起動編8
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「やあ、起きたのか」
朗らかな男の声が聞こえる。
暗転していた思考を稼働させる。
と、目の前には見知らぬ男が。
いつの間にか寝ていたのか。
周りを見渡せどもしかし気を失うまでにいた光景はそこにはなく、どうやら私は木製の暖かな部屋の中で机に向かって書類を書きながらうたた寝しているところを起こされたようだ。
「なんだ。まだ寝足りないのか?」
柔らかな雰囲気のある男はこちらを見て心配そうにしている。
「ああ、ラノーか。」
私の口が勝手に喋る。
それに応じて頭の隅からスルスルと情報が流れ出てくる。
ラノー・アラドナツ。「私」ではない私の従者。
年齢性別etc……。
「先へ行っていてくれ。報告書と日記をつけるのが終わり次第祭壇に向かう」
またしても意図せず言葉が口をつく。
そして私は机に向き直る。
ザリザリと視界がブレる。
断片的なノイズが入る。
カチ、とスイッチを切り替えたように場面が移る。
目の前には例の金縛りの祭壇。
私は手を上に掲げ何かを唱えていた。
「……の真名において……の眠りを明かさん……」
横では緊張したような面持ちのラノーがこちらを見ている。
「……よ。理の……魔物よ。我が供物を……契約と……。……に仇為す……を滅ぼしたまえ」
その祈祷は成功するはずだった。
傍の従者が横槍を刺さなければ。
咄嗟に防ごうとするも手が動かない。
そのまま足を切られ膝を着く。
「謝りませんよ。師匠」
ラノーは両の手で逆手に持った剣を突き下ろす。
酷くゆっくりと時間が流れる。
カチ、と場面が切り替わる。
ラノーはすでに去った後のようだ。
傷口から命がこぼれ落ちるのを感じる。
不思議と痛みはない。
私はこのまま死ぬのだろう。
しかし、我が宿命を果たさなければならない。
ラノーに隠れて持ち込んでおいた魔法薬を懐から取り出す。
死の淵から脱することはできないが、祭壇を稼働させるのには充分だろう。
魔法薬を嚥下する。
青臭さや苦味が少しずつ体に染み渡る。
魔力で無理やり補った血液が熱い。
「…………悪魔よ…………!!」
祭壇が光を帯びる。
燐光が舞う。
魔力が魔法陣を構成し、地獄の門を開く。
カチ、と場面が変わる。
どうやらどこかの宮殿のようだ。
兵士のものと思われる死体が玉座の間のそこかしこに散らばっている。
今度こそ自分の体だ。
自分の意思では動かないものの見覚えのある骸骨の手だ。
そうか、私は悪魔だったのか。
通りで白骨化しているわけだ。
などと、のんびり思考を放棄していると、またしても勝手に体が動き出す。
目の前にいるおそらく王と思われる人物に手を翳す。
王は動く訳でもなく此方をただ睥睨していた。
自分の死が確定している人間の最後の抵抗だった。
手に魔力が集まる。
王の体は炭が燃え散るように、魔力に飲まれ消えていった。
記憶が加速する。早送りの動画のように。
そして辿り着く。
国は滅び朽ち果て地盤沈下が起こり、玉座の間は洞窟へと成った。
ここは自分が目を覚ました洞窟の最深部だ。
滅びるのは嫌だな。
何となくそう思った。
自分の使命もないまま放棄されたのだ。
ならせめて自分勝手に生きよう。
自分が狙われないように味方を作ろう。
気づけば私は地面にうつ伏せに倒れていた。
身体を起こす。
犬が心配そうに私の顔を舐めていた。
何はともあれ自分の出自はわかった。
私は祭壇に背を向けて歩き出す。
まずは吹き飛ばした従者を迎えに行かなければ。