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異世界の始まり

今回、主人公はほとんど喋りません。

雲一つない青空の下、辺境のナガサラム村は今日も平穏な朝を迎えていた。




人口が100人にも満たないこの小さな村は、大陸随一の国土を誇るクレイ王国の領土ではあるものの、険しい山脈に囲まれた地に存在するため、国政とはほぼ無縁の日常を送っている。




6代目村長ルディ家の一人娘シエルファは、朝から羊の乳搾りに精をだしていた。


長い銀髪を首の後ろで一本に結び、袖まくりされた白色のシャツからは健康的な小麦色の肌が顔をのぞかせている。瞳の色は鮮やかなスカイブルーだ。


年齢はまだ15歲ではあるが、幼さと同時に大人びた少女の顔つきを持ち併せていた。




「・・・よし、これで終わりね」




シエルファは絞った羊乳を倉庫まで運ぶと、休むことなく羊舎の掃除に取り掛かる。


羊たちが食べ残した牧草を丁寧に一輪車に乗せては、村の片隅にある捨て場へと運んでいくのだ。


成人男性でも負担のかかる仕事を、15歲の少女は事もなげにこなしていく。




「おはようシエルファ、今日も朝から元気だね」




初老の男は銀髪の少女を見つけると、軒先に置かれている椅子に腰掛けながら挨拶をした。




「おはようございます、アダルウィンおじさん。足の具合はどうかしら?」


「ああ、今日は絶好調だ。午後からは久しぶりの狩りにでてくるよ。良い兎を捕まえて、シエルファのお家まで持っていってあげよう」


「ありがとう。でも無理はしたら駄目よ?」


「わかってるよ、心配してくれてありがとう」




アダルウィンと呼ばれた初老の男は、過去にクレイ王国の騎士団であったというが、今では穏やかな表情を浮かべるだけの老人だ。


数年前に足腰を弱めてからは、もっぱら軒先に出した椅子に腰掛けて日々を過ごしている。




「シエルファ、今日もウチに紅茶を飲みにおいでよ」


「おはようございます、ルイーサ姉さん。ぜひご馳走になるわ」


「本当に、働き者でしっかり者だね、シエルファは。うちの旦那も少しは見習ってほしいもんだね」




ルイーサは5人の子供を持つ母親であり、高い身長とその男勝りな性格から姉さんと呼ばれて慕われている。


幼くして両親を無くしたシエルファにとっては、まさしく本物の姉とも言える存在だった。




「母ちゃん、俺だって毎日働いてるってば」




ルイーサの背後の玄関から、ほっそりとした色白の男が姿を現す。


ルイーサの夫であり、村の木こりをしているアヒムだ。




「まったく、昨日の晩だって遅くまで飲んでただけじゃないか。おきたならさっさと顔洗っておいで」


「わかったよ・・・シエルファちゃん、おはよう」


「おはようございます、アヒム兄さん。今日森の中で真っ赤なリンゴが採れたんだけど、朝ご飯にどうですか?」


「ぉ、それはいいねぇ、ぜひ頂こうか・・・・」




ルイーサの鋭いジト目に気づいたアヒムは言葉を止めた。




「・・・なーんて、いや、気持ちだけ貰っておくよ、ありがとうシエルファちゃん」


「ふふふ、今日も仲が良いのね」


「何いってんだい、シエルファ。あんたはもっとマシな旦那のところに嫁ぐんだよ」


「ありがとう、ルイーサ姉さん」




誰に対しても屈託のない笑顔を見せる少女を、ナガサラム村の誰もが自分の娘のように可愛がっていた。




小さなナガサラム村にとって、シエルファは数少ない子供の一人であると同時に、村の宝だった。




シエルファ自身も、このナガサラム村のことが大好きだった。


時たま村にやって来る行商人から王国都市バハムトの噂話を聞かされても、この自然と人に恵まれたナガサラム村には敵わないとすら思っていた。


変わらない、温かみのある日常が送れることが、シエルファにとって何より大切なことだった。




「さて、これで羊舎の掃除も終わりかしら・・・・あれ?」




ふと、羊舎の中にいた羊たちの姿が見えないことにシエルファは気がついた。




この村では他人の家畜を盗むような人間はいないし、野犬やオオカミが襲ってきたなら羊たちが騒ぎ出すはず。


ましてや魔物避けの結界符のある村にゴブリンなどの魔物が近づいてくることもない。


シエルファが羊舎を見回しながら歩くと、羊舎の隈、牧草置き場の一角に羊たちが群がっていることに気がついた。


「あら、どこか柵でも壊れていたのかしら。アヒム兄さんにお願いして直してもらわないと・・・ん?」


羊たちが群がる一角に、緑色の粘性体が蠢いていることに気がついた。


「・・・・なに、これは?スライムかしら?」


スライムは魔物の一種ではあるが、人里に降りてくることは滅多にない。


むしろ人間や他の魔物の存在に敏感で、察知すれば自ら距離を取って逃げると言われている。


この国では子供に対して魔物に近づかないよう教育を行うのが一般的だが、スライムに関しては人間に対して危害を及ぼした報告がなく、見かければそっと見守る程度で良いと教えられる。




