葉が肩に乗りそれを払おうと上半身を動かした時のことである。
さっきまで彼女と話していた場所。さっきまで彼女がいた石造りの灯籠のそばに苔以外の付着物が見えた。
変化のない灰色の上に被さる深緑の苔。
それらのさらに上に付けられた赤い液体。
それが何なのか。
高校2年生、厨二を拗らせた俺は遠目でも分かってしまった。
俺は一目散に、蜘蛛の子のように走り出しその場から逃げ出そうとかけていった。
どれだけ前に進んでもどれだけ走っても目の前に見える木々しかないその光景は変わることはなかった。
怖くなった。
俺は久しく恐怖を忘れていた。
このどうしようもない自己の身に届く死の恐怖は俺の理性を奪った。
走って走って同仕様もなく足が動かなくなるまで走り続けた。突如生き物のように蠢く木々の根が俺の足に絡みこんだ。
「ああ、これで終わりか。」
そう柄にもないことを思い目を閉じた。
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しばらく経ったのだろうか。
明らかに意識が再構成されたような気がした。
時間の概念を感じなかった。
おれは不思議な感覚で体がどくどく唸っているのに気づいた。
俺は今、この緑の空間に入る前の足を踏み入れそうになっていた。
どうやら入る前に戻ってこれたらしい。
なぜ戻れたのかはわからない。ただ俺は、自己保身を第一に考えるこの脳みそは、これから先、必ず危険で未知な存在には一切触れないことを誓った。
帰り道、未知と出会うことはなかった