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男の目覚め

ついに男の名前が出てきます。

男が目覚めたのは、その日の晩のことだった。


広さ6畳くらいしかないだろう部屋には、男が横たわっていたベッドの他に、小さなテーブルと椅子しか置かれていない。


ひどく殺風景な部屋が視界に飛び込んできた。


「・・・どこだ、ここは」


男は両手で顔を抑えながら、少しづつ意識を覚醒させていく。



『巻き込んで、、、ごめんなさい、、、』



不意に、助けようとしたあの女の声が頭に蘇る。


そして、あの半分溶けてなくなった顔と、溶けていく自分の手も、脳裏に浮かんだ。


「・・・ッ!?」


我に返った男は、先程まで顔を覆っていた両手を、目を見開いて確認した。


次に頭、胴、足ーーー


自分が五体満足であることを実感するまでに、男の額に脂汗が滲み出るほどの時間を要した。


「なんだったんだ・・・・あれは・・・・」


助けようとした女の顔が半分溶けていただけでもゾッとしたのに、自分の両手足までもが、たしかに溶けてなくなる光景を目の当たりにしたのだ。


普通の人間であればトラウマものだろうが、男は仕事で人のご遺体に接する機会があったために、まだ受け止めることができていた。


だが、確かに溶けてなくなったはずの、今自分が動かしている四肢は一体何なのか。

その答えを出すことだけがどうしてもできなかった。


「・・・・・・はぁ」


答えが出ない代わりに、男の口から安堵と不安が入り混じったため息が漏れ出る。

ひとまず、男は自分が寝かされていた室内を見て回ることにした。


「今、何時だ・・・・。俺のケータイは・・・・?」


狭い部屋を物色するも、あるのは古い木造のベッドに、小さなテーブル、そして机上に置かれたひどくレトロな雰囲気のランタンのみ。


ベッドの足元には食器類や衣類などが収納された木箱が積まれていたが、男が望んでいるテレビや携帯電話といったものは一つもなかった。


「ここは物置か?」


部屋には一般的に家電と呼ばれるものは一つも置かれておらず、電灯すら取り付けられていない。


明るさは小さなランタンと、窓から差し込んでくる微かな月明かりだけだ。


男はランタンを手にとり、一つしかないドアの前に立つ。


そして、恐る恐るドアノブに手を伸ばした。


「・・・鍵は、掛かっていないか」


ドアノブにかけた手に、鉄のひんやりとした冷たさが伝わってくる。


男は、ゆっくりとドアノブを回した。


ギィィ・・・・・


軋むような音を響かせながらドアをあけると、その先は真っ赤な絨毯が敷かれた居室につながっていた。


部屋の中央には古びたダイニングテーブルと、向き合うように椅子が4つ。


その奥には、白い布のようなものが被せられたソファと、石造りの暖炉、古びたロッキングチェアが置かれている。


やはり、この部屋にも男が求めていたテレビや時計と言ったものは置かれていない。


「う〜ん・・・・・」


モゾモゾと、ソファに被せられていた白色の布が動いた。


「人・・・か?」


男が近寄って目を凝らすと、人のような物体が横たわっているのが見える。


「女の子・・・・外人?」


ただ一つ言えることは、髪の毛が見慣れない白銀色だということだ。

そんな髪の色、イベント会場のコスプレイヤーが被っているウィッグでしかみたことがない。


「・・・目が覚めたかな?」

「っ!?」


不意に背後から声をかけられる。


男が振り返ると、ロッキングチェアには同じく白銀色の髪をした老人男性が腰をかけていた。


「・・・あなたは?」

「ワシはこの家の主で、名をバルガスという。お前さんの名前は?」


老人の年老いた、しかし鋭い眼光に射抜かれながらも、男は名前を告げた。


「・・・織田、織田健一と、いいます」

「そうかい、オダケンイチとういのか」

「性が織田で、名が健一です」

「では、ケンイチと呼べば良いかの?」

「それで、構いません」


老人は少し考えるような素振りを見せた後、ソファで寝ている少女に目をやった。

少女は目を覚ますことなく、静かに寝息を立てている。


「・・・ふむ。その子はワシの孫娘で、名はシエルファだ」

「えっと、すみません。あなた方は日本人ではない、のでしょうか?」

「ふむ、アキも同じことを言っておったの」

「アキ・・・?」

「お前さんと一緒に、スライムに取り込まれておった女子じゃよ」

「スライム・・・・おなご・・・?」


唐突にファンタジーものに出てくる定番モンスターを告げられ、健一は思わず言葉に詰まる。


「お前さんと同じ、日本という国からやってきたと言っておった」

「あの、すみません。ここは日本では・・・ない?」


言葉を交わせば交わすほど、健一の思考はどんどんかき乱され、麻痺していく感覚に包まれた。


「ここはクレイ王国の北辺の集落で、ナガサラムという。ワシはナガサラムの村長だ」

「クレイ王国・・・?」


全く思考が追いつかない健一を横目に、バルガスは言葉を続ける。


「今朝、お前さんとアキは別世界からやってきたという話を聞いた。どうやら、魔物の転移に巻き込まれたようじゃの」

「えっと・・・」

「まずは、話を聞くがよい。少なくとも、言葉は通じるのじゃからの」


バルガスの話を要約すると、こうだ。


1、今朝、健一とアキと呼ばれる女性がこの村の羊舎の中で発見された(それも、スライムに取り込まれた状態で)。


2、最初にスライムから吐き出されたアキが意識を取り戻し、日本人研究者のミズタ・アキと名乗った。


3、アキがスライムに呼びかけ、スライムの体内に取り込まれていた健一も無事に助け出された。


4、アキの話では、アキとスライムは主従関係であり、日本という国からやってきた


そして5、しかしこの世界に、“日本”という国は存在していない。



「異世界転生なんて、二次創作の話じゃないのかよ・・・・」

「ひとまず、今晩はもう寝るのが良いじゃろ。明日の朝、アキと話をしてみるがよい」

「そのアキという女性は、今どこに?」

「今は別の部屋で寝ておる。スライムと一緒にな」

「・・・わかりました」


健一は釈然としないながらも、再びベッドのある部屋へと踵を返す。


「そうだ、ケンイチよ」

「はい、なんでしょうか?」

「間違っても、夜の間は外には出るでないぞ。獰猛なムーンウルフに見つかれば、命はない」

「・・・ご忠告、ありがとうございます」

「素直でよろしい」

「そういえば、バルガスさん」

「なんじゃ?」

「えっと、自分は床で寝ても構わないいので、良かったら女の子をベッドに・・・」

「心配は要らん。お前さんは客人だからな。良いから、部屋を使いなさい」

「・・・わかりました。ご厚意に感謝します」

「うむ」


健一が部屋に戻るのを見届けたあと、バルガスは再びシエルファに目を向けた。

少女は何事もなかったかのように、ソファの上でぐっすりと眠っている。

バルガスはシエルファの頭を、そっと優しく撫でた。

そして静かな寝息を聞き届けて、再びロッキングチェアに腰掛ける。


「運命は、繰り返すのかのぅ・・・」


バルガスはそう呟きながら、目を閉じた。

誤字脱字あったら許してください←

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