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ダンジョンへ行こう!!  作者: 友人B
ファイル『JM4021K』
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2046年 7月11日

 プライオリキメラの首を宇賀先輩が抑え込む。

 軽自動車なら片手で持ち上げられるくらいの筋力で首を絞めつけるが、しかしキメラの方が強かった。大暴れして口から特殊ブレスが漏れている。


 しかし宇賀先輩は力負けしているパワーに根性を足して無理矢理押さえつけると、僕たちに向かって叫んだ。


「今だ!」


 僕たちは素早く動き出した。二本の剣を構えて突進する。


 僕より早く前に飛び出す影が複数。短剣を構えた『アオイ』君と『ユウカ』の矢だ。

 72本ほどの矢がほぼ同時に放たれ、1本残らずプライオリキメラの両目に突き刺さった。同時に尻尾の毒蛇が短剣で両断されて宙を舞っている。

 痛みで大暴れしようとするキメラの巨体が、ズシンと地面にめり込んだ。『ぶんる』が無詠唱で放った重力変化魔法による拘束はよく効いている。完全に動きが止まった。

 僕の体が赤色に光ったのを感じる。『黒アゲハ』による支援魔法で純粋な筋力が宇賀先輩の倍近くに膨れ上がった。僕はその力を余さず使い、両の剣をまるでハサミのように開いて、閉じた。

 プライオリキメラの首が落ちた。


「やった、か?」


 通称お化け階と言われる21階層あたりから、首が切断されてもすぐには絶命しないで胴体だけで戦ってくるモンスターがたまに出てくるようになっていた。

 そのため僕たちはまだ死んでないかもしれない油断せずにキメラの首と首無し胴体を見る。構えたまま警戒を続ける。


 しかし、今回は問題なかったらしい。首無しキメラの胴体がゆっくりと横に倒れていき、ズズンという重い音を響かせて横たわった。そのまま10秒待っても動きがない。


「……よっしゃ、最後の1匹撃破したぞ!!」


「やったーーーー!」


 宇賀先輩の勝利宣言に『ぶんる』が歓声をあげた。僕もあまりの達成感に自然と構えを解いて笑顔になった。額の汗を拭う。

 みんながそれぞれ喜んでいるのが視界に入る。僕は『黒アゲハ』の方を見て労を労った。


「やったね」


「うん! みんなお疲れ様だよ!」


 彼女も満面の笑みだった。お互い大変なことを成し遂げた、その充足感でいっぱいだった。


 女の子3人組はきゃーきゃー言いながら「みんな2年間もよく頑張ったね」と称え合ったり、「これでパーティー解散かぁ、長いようで短かったなぁ」と感慨深そうにしていたりしていた。

 まだ危険な29階層内だというのに見るからに気が緩んでる。かくいう僕もそうだ、それくらいここまで頑張ってきたからだ。


 急に聞きなれたいつものファンファーレがポケットから響いた。僕はサジテンを取り出して画面を見る。


【Lv29必要経験値72,000(72,000) 前衛職必須討伐数プライオリキメラ500(500) キングナッツ200(200) メガスライム200(200)】


『おめで(「コール)とうございます! あ(M0012『鈴木  )()は前衛系攻略者レベ(象『マンテ   』、)ル29になりま(システム実行」)した!』


「ん?」


 ファンファーレの隙間から、何か小さい音がサジテンから聞こえた気がした。まるで魔術の詠唱のような?


「やべ、このタイミングで来るのかよ!」


「チッ。みんな、早く帰るぞ!」


 『タンク』と『アオイ』君が急に大声を出した。僕たちはびっくりして彼らを見る。

 先ほどまでの喜んでいる雰囲気だったのに、急に二人の様子がおかしくなったことに戸惑う。特に『アオイ』君がこんな大声を出すのは2年以上パーティーを組んでいて初めてのことだ。

 戸惑う女の子三人を代表して、僕は二人に質問する。


「えっと、どうしたの? 『タンク』『アオイ』君、なんか用事でもあるの?」


「違う、用事じゃねぇんだ。オレも聞いてた話と違って困惑してる。とにかく一旦帰るぞ。まだ間に合うかも」


 『タンク』が僕の腕を取って引っ張り出す。『アオイ』君もなぜか先を急ごうとして焦っているようだった。

 何を焦っているのか僕にはよくわからない。同じように疑問の表情を浮かべている『ユウカ』が僕の内心を代弁してくれた。


「えっと、『タンク』どうしたんだよ? 何か困ったことでも?」


「あー、すまん。みんなには関係ないから話してなかったんだが、その、あれだ。ともかく急いで帰るぞ!」


「帰る? 帰るってどこに?」


「どこにって、そりゃお前……」


 と、ここで『タンク』の困惑した表情。見ると『アオイ』君もものすごく嫌そうな顰め面をしていた。どうしたんだろう?


