教祖編4
王都の古い地下道の奥底に男女がいた。
革製の軽鎧に身を包んだ薄笑いが張り付いた男、相対するはボロボロの修道女服に身を包んだ隈の浮かぶ、ギラギラとした目つきの女。
「お初にお目にかかる、ロルトと申します。まずはウシュヤ殿。貴女に会えたことに感謝を」
(只者じゃないわね)
「いえ、私こそこの巡り合わせに感謝したいですわ」
(この男は何者なんだ?王国騎士団の内偵にも見えないが……王国に表面的に敵対している周辺国は存在しなかったはず。となると新たな大戦の予兆か?)
「さて……我らの当面の目的は我らの主人の確保と保護、ですので一見貴女の目標である"魔王復活及びその力で国王の殺害"には関与しないと思われるでしょう。ですが我々が主人と呼び、貴方が魔王と呼ぶそれは性質的には全く同じもののようなのです」
「なっ──。」
(目的がばれている!?いや、しかしそれよりも魔王の存在を信仰的ではなく明確に認知している!?)
「世界は思ったより狭いのですよ」
(理由には納得がいくが理解が追いつかない。なぜこの最高の瞬間での接触なの?それに、いや、しかしゴブリンの練度といいあながち嘘でもなさそうか……?)
「……分かりました。それで魔王の顕現に必要な儀式の素材などは……」
「ワタクシの僕のゴブリン共を出しましょう」
(言葉が軽すぎる。予め決まったことを話しているに過ぎないのか?……それにこうも決まったことのようにスラスラと話が進むのをはいそうですか、と受け入れるには情報を精査する時間が足りない……)
「……なるほど、では直ぐにでも儀式に取り掛かる、と言いたいところですが儀式は次の新月まで待たなくてはなりません」
「そうですか、それでは新月の夜にまたお会いいたしましょう」
男は言い終えると薄暗い闇に溶けるように消え、後にはボロボロになった椅子とテーブルだけが最初からそうであるように残っていた。
「…………あの男が何者なのかなどは所詮関係のないことだったではないか。」
(我が夫に濡れ衣を被せ殺した国王をこの目の前で殺せるのならば……)
女は一度眼を閉じ、屹然と立ち上がる。
ロルトは適当に借りた宿屋の一室にあるベッドに腰掛けながら
物思いに耽っていた。
(ふむ、計画は順調でしょう。我が主よ、魔王としての一歩を踏み出してもらいますよ。貴方は全ての魔の頂点に立つに相応しい。)
(仕掛け人としてやることは多いですが我が主人のためを思えば労働も苦ではないですねえ)
思考の海に身を沈めていると不意にドアが叩かれる。
「おきゃくさま!おゆはんおもちしました!」
給餌見習いの少女が暖かい湯気の上がる肉料理の皿を両手に持って入室する。
「ありがとうございます。お嬢さん、お礼にこの飴をどうぞ」
ロルトは服の内ポケットから飴玉を取り出す。
「良いんですか?」
と少女。
ロルトは柔らかい笑みを浮かべて少女から皿を受け取り交換する。
「誰にも内緒ですよ。バレたら味がしなくなってしまいますからね」
「わかったー!」
少女はじゃあねと扉を閉めて去っていく。
彼女にこれから起きるであろう悲劇を思うと笑みが止まらない。
「我が主の悪魔であるという部分に最近感応している気がしてきましたね」
ロルトは一人呟く。
少女が出ていった方向からごと、と人が倒れ込む音。
扉を開けて確認すると飴の包み紙を片手に握り締めたまま少女が壁に凭れ込んでいた。
ずるずると少女の足を持って部屋の中に引き摺り込む。
「早速ウシュヤ殿に送ってやるとしましょうか」
ロルトはうっすらと笑みを浮かべた。
「報告です」
またか、という言葉が頭をよぎる。
大方ここ数週間第二騎士団、もといエリザベスを悩ませている児童誘拐の件だろう。
「大通りの宿屋の娘の行方が三日前から不明とのことです」
「やはりか」
「団長、良い加減動くべきでは」
「ああ、わかっている」
「団長、オレァもう我慢ができねぇぜ」
ソファーには副団長のシヴェルが寝転んでいた。
脱力した体勢とは裏腹に目と言葉からは剣呑な雰囲気が滲んでいた。
「予定しておいた通り隊の編成は終わっているだろうな」
「はい!|都市作戦(管轄外)ということもあって人数は絞っていますが全部で六部隊、計六百人が出動可能です」
「よし、隊長格を集めろ!」
「了解しました!」
「団長、オレァ……」
「分かっている。シヴェル副隊長、単独行動を許可する」
わざわざ許可をとってくるだけあって再来の生真面目さを感じる。
シヴェルと入れ替わる形で六部隊の隊長格である六人の精悍な騎士が入室する。
「傾注。これより作戦行動を説明する」
マホガニーの机の上に王国の地下道の地図を広げる。
「マークス、アントン、私と共に行動し、正面から教団を追い詰めろ。ウクリタ、アルハロ、お前達は想定される二つの出口を塞げ。ズゥエロ、マット隊は他の隊の中間で報告を届けつつ遊撃だ」
「「「了解!」」」
「相手は民間人といえど邪教徒だ。基本的には確保が優先だが抵抗するなら略式裁判に則って殺害も許可される。作戦の説明は以上だ。各位行動開始!」
応答の声と共に六人の騎士が退室する。
「これで何も起こらず解決すると良いんだが……」
エリザベスのぼやきは騎士達の喧騒に消えた。
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