起動編2
良ければブクマ等お願いします。
結果から言うと全ては間違っていたのだ。
俺たちが入ったのは迷宮ではなかったのだ。
広場へ足を踏み入れた俺たちは異様な光景を目にした。
薄汚れたボロボロのローブを纏った骸骨が、磔にされているような格好で広場の真ん中に浮いていた。
訝しさを覚え、皆が足を止めてそれを凝視していた。
冒険者としての勘が、これは危険だと叫ぶ。
本来なら魔物は広場に他の生物が入った時点で侵入者を敵と見做し襲いかかってくるものだ。
しかし目の前のそれはただ宙空に浮かぶのみである。
「あ、ああ……」
最初に影響が出たのはゼンリだった。
魔法使いというものは内外の魔力を自在に出し入れする分、他の魔力に弱く、敏感だ。
故に感じ取ったのだ。
目の前に浮かぶソレが発している鼓動のような魔力の波を。
途方も無い魔力の塊だということに。
そして、悟ったのだ。
コレからは、逃げられない。
魔法使いは直立したまま魔力の津波に飲まれて、そのまま死んだ。
過度の魔力干渉による魔力中毒だ。
その場の全員が原因不明の吐き気に襲われる。
残された者は、か細い悲鳴と共に絶命した魔法使いに視線を流すと、状況を悟った。
目の前の迷宮主は尋常の迷宮主では無い。
ただの洞窟を迷宮へと擬似的に昇華させうる存在だということを。
俺はアルトワンの方を向く。
彼と目が合う。
お前は生き残ってギルドに報告しろ。
そう、目が訴えていた。
「聖域よ!」
エイヘムの簡易詠唱が洞窟に木霊する。三人の前に半透明で白色の壁が屹立する。
彼が簡易詠唱を選んだのは最善であった。
最善ではあったがエイヘムは詠唱と共に第二波の魔力で絶命した。
この中で一番魔力への対抗力が高いのは俺だった。
その俺がパーティーの盾とならずに逃走する。
ソレはつまり、パーティーの即時壊滅を意味していた。
「な、んで……」
しかし現実は無情なもので。
帰り道はあっさりと塞がれていた。
魔法の発動した気配はない。
いや違う。
眼前にあるのは床だ。
俺はいつの間に倒、れ…………。
軽い寒気のような異物感を感じる。
心地よい睡眠を手放し、私はそっと目を開けた。
そこは自然にできた岩の広場だった。
薄暗くゴツゴツとしていて天井には蝙蝠でもぶら下がっていそうだ。
周囲を知覚するうちに、自分の体勢に疑問を抱く。
直立していた。
はて、何かの作業の途中に一瞬意識が飛んだかなと記憶を辿るものの私の脳みそは伽藍堂で、直前まで自分が何をしていたかすらも思い出せない。
まだ寝ぼけているのだろうと目を擦る。
乾いたもの同士を擦り付けた様な、掠れた音が出た。
何だろうと、自分の指をしっかりと見てみる。
視界に入ったのは人骨。
人の、骨の、指。
「うわぁぁっっっ!!」
咄嗟に腕を振り上げる。
自分の動作と連動して骨の指は宙へと放り上げられ……ない。
ということはこれは、俄には信じ難いが……信じたくないが、私の手?