「……おい、『アオイ』。思い出せるか? 諸々と」


「……発動条件はなぜか違ったみたいだけど、効果は聞いてた通りだ。もう思い出せない、何も。完全にやられた」


 二人がこそこそと何か話し合っている。最近、二人が一緒にいる機会が増えている気がする。

 少し不思議な感じだ。ダンジョン攻略以外まともに会話してくれない『アオイ』君が妙に『タンク』と仲が良い。何かあったんだろうか。


 いきなり振り向いた『タンク』は僕の肩を掴むと、強くゆすり始めた。


「おい、『マンティス』。お前、いろいろ思い出せるか? 自分の名前はなんだ? 自分の家の住所はどこだ?」


 ゆっさゆっさと強い勢いで『タンク』が肩を揺さぶる。レベルは同じはずなのに、その掴む力を振りほどけない。

 僕は痛みで顔を顰めながら答えた。


「何言ってるんだよ。僕の名前は『マンティス』だよ? 住所は……ごめん、住所ってなんだっけ? 家ってどういう意味だっけ?」


「それは……クソっ、オレも忘れちまった。説明できない!」


 『タンク』は悔しそうに歯噛みする。後ろで『ユウカ』が心配そうに彼のことを見ていた。

 僕の胸倉まで掴もうとしていた『タンク』の手を『アオイ』君が止めた。


「……よせ、もう手遅れだ。技術系の記憶も書き換えられてる。帰りたくても道がわからない。こいつらが巻き込まれたのはオレたちのミスだ。なんとかするしかない」


「……クソッ」


 『タンク』は悔しそうに吐き捨てると、僕の胸倉から手を放してくれた。一体なんだったんだろう。


 心配そうに『黒アゲハ』が近づいてきた。こっそり「何があったの?」と質問されたので「よくわからない」と素直に答えた。


 せっかくの喜びムードが二人のせいで台無しになってしまった。僕は困惑しながらも、場の雰囲気を戻そうと思って無理矢理嬉しそうな声を絞り出した。


「ま、まあようやくレベルも29になったことだし、これからもガンガンレベル上げていこうよ。みんなで頑張ればもっとレベル上げられるはずだし」


「そうね、今のパーティーメンバーのバランスすごく良いからね。息も完璧に合ってるし、どこまでもいける気がするよ!」


「うんうん、アタシレベル100目指しちゃおっかなぁ。そしたら最強? みたいな?」


 たぶん空気を読んでくれたんだろう、『黒アゲハ』と『ぶんる』も賑やかに盛り上げようとしてくれた。二人に内心感謝する。


 『タンク』と『アオイ』君は相変わらず暗い表情だった。あえて彼らには声をかけず、明るく振舞った。


「じゃあお昼休憩しようか。確か帰り道はこっちだったっけ? うん、こっちでいいはずだよね」


「うん、私もこっちだった気がする。『ユウカ』合ってる?」


「ええ、合ってるわ。こっちに一本道よね」


 そういうと、プライオリキメラが出てきた方角を指さす。記憶力も強化されている『ユウカ』が言うんだから間違いない。

 僕たちは二人の様子を気にしながらも、自分が帰るべきダンジョンの奥へと向かっていった。





…………






 ……ああ、夢か。


 僕は目を覚ました。ついうっかり熟睡してしまった。僕は顔をこすって背伸びをする。


 体に埋め込んだサジテンを慣れた動作で起動する。午前3時14分。

 なんと20分近くも眠ってしまっていった。寝ぼけ眼で着替えを始める。


 内容は忘れてしまったが、すごく良い夢を見ていた気がした。

 なんの夢だったのか。昔の夢だった気がする。なんだったっけか、うまく思い出せない。


 栄養ドリンクで朝食を済ませながら、サジテンで今日のノルマを確認する。


【Lv72必要経験値12,000,000(0) 前衛職必須討伐数 肉体強化サポートNo72 10,000(0) 精神強化サポートNo72 3,000(0) 魔術強化サポートNo72 3,000(0)】


