第四話「平穏」N
ーー6月18日午前10時27分ーー
授業が終わるまであと5時間。目の前で行われているどこか他人事のような歴史の授業は俺の耳に届くことなく教室を漂っていた。
少し自分語りをしてもいいかな。
俺はオレの心に問う。
俺の考えは一般的な学生の考えるようなこととは大それていて旗から見れば厨二くさい考えだろう。
しかし、いやだからこそ俺は自問する。では、始めようか。
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俺は空気を読みのが苦手だ。
なぜか。
俺は周りの考えていることは手に取るようにわかるが、彼らの考えていることから生じる感情までの過程が一切わからないからだ。
彼らが「濱田の服がダサい」と考えているのがわかってもそれが面白くあざ笑うべき対象の発見による快感という醜い感情に繋がるのはどうしても理解できないのだ。俺には理解できない。
いな、したくもない。
そして人という生き物はよく空気を読むことを強要する。
それがこの世で生きるためのルールであるかのように。
空気を読むことは人の心を理解することと同じだと思う。
空気を心も目に見えるものでもないし臭いもない。
手触りもない。
でもたしかに存在していてそして同時になくてはならないものである。
熱くなれば空気も活発になるし、人の心だって熱くなれば行動に変化するだろう。
逆もまた然りだ。
よって人の心は空気と同一視でき、彼らクラスメイトの心はこの教室に漂う空気だと解釈できる。
空気がこの教室に閉め出されているように彼らの心もまたこの教室にしか宿っていないのである。
当たり前だがここにある空気はこの教室にしかない。ならここのクラスメイトの心の在り処はどこだろう。
この教室が世界の全てだと彼らの心は思っているのだろうか。
彼らの心の在り処がこの教室であるならば、無論オレの心の場所もこの教室だろう。
しかし彼らの心はこの教室を漂う空気で、俺の心は俺の肺に宿った空気であろう。
周りと隔絶され、周りよりも、健康にも環境にも悪い空気。
それが俺の心だ。
何がいいたいのか。
自分でもよくわからない。
俺がそれくらい頭が良ければこんな状況にまずなっていないだろうから。俺は馬鹿だ。
そして俺は何を言いたくて何を考えていたのか。
________________答えは簡単だ________________
心と空気はおなじで、心を知るいわゆる、人の気持ちや感情を知るのは空気を読む事と同じ。
そして俺の心は周りの奴らと比べ醜く腐っている。
だから俺の心の在り処、俺の心を表す空気は醜い俺の体の肺に溜まった二酸化炭素多めの空気といえる。
じゃあそんな環境に悪い俺の心はどうされるのか。
決まっているだろう。
熱エネルギーが世界のエンタルピーに溶け込み流転するように、俺という一個体もこの教室やこの世界に溶け込みやがて消えるだろう。
このままでは俺という存在は大衆思想に押しつぶされ自ら去ることになる。俺は馬鹿だ。
自殺する運命を自分は持つと分かっていてもそれを認めない。
逃れることなどできないと分かっていても逃げたりしない。
俺は馬鹿だから細かいことはわからない。いつもSFチックでご都合展開を望んでいる。
だから俺は見る。
信じていなければ、知らなければ認識できないことのように。本当はそこにあっても気にしなければ見つからない。
たとえそこに俺の生きる希望が隠されていても。
無知とは悪だ。
知らないことに責任を追わせれないから。
未来の自分に知らなかったと言うだけで過去の自分は許されるから。
馬鹿な俺は悪だと言われれば信じるだろう。
そこにどんな思索があっても。
俺は無知で痛くない。
それにこのまま破滅の運命を辿りたくもない。
逃れられる方法は数少ないというのも分かっている。
けれども俺は無知でありたくないから。
その事を言い訳に使いたくないから。
俺は馬鹿だから無知でありたくない。
SFチックでご都合主義、フィクションな世界を望みたい。
俺はただの平凡な生活を送りたくない。出会いたい。
運命を変えるまさに無知な存在に。
聞こえているだろうか。
この未知を望む俺の渇望が未知の存在に。
全てが変わったのはこの時だろう。
本当に馬鹿な考えだ。
これから先どんなにつらい思いをしたか。
考えるだけで心が叫ぶ。
それでも俺は、醜い肺の中に溜まった心をどうにもしないことなど考えられなかった。
選択は正しかったのだろう。
こんな考えが、汚い肺から出してくれる彼女との出会いに繋げてくれたのだから。
ーー同日数時間後。彼は未知に出会う。
そこで起きたことは全てイレギュラーである。
2話にでてきた住所やメッセージに触れないのはなぜでしょう。僕の書き忘れではもちろんありませんよ