第十話「弊害」F
ーー6月20日1時10分
授業の終了を告げるために鳴らされるチャイムの音が一通り教室内を巡回し終わるまで俺は身動き一つ取らなかった。
今日もまた日常という代わり映えのしない退屈な時間をこれまでもそしてこれからも歩んでいく。
おれはそんな毎日にため息をし、こんな暮らしに心の奥底では満足している自分の本心に嫌気を差した。
太陽の光は俺の背中でぎらりと差し、後ろの席の男の娘の指は俺の背中をちょん
ちょんと指していた。
「変わらないのは変わらないようにするために膨大な力が実は使われている。そのことに気づかなければいつまでも自分よがりの人間のままだ。そこに成長はない。」
ある本に差し込まれていたありきたりな文章だ。
なぜ俺が数多ある言葉が羅列された本というナノ集合体の中からこの文を抜き取ったのかと言うと今の自分を戒めるためである。
もっとも過去の俺も現在の俺も周りに感謝せず常に自体の悪化は周りの責任。良いことが起きれば自分の行動のおかげ。
そんな思春期中学生でも仰天してしまうような回りくどくて社会理念に反した考えを持っている俺と対象的な立ち位置にこの文はある。
それが俺の脳裏反対意見として定着したのだろう。
自分の意見を反対するやつは許せない。
何があっても論破してやる。
ボッチの悪い習性だ。
偏った見方は常に自分の身を削ぐ愚かな行いであるし、論破という行動になんの意味もない。
無価値な行いだ。
しかしこういった普遍的にデメリットしかないと言われる事柄を無理やり肯定するのが我らボッチの役目であり使命である。
そういうふうに捉えなければ行動することもできない自分を情けなく思いながら本来目を向けるべき対象を見据える。眩しすぎるその神々しさに俺は無意識的に観音像を思い浮かべてしまった。
後ろの席に座り、今俺と目を合わせているのは彼女、西澤興である。失敬。彼だった。
毎回性別を間違えそろそろこの子は性別を持たない人種なのだろうか。最近はダ
イバーシティって言うし、一概に間違いとは言えないな。と想像しながら彼女の言葉を待った。ああ、彼か。もう無理だし彼女にしか見えないしもう彼女でいいかな。
とのたまっていると
「あの、さ。えっとね。一緒に?ご飯でもどうかな~って思っちゃったんだけど、どうかな?」
天に召されそうであった。
否、今現在進行系で召されていた。天使は実在したのだ。アーメンと胸の前で腕を動かしていると彼女は言う。
「ごめんごめん。そんなつもり無いんだ。ただもしよかったらってだけで。嫌ならいいよぅ。」
今度は悲しそうな声色で話す。
「あ、ああ。食うよ食うよ。食わせてください。委員長。俺も食いたいです。可愛いあなたを食い尽くしたいです。」
口が滑ってしまったことに驚きそして彼女がかわいすぎたからだと納得し終え、彼女の顔色を今一度うかがった。
ちなみに委員長というのは彼女のこのクラス任命されている役職でありその委員長という称号からもわかるようにクラスから信頼され認められているのだ。
実際はその可愛さにやられているだけなのだが。
眼の前の彼女はあからさまに赤くなった顔を見せないためか、こそばゆいくらいにきめ細やかな手で顔を覆っている。
「その手をどけていいか。俺はお前を見たい。」
不運にも心のなかで思っていたことを口に出してしまった。
抑えきれない愛情がそうさせたのだろうか。
委員長は彼女の顔を覆う手をずらして生んだ隙間から俺の顔をシマリスのように伺っている。
「え?能登くんってそっち系なんだ。くそ。」
と、あからさまにガッカリした様子で独り言を呟く吉田優花15才が自身の席にしょんぼりと座って頭を突っ伏していた。
聞かなかったことにしてあげたい。
俺はそう思った。
「能登。お前は特殊性癖を持っているのだな。普通の恋愛では満足できない、か。どうだ小僧。私はどうだ?」
ふと見やると自信満々な口調で提案をしてきた加持駆教師が立っていた。
彼女の自信あふれる声とは裏腹に彼女の足は子鹿のように震えていた。
「いいっすよ。先生にはもっといい人が現れるだろうから。」
俺は魅力的な相談を渋々断った。本当に魅力的ではあったが腐っても一途なことだけは変えられないのでね。
しかしまあ、付き合っても良かったのかもしれない。
加持先生が怒りと羞恥を原動力におこした魂の拳をこの腹で受け止めたあとそう思った。
俺が場に大いに振り回されていたその時。
俺の目の前には、
「ボクを見たい。だだなんて、まさしくん、ちょっとおかしいよぅ。恥ずかしくて顔見れないよぅ。うう。」
と、顔から清らかな純粋で生み出されたであろう美麗な蒸気を出しながらヘタれこんでいる愛しい女の娘の姿があった。
もちろん俺は気づいていない。気づいていれば致死量の愛おしさに脳が破裂していただろうから。
つまりまとめると、西澤興は同性をも虜にする女の娘であり、能登まさしはそんな愛に屈した歪んだ性癖を持つ男なのである。
性癖すら歪んでいるとかまじで、深刻にどうしようもないですね。