「・・・・っ!?」




しかし、シエルファの目の間に現れたスライムは、その緑色の半透明の体の中に、人のようなものを取り込んでいた。




それも、若い男と女の、二人も、だ。




「ちょ、ちょっと!誰か来て!大変!」




シエルファは村の中に向かって叫ぶと、羊舎に立て掛けていた鋤すきを手にとって思いっきりスライムを叩いた。




「人を食べないで!今すぐ吐き出しなさい!」




スライムに取り込まれた二人は、意識がないのかぐったりとたまま動かない。




「シエルファ!どうしたんだい!」


「大丈夫かシエルファちゃん!」




シエルファの叫び声を聞いて真っ先に駆けつけったのは、ルイーサとアヒムの夫婦だった。




「スライム・・・・?」


「違うの!中に人が取り込まれてるみたい!」


「なんだって・・・!?」




アヒムはすぐさまスライムの中に腕を突っ込み、まず女の足を掴んだ。




「なにやってんだい!?アンタまで取り込まれちゃうよ!?」




ルイーサが血相を変えてアヒムの体に抱きつき、スライムから引き剥がそうとする。




「大丈夫だよ!スライムは見た目と違って、そんなにすぐ消化するようなスキルはもってないんだ!」


「ならさっさと引っ張り出しておしまい!早くしないとどうなるかわからないよ!」


「えぇい!この・・・!!吐き出せ・・・・!」




アヒムが力いっぱいに引っ張るが、なかなかスライムの中に閉じ込められた人体を引っ張り出すことができない。


それどころか、スライムから触手のようなものが飛び出し、アヒムとルイーサの体を突き飛ばし返した。




「うあ・・・っ!?」




ルイーサとアヒムは思わず尻もちをつくように転がってしまう。




「ルイーサ姉さん!アヒム兄さん!」


「いってて・・・・!」




その時、三人の様子を見ていたスライムが大きくうねりを上げた。




そしてその体の一部に、人の顔のようなものが浮かび上がり、訴えるように言葉を発した。




「・・・ヤメて、ツレテ、いかナイで」


「ぇ・・・っ」




唐突な光景に、シエルファも、アヒムとルイーサの二人も、呆気に取られていた。




「ご主人たち・・・・ツレテ、いかないで」


「ご主人・・・?」


「いま、ねている、ボクのなかで・・・ごしゅじん、けが、シテル」


「あなたは・・・・スライムなの?」




シエルファは恐る恐る、言葉を投げかける。




「う・・・ん・・・・スライム・・・」


「ちょっと!シエルファ!魔物の言葉に耳を貸したら駄目だよ!」


「そうだよシエルファちゃん!そもそスライムには言葉なんて概念はないはずだ!そいつは危険な魔物かもしれない!」




ルイーサとアヒムが起き上がり、スライムからシエルファを遠ざけようとする。




「ご主人の・・・・きおく・・・みた、よんだ。人と、会話する」




スライムの顔は少しずつ人形を模していく。




「ごしゅじん・・・ボク・・・いじめないで・・・助けて・・・」


「あなたは、一体・・・・」


「ボク・・・は・・・・」




スライムが言葉を続けようとした瞬間、スライムとシエルファ達の間に一人の老体が割って入った。


老いたとは体とはいえ、その腕には大きなスラッシュアックスが握られている。




「アダルウィンおじさん!」


「、、、シエルファの叫び声が聞こえたかと思えば、なんでい、このスライムは」


「じいさん!こいつ、人を取り込んでるんだ!」




気がつくと、アヒムも羊舎に立てかけられていた鋤すきを手にとり間合いを詰めていた。




「確かに、二人・・・・くわれてるのか?」


「わからない!でも早くしないと!」




声を荒げえるアヒムに対し、スライムが懇願した。




「まって・・・・ご主人・・・だけでも・・・助けて・・・」




スライムの中から、女性の体が流れ出てくる。


血まみれの白衣に割れたメガネをつけた、黒髪の女性だ。




アヒムとアダルウィンが警戒している横で、ルイーサが素早く女性の体を引き寄せる。




「大丈夫かい!?あんた!しっかりしな!」


「う・・・ん・・・・」




ルイーサの呼びかけに、女性は少しばかり反応を示した。




「おねがい・・・ご主人を・・・助けて」


「早くもう一人の男性も解放するんだ!」


