囚われた男
何度でも読んでみてください。
娘に会えなくなって25年。この事実にずっと囚われ続けている。
ここでの生活は、案外困ることはない。食事に運動、入浴ができる。あと、特別楽しみなのはラジオを聴くこと。あの子のことが流れないかと待ち望んでいるのだが、まぁ年に1度聞くことができるくらいだ。
「なぁ、自分があと何日か分かってるか?」
いつからか傍にいる男が聞いてきた。こいつの名前は知らない。それに、そんなことは分かるはずもない。でもあと何日?意外と近いのか、もしかして。
「お前は私があと何日なのか知ってるのか?」
冗談半分に聞いた。知っていたら大したものだ。
「知ってるさ!当たり前だろ!お前のような奴がいるから、俺はずっとここにいなくちゃならない。」
知ってるのか。というよりもびっくりした。急にそんな大きな声で、私に言葉をぶつけないでくれ。
それに当たり前って言葉は好きではないよ。十人十色の考え方があるって言うじゃないか。それぞれに正しさや望みがある。その中には、時に他人には理解し難いものだってあること、是非この男には分かってもらいたいものだ。
「知らなくてすまなかった。1ついいか?最近、私の娘の話を聞いたりはしてないか?
私がここに来た理由だ。この質問はたまにこいつに投げかける。毎回少し言葉を濁すように返してくるのは、未だに訳が分からない。
「…大丈夫さ。今月末だったよな。それでみんなまた思い出すよ。」
これを聞いて、私は心底ほっとした。男が続けた。
「お前のおかげで、この時期はまた、冷凍庫の商売はあがったりだろうよ。」
「はは。そりゃ傑作だ。」
と、なんてことないある日の会話を思い出した。できればあの子を初めて遊園地に連れて行った日のことを、思い出したかったんだが。これが走馬灯とは、一体全体どうなっているんだ。
私の娘、愛しい子。みんなにあの子の美しさを伝えたかった。最大限伝わるなら、やり方はなんでもよかった。ただ、この世界があの名前、顔、何もかもを片時も忘れないで欲しかった。
まぁ心配は無用か。今日、私によってさらにあの子は刻まれる。もっとみんなに知ってもらえる。早く押してくれ。
あなたの頭の中が混沌になることを祈っています。