起動編6
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「全く、我が主ながら加減というものをわかってないのは本当に勘弁願いたいですね」
鬱蒼とした樹海の獣道を剣で薙ぎ払いながら進む。
頭の中にぼんやりと映るのは焦った主の声と衝撃波で飛んで行く視界。
やけにゆっくりと流れる時間の中、また守れなかったと強い後悔の念を感じたのを覚えている。
次の瞬間には遥か彼方の上空だった。
「まぁ、我が主は殺されても死ななそうですし、手駒を増やしつつ帰りますかね」
自分が物言わぬ死体に戻って無いのが何よりの繋がりの証拠である。
(とすれば我が使命は大きく三つ。まず、己を鍛えること……少なくとも緊急事態が起きた時に主人に逃されているようでは従者の名が廃ってしまう)
歩きながら思考しつつ草むらから飛び掛かってきたゴブリン数匹を撫で切りにする。
実際のところ、彼は弱くは無い。むしろ人がベースになっている割には強い。
名うての冒険者や英雄と呼ばれる騎士ですら一対一では勝ち目がないだろう。
(二個目の目標は主の配下を集めること。やはり数は力。いくら私や主が強くなろうと限度がありますからね……)
思考の海に揺蕩っていると耳が風に乗ってきた剣戟の微かな音を拾った。
「……ふむ」
(何やら物騒な音が聞こえますねぇ。少し寄ってみましょうか)
音のなる方へ歩みを進める。
しばらく歩いて行くと、木々の間から煙が上がっていた。
いまだに戦闘は続いているらしく、罵倒やら剣の打ち合う音やらで辺りは騒がしい。
戦闘の主に気づかれないよう草むらから顔を出す。
(人間三、ゴブリン五、数はゴブリンの方が多いが連携が取れていない……助太刀してみましょうか)
「助太刀いたします!」
商人風の男がこちらに手を振って助かる、と声を出そうとした所を真上から斬り下ろす。
(元人間の部下はワタクシだけでいいのですよ)
「なっ」
一瞬、その場の時が止まった。
隙を逃さず残り二人も纏めて薙ぐ。
ゴブリンの方に向き直りながら剣の血を払って落とす。
「ふぅ、元々の自分の種族ながら人間は脆いですね」
異質な状況に逃げようとしたゴブリンを掴む。
暴れるが気にしない。
そのまま近くに適当に放られていたロープで五体のゴブリンをまとめて縛る。
(ゴブリンの知力ってどの程度のものなのでしょうか、いやそもそも配下にできるレベルのものが育つのでしょうか)
「まずは意思疎通のために人間の言葉を覚えてもらいましょうか」
かれこれ数日に及ぶ地獄の語学学習が幕を開けた。
☆
「さて、復唱。」
目の前にはぐったりと生気なく木に縛り付けられているゴブリン。
力無く項垂れるそれの腹部に躊躇なく剣を突き刺す。
「〜〜〜〜っ!」
「なんだ、まだ叫ぶだけの元気があるじゃないですか」
魔物はその身を魔力で補って構成しているため、人やその他の動物よりは死ににくい。
しかし、ゴブリンの数は三体まで減っていた。
視界の端には腐敗し蠅の集った元ゴブリンが人の死体と共に積まれている。
「ハイ、貴方。挨拶をしてみましょう」
一番左のゴブリンへと切っ先を向ける。
「……ア、ア、オハヨウゴザイマス」
「よろしい」
正解したので頬を横一文字に一閃。
「ギャアア」
「では貴方、感謝の言葉は?」
真ん中のゴブリンの眼前に、剣を突き出して指名する。
「……アリガトウゴザイマス!」
少し視線を宙に迷わせたあとゴブリンが答えた。
「元気があってよろしい」
軽く剣先を振るって鼻を切り落とす。
悶えるゴブリンは放置。
この五日でわかったのは徹底的に上下関係を構築するのが一番楽だということ。
それに則り、成功すれば小さい罰で済むと思わせることが大事だ。
「さて──」
最後のゴブリンを指名しようとした刹那、風切り音と共に飛んできた矢が木にゴブリンの頭を縫い止める。
「おい!そこのお前!」
振り向けばそこには冒険者然とした男が三人。
先頭は直剣と盾、中衛が槍で最後尾の弓使いを守るように立っていた。
(ふむ、一般的に言えば最前線で槍で牽制しつつ弓で削り、槍の漏れを中間の盾と直剣でカバーするのがベスト。しかし彼らは違う。──ということはパーティーで一番腕に自信があるのは先頭の男のようですね)
「お前が付近の農村からの通報にあった怪しい魔物使いの男だな!」
(どうやら話を聞いてくれそうにないですねぇ)
「いえ、私は──」
「言い訳無y」
男が言い終える前に体を回し、遠心力を込めて剣を投げつける。
意表を突いたそれは、防ごうと構えた盾ごと腕、頭と貫通。
男が後ろに倒れ込む。
「クソッたれ!」
前の男がやられ、残った男たちの顔に緊張が走る。
わざわざ待つ道理もない。
倒れ込んだ先頭の男へ駆け出す。
二歩目でトップスピード、三歩目で死んだ男の目の前へ、四歩目を踏み込みつつ突き刺さった剣を引き抜き、倒れ込んでいる男に足をかけて宙へと跳ぶ。
ワンテンポ遅れた長槍と矢の応射は身を捩って回避。
ニ射目がくる前に弓師を頭の上から股の下まで叩っ切る!
しかし地面へと着地した硬直を槍は見逃さない。
所詮金属片を縫い付けた程度の鎧を易々と貫通し、首から脇腹へと突き抜ける。
「私はねえ、いくら死なないと言っても痛みはそれなりに感じるんですよ!」
怒りが視野を狭める。
自分の肉に埋まった槍を開いた左手で掴み、手前に強く引きながら体を捻って剣を突き出す。
体内で槍が折れ、破片が散らばる音がするが気にしない。
咄嗟にエモノを離すこともできず、槍使いの男は後頭部から剣を生やして絶命した。
「逃がしませんよ」
いつの間にか縄を解いて脱走を試みようとするゴブリンの首を掴む。
体内に入った槍のカケラは取り出すのに時間がかかるだろう。
「なかなか前途多難ですねぇ」
全くやりがいのある仕事だ。
まだまだ先は長い。