 昨日と同じくらいだからあまり頑張らなくていいかな、と僕は気楽に考える。『黒アゲハ』にサジテンで連絡する。


『ごめん、寝坊した。準備できてる?』


『いけます』


 すぐに彼女の返事が来た、おそらく待たせてしまったのだろう。僕は急いで個室を出た。


 白くて四角い清潔な廊下が続いている。背後で個室のドアが自動で閉まる音がした。僕は道なりに進んでいく。


 少し進むと、開けた空間に出た。

 何もない殺風景な丸い部屋で、大きさは広めの個室くらい。床の中央には四角い穴が開いていて、下が見えるようになっている。

 その部屋の隅に、『黒アゲハ』がいた。僕は右手を挙げて遅れたお詫びを言う。


『おはよう。ごめん、待った?』


『おはよ、今きたところ』


 『黒アゲハ』がサジテンで僕に挨拶を返してくれる。彼女は半月状の口をさらに釣り上げて笑みを深くした。僕は言い訳する。


『さっきさ、なんかすごく楽しい夢を見た気がしたんだよね。何だったか思い出せないんだけど、そのせいで遅れたみたい。ごめんね』


『どんな夢?』


 『黒アゲハ』の質問に僕は思いのほか嬉しい気分になりながら答えた。


『なんかね、背の高い人と、女の子二人と、あともう一人くらいいたかな? そんな人たちとダンジョン攻略していて、レベルが上がったーって喜んでた夢。細かいところは覚えてないけど、なんか良い夢だったなぁ』


『……ふぅん、女の子二人、ね』


『あ、もちろん君もいたよ』


 僕がニコリと『黒アゲハ』に笑いかけるも、なぜか彼女は不機嫌のようだった。どうしたんだろう?

 僕が『どうしたの? 君もなんか夢を見たの?』と問いかけるも、サジテンからの返事がなかった。首をかしげながら、部屋の中央に空いている穴の底を見た。


 穴の下は今いる部屋が小部屋に思えるほど広い空間だった。大雑把に目測して半径500m1㎝17㎜もある半球形ドーム状の部屋だった。

 その中に、今日の討伐目標がわさわさと蔓延っている。3秒もの時間をかけてゆっくり数を数えると、ちょうど今日の目標討伐数と同じ数だけいた。


『今日はこんだけ倒せば終わりか。楽勝だね』


『そうね』


 『黒アゲハ』の返事がやたら素っ気ない。本当にどうしたんだろうか。僕は不思議に思いながら彼女に合図した。


『じゃあいつも通りにお願い』


「ククク」


 サジテンではなく今度は声に出して呪文を詠唱していた。

 『黒アゲハ』は無詠唱でも補助魔法をかけることができる。だけどそれだと僕がなんの補助魔法をかけてもらったのかわからないため、わざわざ声に出してもらっているのだ。


「アハハ、ケラケラ、クスクス、ウフフ、フフ、アハハハハハハ……」


 身体能力強化から知覚強化、反射速度強化に魔力付与に自動回復魔法。ダメ押しとばかりに緊急用反撃魔法を複数。

 彼女の綺麗な笑い声を聞きながら、体が軽くなって世界が広く感じられるようになってくる。一通り呪文をかけ終わったら、僕は『黒アゲハ』に一つ頷いた。


『じゃあ僕から行くね。最低でも1秒は待ってから突入して、OK?』


『わかったわ』


 その返事を聞くやいなや、僕は床の穴から下の部屋へと飛び降りた。空気を切り裂く音が耳元をつんざく。


 着地、と同時に肉体強化サポートNo72を12体、精神強化サポートNo72を2体、魔術強化サポートNo72を7体倒した。周辺を両手に持った2本の剣で一気に掃除していく。

 『黒アゲハ』が床に着地したときには、すでに総計500体は倒していた。この程度の数なら急ぐことはない。ゆっくり着実にレベリングをしていこう。


 ただ、今日はなんか調子が悪い。たまに肉体スピードがガクンと落ちる瞬間がある。何だろうと不思議に思った。

 理由はすぐにわかった。『黒アゲハ』が補助魔法をたまに切らしている。いつもは歌うように詠唱を続けてすべての補助魔法をかけ続けてくれるのに、今日はどうしたんだろうか。