「ひと・・・返したら・・・記憶・・・よめない・・・喋れない・・・」


「うるさい!魔物め!言う通りにするんだ!」


「まてアヒム!そう刺激をするんじゃない!」




アダルウィンがアヒムを制し、そしてスライムに対峙する。




「お前さん・・・、普通のスライムじゃないな?」


「ぼく・・は・・・・アール、アイ、スリー、みかえる・・・じんこう・・・の・・・知能、体・・・」


「人工・・・知能体だと・・・?」


「この人は・・・大丈夫・・・・怪我させない、記憶、、、かりるだけ」


「一体お前は何を言ってるんだ・・・?」




「その子は、人工知能生物・・・なの・・・」




アダルウィンとアヒムがスライムと対峙している最中、ルイーサとシエルファに介抱されていた女性が言葉を発した。




「ちょっと、あんた、喋って大丈夫なのかい?」


「大丈夫です、、、、それと、その子には、危険は、ありません、、、ゴホッ!」




女性は蹌踉めきながらも、ルイーサに支えられて立ち上がる。




「ミカエル、もう大丈夫だから、その人を渡してくれるかしら?」


「ご主人・・・・」


「大丈夫、あなたのことも私が説明するから、安心して」


「う・・・・ん・・・・」




スライムは人形を解くと、体内に取り込んでいた男の体を流し出し、手のひらサイズまで小さく萎んだ。


先ほどまで大人二人を体に取り込んでいたとは思えない大きさだ。




直後、男のそばにシエルファが駆け寄って様子を伺う。




「あの・・・!大丈夫ですか・・・!」


「ううん・・・・・」




男はうめいたまま、目を覚まさない。




女性はその様子を横目にスライムを手に取ると、周囲を見回した後に、深々と頭を下げた。


その姿を見て、アダルウィンとアヒムは手にしていた得物をおろした。




「ごめんなさい・・・助けて頂き、ありがとうございます」


「いや、村人が無事なら、俺はそれで良いんだが・・・」




アダルウィンが周囲に目配せをすると、騒ぎを聞き駆けつけていた他の村人達が姿を見せ始めた。


皆一様に剣や槍などを手にしている。




「それにしてもアンタ、血まみれじゃないか!大丈夫なのかい!?」




ルイーサが女性に駆け寄りながら、心配そうに体を確認する。




「大丈夫です、ちょっと事故したのですが、ミカエルが、治療してくれたみたいです」




女性は手のひらに乗ったスライムを、大切に白衣の胸ポケットにしまった。




「事故?なにか建物の崩落に巻き込まれたのかい?」


「いえ・・・車で、交通事故を」


「こうつうじこ?車って、馬車のことかい?」


「馬車・・・・?」




スライムという存在が一段落すると、今度は女性と男に冷ややかな視線が向けられ始めた。




「すみません・・・ここは・・・、どこですか?随分山の中のように見えますが」




女性が周囲を見渡しながら、言葉を発すると、アダルウィンが答えた。




「ここはナガサラム、クレイ王国の北辺の小さな村だよ」


「ナガサラム・・・・?クレイ王国・・・?ここは日本では・・・?」


「・・・ニホン?聞いたことないが、お前さん、旅のもんかい?」


「ええっと・・・・私は日本の政府機関の研究者で、水田といいます」


「とりあえず、ミズタさんとやら、聞きたいことが山程あるんだが・・・」


「はい・・・」


「ええっとな、、、それじゃあ、、、、」




「それなら、ワシの家で話を聞こう」




アダルウィンが続けて言葉を発しようとした時、一人の老人が杖を付きながら現れた。


シワにまみれながらも、浅黒い小麦色の顔色にスカイブルーの瞳で、白銀の髪はシエルファの髪と同系色の色をしている。




「村長・・・」


「・・・シエルファ、そちらの男性も、私の家に連れてきなさい」


「うん、わかった、おじいちゃん」


「お嬢さん、そのスライムについて、話次第では村から出ていってもらわないといけないかもしれんが、良いかの?」


「・・・もとより、そのつもりです」


「では、ワシの家に行こうかの」






村長と呼ばれた男は踵を返し、羊舎の横にある村で一番大きな屋敷へと歩み始めた。

次から主人公喋る予定です。

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