手を眼前まで持ち上げ掌を捻る。
握って戻すを繰り返す。
一体何が、と現実逃避気味に周囲をぐるりと見渡してみるとそこらにはまだ腐りかけの死体が転がっていた。
「うわぁぁっっ!!」
二度目の悲鳴もやむなしである。
状況が飲み込めない。
あまりの事態に脳の整理が追いつかない。
目が覚めたら自分は人骨になっているらしく、しかも記憶が飛んでいる上、自分の周りには死体が放ってある。
体調を崩したときに見る夢でももう少し手加減がある。
しばらく固まっていたが目が覚めるということはなく、どうも今のところこれは悪夢ではなく現実に起きているようので、周囲の状況を理解するため探索をせねばと歩き出す。
ひとまずは1番近くにある死体に歩み寄る。
死体は仰向けで革製の鎧のようなものを着込み、傍には剣。背中に背負子のような荷物を持っていた。
所々肉の残ったそれはしかし、腐臭を感じさせない。
だが、これは人の死体であると、ついでに腐りかけであると何処か私の中で確信めいたものがあった。
死体を転がし、背中の荷物を漁る。
なにやら脂の入ったツボ、ところどころ目盛のようなものが刻まれた布、水の入った筒、カビの生えた硬いパンと干した肉、油の入った瓶とセットになっている紐で繋がれた石、あとは乾燥させた草か何かを丸めた丸薬、といったようなものが入っていた。
……生前のこの人は登山家か何かだったんだろうか。
脂壺はおそらく剣の手入れ用で油瓶と石は火おこしの道具だろうか。
一旦検分を終えて横の死体を見る。
土埃で薄汚れているものの元は白色だと思しきマントの男はうつ伏せで、腕を突き出す格好のまま時が止まっていた。
ちょうど万歳の姿勢をとっている。
死体はマントの中に白色のローブを着込んでいた。
突き出した手は経年劣化なのか腕から外れて地面に転がっている。
よく見ると一度切り落とした跡、とでも形容するべき傷跡のようなものが手首にあった。
傷跡の理由は推測する由もないが、とりあえず荷物を漁る。
白マントの遺体は大きい荷物袋の類は持っておらず、代わりに足にベルトでポーチをいくつか留めていた。
死体を転がして仰向けにし、ポーチを漁る。
丸薬しか入っていない……?
登山家の連れにしては軽装すぎるし服装もおかしい気がする。
いよいよこの集団死体の意図がわからなくなってきた。
何なら状況の理解は1ミリも進んでいない。
むしろ後退してる気さえしてきた。
三人目の死体は特に劣化が激しく触ると崩れてしまった。
死体が纏っている紺色のローブをめくるとおそらく女性と見られる遺体が姿を表す。
しかし他の死体よりも肉が残っておらず、また持ち物にしても多少の食料と、遺体と同サイズの杖といったところである。
杖?
ゴツゴツとした岩の広場はある程度広いものの足元は不安定だ。
足腰が悪いのか?だとすると何故こんな場所に……?
最後の死体は三人の少し遠く、恐らくこの洞窟の出口の方につんのめった姿勢で倒れていた。
身なりは1番最初の死体と似たり寄ったりで装備も同じようなものだ。
強いて言うなら少しだけ金属片で着込んでいる鎧が改造が施されている。
近くには盾も落ちていた。
何か無いかと死体を仰向けにした瞬間事件は起きた。
何か、ゴソゴソと動くような音が背後から聞こえる。
それが衣擦れの音で、そして先ほど検分していた死体が起き上がっている音だと気づき、振り向く頃には三人の死体が迫っていた。
「うあっぁっ」
屁っ放り腰で息も絶え絶えに、今の私に息はあるのか甚だ疑問ではあるが、とりあえず前に倒れ込む形で回避。
数瞬遅れて、私がいた場所を剣が通る。
どうすればいい。逃げるのか?逃げられるのか?戦えるのか?今私になにができる。考えろ!!
……しかしなにも思いつかない!!
人というものは突拍子もない、想定外の物事に遭遇すると、体が固まり、動けなくなる。
ぼんやり他人事にそんな思考をしていた。
その間にも剣は迫るが、振り下ろされたそれを目を逸らすことなく、見続けていた。
言い知れぬ虚脱感を感じていた。
しかしそれは私に到達する前に、横槍が入り弾かれる。
横槍の正体の方向に目をやると、それは下から伸びる鎧を纏った手であった。
その手には剣が握られている。
なにが起こったかはわからないが落ちてる幸運を拾わないほどアホでも無いので、取り敢えず逃げる。
そこらにある岩陰に隠れて広場の様子を伺ってみると、どうやら横槍の主は三人の死体と敵対しているらしく、戦闘が始まった。
しかして始まった戦闘であったが、その戦力の差は歴然だった。
立ち上がった最後の死体は三人の死体をまとめて薙ぎ払う。
横に一閃。
腰を落としての一撃は正確に死体たちを切り捨てる!
死体のどこにそんな力があるのかと違和感はあるが、何はともあれ胴を真っ二つにされた死体たちは動きを止めた。
ホッと息をついたのも束の間、クルリとこちらに向き直り金属片の鎧の死体が近づいてくる。
まずい。
あれからは逃げることもできなそうだ。
何より虚脱感のせいで動けない。
──終わった。
そう思った矢先、目の前の死体は膝をついた。
そして私を崇めるように見上げる。
何が何だかわからない。
「我が主人よ私めに何なりとお命じください」
……喋ったァァァァァ!!