第五話「焦燥」N
ーー6月18日午後4時ーー
ギギギーンンンゴゴッゴオーンンンガーンゴーン
学校のチャイムが校内の空気を響かせる。
まるで古代のティタノボアが這いずり回るような地響きと耳を切り裂く鋭い音はウトウトと船を漕いでいた俺の頭に直撃した。
きれいに衝突した。
これが剣道の試合なら一本を軽々取れるだろう。
いや、一本で収まらない。
2本分として計算されそのまま試合に勝っちゃうほどに綺麗で美しい音という名の槍が俺の醜く腐った頭にぐさりと刺さったのだ。
俺は脳幹のお陰でそのまま椅子から落ちようとした体を無意識下で持ち上げ耐え凌ぐことに成功した。
しかし周りの視線は俺というか弱く、いたいけな背中突き刺していた。彼らの顔はまるで今の出来事に対して野次馬としてそして観客として意気揚々と群がろうという感情を露呈していた。
まるで、面白おかしい自己より劣っている愚物を見つけた時の激しく笑う、そんな表情で見つめていた。
しかし俺はそんな彼らの鋭く刺すような恐怖の目のお陰で頭を覚醒させることができ、集中力も普段以上に活性化することができた。
彼らのお陰で無意味に船を漕いでいた俺の脳は再び動き出したのだ。さあ、授業受けちゃいますか。そしてしっかり暗記していきましょうか。
と自信満々にあたりを見渡すとそこには既に終学活を行う生徒たちが椅子という踏み台の上に座る様子が見て取れた。
俺はどうやら最後の授業の終わりのチャイムで起きたらしい。
俺はどのくらいこの教室とは違う異世界で船に乗っていたのだろうか。
頑張れば、人の半生を描いた長編冒険物語にはなれるだろうと思いながら帰る支度をした。
俺を待つものは一人もいないし、俺が待ってやるやつも誰もいない。人はそれを孤独と言い、孤立している俺のことを見下し嘲笑うだろう。
しかし俺は俺自身が見下されてもそれが悪いことだとは思わない。
他人に時間を割かないでいる方が有意義に時間を使えるし厄介事にも巻き込まれない。
常に自己と向き合うことで自分を認めることもできるだろう。
そのどこが悪いのか。
人の考えとは本当にややこしいものだと頭で想像しながら俺は校舎を出た。時間が早いからだろうか。
周りには同じ学校の学生はおらず、出会う殆どの人が近くで営んでいる私営の幼稚園に行き来する保護者と幼児だけだった。
世界は今日も平和だなと内心喜びながらそれでも変化のない灰色の暮らしに憤りを感じながら目の前に続くアスファルトの道路を自転車で駆けていた。
するといつもは冷静で何を考えているのかさっぱりわからないとまで言われる寡黙な俺の表情がこれ以上にないくらいに強張った。
なぜか。
空の光が一気に減っていったからだ。
空を舞う光という妖精たちの数が日本の川の流れのような速さでたちまち消滅していき、幾ばくもせずに頭上を覆う青空は赤い空へと変貌した。
精霊の血で染められた夕方という赤い空。
顔をしかめても冷や汗が出てもそれでも俺は叫んだり喚いたりせずただ黙々と自転車を走らせ自宅という安全地帯に逃げようとした。
それでも俺は叫んでしまった。
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そして自転車を道端に止め今度は歩き出した。
なぜか。
周りを歩く通行人が消えて、あたりは暗くなり電柱に20羽ほどのカラスが停まっていたからではない。
いつもの帰り道。
迷うことなどないそんな当たり前の道に未知の存在が建っていたからである。大きな緑。
閑静で冷徹な住宅街のど真ん中にたくさんの木々に覆われた真緑の空間があったからである。
アーメン。
どうぞこれから俺の身に死というレッテルを貼られませんように。
今ここで願っておこう。