第二十話「授業」O
ーー5月2日午後2時ーー
まだ何も始まらなかった頃の話。孤独の衣を身に纏い、陰鬱な世界を謳歌していた頃の話。
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陰鬱な空気が教室に漂い、黒板と自分の距離はまるで地球とプロキシマケンタウリとの間を光子が進むそんな道のりと同等な気がした。宇宙にでたことはないし、講師の気持ちになったこともない。ただ宇宙もさしてつまらない場所なのだという考えだけはあった。この地球、この世界と同じように。
時計の針が鳴らす律動的な騒音は俺の耳に響いた。対して大きくない音だけれど、幻聴のせいか耳をさっきからひどく攻撃してくる。この時計はもし自我があって動けるようになれば俺の命を奪ってしまうだろうという確信を持った。
目の前で繰り広げられるのは、英語教師による英語に関心を持っている生徒だけが受ければいいであろう、面白みのないただの平凡な授業風景だった。
「True worldこれはなんという意味だ。濵田。答えなさい。」
生徒たちに背中を向けて黒板としゃべりする英語教師は教師としての自覚がないのだろうか。
濵田というやつがやたらうるさく、ふざけた声音で返答する。
「本当のせかーいですw w」
何が面白いのかよくわからないが、彼のうちわにいる醜く一般に青春を謳歌しているはずの運動部連中は爆笑する。英語教師は彼らの騒がしい笑い声を無視して授業を続ける。
無視したい気持ちはよくわかる。共感はできる。しかし俺ならああいうふざけた奴らを当てたりはしないが。
「じゃあ、Fale world これはんていう意味だ。22番答えてくれ。」
出席番号で当ててくる先生は大体嫌われる。そもそも俺は全員嫌いであるが。というのも、人を番号で当てるとかそれこそ収容所みたいじゃないか。まあ学校ってのは収容所だけれども。
そして俺は35番というあだ名がある。読んでくれるのは先生しかいないし、そもそも読んでほしくないのだが。
囚人番号22番であろう長い後ろ髪をした女が立ち上がって言う。
「嘘の世界?です。」
「正解だ、ちなみに小問3のoriginは最初、nextは次の、という意味だ。」
ギギギッギッギギッッッッッッゴゴゴゴゴンンアアア。
黒板の上に据え付けられたスピーカーから爆音が流れた。放送室の音声機器がこの世の終わりの状態なのか、居眠り生徒を起こすためなのか、動機が不明でヒステリックなスピーカーの音は、やはり耳障りがよろしくない。
俺はこの歪でへそ曲がりの世界を片目に、思考の海に溺れる。
俺は捻くれている、とよく宣うが、では捻くれているとは一体どう言う意味だろうか。
人が素直でなく、反抗的で、意地悪だったり、世の中や相手を良く思わないような態度をとっている状態を指すらしいが、俺の思うひねくれとは少し違う。
別に俺は意地悪だったり反社会的で全ての事実を嫌ったり当たり障りに否定したりはしない。俺は青春を謳歌するものや楽しそうに笑い合う関係に関してただ、疑問を持っているだけだ。
この世界における常識は誰が考え出したものなのか。その常識が世界の真理とイコールではないことくらい誰でも知っているだろう。常識は必ずしも正しくない。間違っていることの方が多い。
そんな事実かどうか知り得ない存在を正しいと考えてそれをもとに生きるのは危う過ぎないか。常識が正しい保証などない。
お前ら一般人は不安定な土台で生きている。だからどんなにその地盤の上でいくら活躍しても土台が崩れればおしまいだ。全て失う。
なら土台を見極めるべきではなかろうか。
たとえそれが反社会t系で異端者の行動であっても。
俺は全てを疑いたい。自分の思考で世界を見たい。
捻くれて捻くれて言葉の真意など知ったものか。それがこの捻くれて曲がりまくった俺が唯一携える思い。
もう正解など見えない。疑うことに疑い過ぎて、何が本当か何が嘘かもはや見えない。全てが欺瞞で虚偽で捏造。そんなふうに見えるこの腐りきった瞳はもうダメかもしれない。
しかしそのダメだという可能性さえ疑って嘘だという。
それが俺であり嘘である。偽物の世界。偽物しか存在しない世界。そんな世界が青春というのなら、俺はこのままでいい。俺がいくらネジキれて曲がりちぎれて引き裂かれても、このわん曲したこの世界を睨んで呪って罵って、それを糧にして生きていく。
俺は捻くれている。どう捻くれているか。なぜ捻くれているのか。
そんなものは知らないし理解できないだろう。
ただ一つ言えることは、この俺の魂は元から常人より曲がって捻っていたのだということ。
この俺の精神は最初から腐り切っていたのではないのかということ。
どんな世界でも俺は捻くれていたのだろうということ。
俺は捻くれている。そのことに関して、諦めも劣等も優越も感じない。
捻くれているのがデフォルトであり俺の一部だから、そんな当たり前の存在にそんな俺にとって常識であるこの価値観に俺は何も感じない。それが当たり前だから。
思考の波から脱出し、嵐を呼ぶ雨雲の中から俺の魂が乗った小舟を見下ろした。
「っふ、お前は常識を嫌っていたのではないのか。なぜ自己の捻くれという定義に常識という言葉を使う。論理が破綻しているぞ。」
小舟に乗った俺の魂はその嘲笑に返答する。
「ハハハ、バカはお前だ。このやろう。何度も言うが、常識は必ずしも真実ではない。だから言ったのさ。俺が捻くれているのは、常識なのだと。」