 僕はモンスターを倒しながらサジテンで彼女に話しかける。


『どうしたの? 何か調子悪い?』


『別に』


『別にじゃないよ。明らかに今日おかしいじゃないか』


『そんなことない』


 彼女は素知らぬふりを続けている。何か怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか。

 僕は今日の会話を必死に思い出していた。特に思い当たる節が見当たらない。その後も何度も補助魔法が切れて、その0,04秒の間がすごく厳しかった。


 それでも相手は大したことない相手だったので、なんとかほとんど討伐ができた。あとは残り物の片づけと経験値稼ぎである。


 残りわずか200体を切ったところで、急に悪寒。背後を振り向くと、階層ボスが出現していた。僕は倒していた雑魚モンスターを無視して、そちらの方に飛び掛かる。

 『黒アゲハ』は、自分の背後に階層ボスがいることにまだ気づいていない。間に合ってくれ。


『逃げて!』


『え!?』


 僕は『黒アゲハ』を右腕で突き飛ばす。ぐにゅりという感触と共に、彼女が20mほど吹っ飛んだ。まだ危険区域だが、一応難は逃れた。安心する。

 と同時に、伸ばした右腕が切断された。階層ボスの一撃をまともに食らってしまった。僕は左腕一本でボスに切りかかる。


 力が足りない!


 階層ボスの硬い装甲に阻まれて、僕の剣が左手からすっぽ抜けた。僕は反射的に飛んだ剣を取ろうとして、またも失態に気づく。


 次の瞬間、左手も切り飛ばされた。


『クソッ!』


 僕は両腕を失い、体捌きだけで階層ボスの攻撃を搔い潜る。秒間145撃の猛攻をすべて紙一重でかわし続けた。

 以前両目が強化されたおかげで、いくら早い連撃ても単調な攻撃なら簡単に回避できる。僕は攻撃できないインファイトを続けながら、『黒アゲハ』の方を見た。


 雑魚モンスターはまだ200匹はいる。僕なら何匹いようがなんともないが、『黒アゲハ』は支援魔法使いで、攻撃手段があまりない。

 耐久力は高いのだけど、それは彼女が痛めつけられるということだ。僕は絶対にそれが嫌だった。


 前衛であり唯一の火力である僕が階層ボスにかかりきりになると、雑魚モンスターが『黒アゲハ』の方ににじり寄っていった。このままでは彼女が滅多打ちにされてしまう。心底焦る。


 ……なんとか他に武器があれば……


 二本の剣はどこかに行ってしまった。手があればぶん殴ることだってできるのに、今はそれもできない。『黒アゲハ』に近づく影。


 ……武器さえこの手にあれば!!……


 雄たけびを上げる。その声に一瞬でも怯んだのか、階層ボスの攻撃がほんの1撃分遅れた。その隙を見逃さなかった。

 切られた両腕に力を籠める。


「があああああああっっっ!」


 何をすればいいのか本能でわかった。自分の体に命令をする。サジテンが反応する。

 お前の名前はなんだ? ()()()()に笑われたけど恰好いいから付けたんだろう? 『マンティス』だろう? だったら武器はあれしかないじゃないか!


 両腕の断面からじゅるりという気持ち悪い音をさせて、2振りの刃が生まれた。


 一瞬だった。刃は僕の思うがままに動き、階層ボスを体を触れるそばから両断していく。一瞬で51個のガラクタの破片になった。

 階層ボスの死を確認もせず、僕は『黒アゲハ』の方に突進した。怯えて動けなくなる彼女に襲い掛かろうとしていた雑魚モンスターを真空刃すらまとった刃で断ち切る。わずか1振りで30体近い雑魚モンスターが真っ二つになった。


『大丈夫か?』


『平気。でもその手……』


 『黒アゲハ』が僕の腕を見て驚く。僕は笑って言った。


『恰好いいでしょ?』


『……うん、すごく』


 僕は先ほどより切れ味がよくなった両手で襲い来る雑魚モンスターを蹴散らす。補助魔法が切れてても関係なかった、先ほどより余裕に倒せるようになっている。

 僕は心底安心して、彼女にちょっと格好つけた。


『あと少しで終わるから。もう君を危険な目に遭わせたりしないよ。僕の大事な、唯一のパーティーメンバーだからね。約束する』


『……うん』


 そう『黒アゲハ』が頷くと、補助魔法をかけ始めてくれた。今度は全く切らさないで、いつも通りの完璧な支援だった。機嫌が直ったらしい。

 僕は残り少ない雑魚モンスターを機嫌よく狩りながら、ふとあることに疑問を抱いた。内心で首をかしげる。


 ……宇賀先輩って誰だっけ?

書き溜めはここまでです。毎日更新はここまでとなります。

あと2話でキリが良いところまで行くので、もうちょっと頑張ります。よろしければ引き続きよろしくお願いしますm(_ _)m

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