異世界転移
ミスって短編にしてましたが、連載に切り替えます。
男は拳で台を叩いた。
町外れにあるパチンコ屋で、男は既に3万も負けていた。
男を嘲笑うかのように、その両隣は何万も勝ちを続けている。
男が台パンしたというのに、両隣の客は決して虹色の画面から眼を離すことはなかった。
男はパチンコ屋を出て、一服してから車に乗り込む。
生産されてから10年以上は経った古物のセダンには、所々にキズが入っていた。
『まるで覆面パトカーみたいで飾りッ気がないよな、お前の車』
頭の中で、同僚刑事の嘲笑する言葉が甦る。
男もまた、刑事だった。
決してエリートではない、新米刑事だ。
欠員から請われて刑事なったものの、職場環境は優しくなく、能力がなければ生き残れない。
公務員と言えば聞こえは良いが、勝ち負けはハッキリと見えてくる。
まるで男がさっきまで遊戯していたパチンコのような世界だ。
男はため息をつきながら車のエンジンを掛け、自分の家を目指して幹線道路に出た。
「今日は塩パスタだなぁ、、、」
夕飯を考えていた時に、それは起こった。
ドンッ
男の目の前で一台の黒塗りのバンが事故を起こしたのだ。
高速で中央分離帯に衝突して宙を舞う、大事故だった。
鈍く耳を突き刺さすような音が響き渡り、通行人の誰もが視線を奪われている。
「はぁ、、、」
仕事もギャンブルも上手くいかない男だったが、そこは一人の警察官である。
「報告で1時間は消えるな、、、」
週休日の思考を、仕事モードに切り替えた。
交通事故といえども、男にしてみれば日常の一コマでしかなかった。
辟易しながら車を路肩に停め、119番をしながら横転したバンに駆けよると、運転席の中で白衣を来た、血塗れの女の存在に気付く。
女は目を見開いた状態で、軽く痙攣していた。
「、、、おい、大丈夫か!」
男はバンによじ登り、助手席ドアを開けて声を掛ける。
内心ではアウトだと悟っていたが、救急のオペレーターが本物の通報だと理解する為に、敢えて大声を出していた。
オペレーターはすぐに位置探索を始めたし、たまたま通りかかった通行人は近くの町医者に駆け込んでくれていた。
ここまでは男の計算通りだった。
だが次の瞬間に、一つの誤算が産まれた。
「………げて」
運転席の女が僅かに呻いたのだ。
殆ど死んだと見えた女の身体だが、よく見れば奇跡的に綺麗な状態にすら見える。
「、、、おい!大丈夫か!?」
予想外の出来事に、男は思わず、運転席の中に飛び込んでしまった。
警察官は、特に二次事故に巻き込まれないよう叩き込まれるが、男はそれが出来なかった。
女が生きていたからか、それとも仕事で手柄をあげられていなかったからか、はたまた未熟だからか。
男は余裕を失くし、失敗してしまったのだ。
「まってろ、今引き揚げる!」
事故車両の中に降りると、男の鼻に突き刺ささるような刺激臭が入り込んできた。
「、、、?」
続けて、男の掌に粘液のようなものが纏わりつく。
「ガソリン、、、?」
いや、違う。
「なんだこの液体は、、、?」
男は手に付いた液体が何かわからないまま硬直してしまう。
だが次の瞬間、男の手が溶け始めたことに、男は絶句した。
「ぇ、、、」
呆気にとられていると、視界の端で女の身体が動いた。
「ごめんなさい、、、」
「……おい!大丈ぶ、、、、!?」
男が女に目を向けると、悪寒が男の背筋をゾッと駆け上がった。
女は意識をハッキリとさせ始めているにも関わらず、顔が半分、溶けてなくなっているのだ。
「な、、、!?」
そして女は、カメラのリモコンの様なものを握っていた。
導線を目で追うと、あたかも爆弾と主張している無機質な物体が目に留まる。
画面には、00:00:10と表示されている。
「なんだよ、、、これ!?」
男が叫ぶと同時に、周囲に何台もの車が駆けつけてきた。
レスキューだ、と考えると同時に、男の頭の中に一つの疑問が過る。
(救急隊にしては、早すぎないか、、、?)
異常すぎる光景が、かえって男の思考を爆速に押し上げていた。
割れたフロントガラスの外に目を向けると、スーツ姿の屈強な男達が車から降り、辺りを取り囲んでいた。
中には、拳銃の様なものを取り出している者までいる。
「誰だ…こいつら、、、!?」
男はここで、これが非日常であることに気付く。
これは、ただの交通事故じゃない。
「巻き込んで、、、ごめんなさい、、、」
女が力を振り絞るように呻く。
「おい!何言ってるんだ!?」
「でも、、、」
「おい、、、!しっかりしろ!」
「黙って、、、ついてきて、、、」
「なん、、、だよ…お前!?」
女の言葉に、男は失敗したと悟った。
何事も上手くいかず、今日も余計なことに首を突っ込んでしまった。
何もしないまま、目を背ければ良かった、と。
「なんで、、、こんなんばっかりなんだ!」
日常の嫌なこと全てに対して、吐き捨てるように叫ぶ。
「ごめんなさい、あとで、謝るから」
カチッ
女の手が、リモコンのスイッチを押した。
そして、女は目を閉じ、身体の力を抜く。
画面が1秒ずつ、カウントダウンを始める。
「、、、、くそが!」
男はすぐに車から這い上がろうとするが、上手く物を掴めずにバランスを崩す。
「…!?」
それもそのはず、右手首から先が、無くなっているからだ。
慌てて這い上がろうと動くが、狭い空間に阻まれ、女の身体を踏みつけてしまう。
すると今度は、女の胴体と、男の右足が液体の中に消えた。
「、、、っ!だれか、、、!誰か助けてくれ!!」
男は叫ぶが、踠けば踠くほど、身体は液体のなかに引き摺り込まれる。
咄嗟に左手で液体の染みた地面を押し返そうとしたが、次は左手がスルッと消えた。
「ひぃ、、、っ!」
男は混乱した。
異常な光景の中で、やけに冷静な自我が死を認識した。
「いやだ、、、死にたくねぇ!!」
必死に天井を見上げるが、右手は何も掴めない。
自分が地面にめり込んでいくかのように、空は遠退いた。
間もなく、男の身体は液体の中に完全に飲み込まれてしまった。
直後、爆風が二人のいた空間を吹き飛ばす。
後には、爆発炎上する鉄塊だけが残っていた。
その日のテレビニュースでは、ガス缶配達の業者が交通事故を起こし、大爆発に至ったと報道された。
救助に入った通行人の男性と、配達業者の男性を含めた数人が死亡。
周囲の通行人十数名を巻き込む大惨事と見出しがついた。
しかし、女や男を飲み込んだ希少粘液スライム、そして車を取り囲んでいた男達のことは、一言も触れられなかった。
世の中のとある上層部がした、隠蔽工作によるものだ。
消されたのは女と、女が施設から持ち出した触れた物質を消失させる希少粘液スライム、そして、しがない新米刑事と、不幸にも詳細を見てしまった不運な通行人達。
全て、闇に葬り去られたのだ。
だが、男の物語は実は続いている。
消えたかと思われた希少粘液スライムは、爆発の前に男と女を飲み込んだまま、転移したのだ。
スライムにとっての日常世界であり、男にとっては非日常の、とんでも異世界に。
これは、負け組主人公が勝ち組主人公になる転生物語、とまではいかないが、負け組主人公がなんとか奮闘する、異世界転生物語である。
時間がある時につくります。