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ダンジョンへ行こう!!  作者: 友人B
ファイル『JM4021K』
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2043年 12月6日

「もうやだー!」


 『ぶんる』が嘆きだす。しかし、僕たち全員も同じ気持ちだったので否定はできなかった。


 初めてパーティーを組んですでに半年以上、現在ダンジョン攻略者にとって3つの試練である2つ目、12階層の火炎入道狩りをパーティーみんなで行っている。


「この……暑さは、本当、厳しいですね……」


 普段あまり弱音を言わない『ユウカ』さんも辛そうだった。僕も心の中で全力で同意する。


 レベル12から13に上げる条件はいたってシンプルで、火炎入道を一定数倒せばいいというものだった。他のレベル帯と違って、いろんな種類のモンスターを倒す必要はない。

 だけど、いや、だからこそというべきか、火炎入道狩りはものすごく過酷なのだ。


「ふいー、今年の夏は暑かったけど、ここはその4倍はキツイなぁ」


 ようやくレベルが追いついた『タンク』もここはキツそうだった。立派な皮鎧のうえに工事現場のおっさんみたいなタオルを首にかけていて、しきりに汗を拭っている。


 肉体を強化されていて体力のある前衛系攻略者でもこの体たらくである。技術系や魔術系の4人にはより辛いだろう。今日午前中だけで4回目の休憩だ。

 12階層で攻略を諦めて、レベル15くらいまで上げてリタイアしてしまうパーティーが意外と多く出るという話も納得であった。


「……でもこれをやらないと、火属性の耐性がつかなくて先に進めないんだよね? ……聞いてはいたけど本当に大変だなぁ……」


 『黒アゲハ』もしんどそうだった。みんな青息吐息である。僕は彼女に飲み物を渡す。


「でも討伐ペースは割と順調だよ。もう少しがんばってろ」


「そうですね……私もレベル29になりたいし」


 彼女は汗だくの顔に決意を漲らせる。ここでふと僕はみんなに聞いてみたくなった。


「そういえば……みんなはダンジョンでレベル上げたら何するつもりなの? どんな仕事とか就きたいとかってあるの?」


「はいはいはーい! その話題待ってました! 私から言っていい? ねぇねぇ?」


 先ほどまで力なく突っ伏していた『ぶんる』さんが急に元気になった。手を挙げてまで発言権を欲している。僕は軽く笑いながらまるで先生のように『ぶんる』さんを指さした。


「いいよ、じゃあ『ぶんる』さん、どうぞ」


「はい! アタシはねぇ、『魔術者』になりたいの! やっぱり今一番格好いい仕事じゃん? いいでしょ?」


 『魔術者』とは『魔技術開発及び使用者』の略称で、魔術系の攻略者の大半はこの仕事に就きたがる。

 いわゆるフリーターとか派遣社員と言われる存在だが、魔術を使えるとなると給料が段違いなうえに休みも自由に取れる人気職なのだ。なりたがる人も多いが、魔術者を必要としている企業はその10倍以上はいる。

 しかも魔術はよほどの年配になっても安定して使えるため、老後の生活も心配しないで済む安定した職であるといえよう。


 『ぶんる』は自分の将来の展望を目をキラキラさせて話し出す。止まらない。


「それでねぇ、アタシはどっちかって言うと幼稚園とか小学校とかに魔術を見せに行く人になりたいんだぁ。昔、アタシが小学一年生のとき見た魔術者の人の魔術がすごくきれいで恰好良かったし、アタシもあんな風になれたらなぁってずっと思っててさー」


「あーはいはい。その話何度も聞いたよ。ダンジョン支援会とかの人たちの奴だよね。私も子供の時はすごく好きだったわ」


 『黒アゲハ』がクスクス笑いながら同意する。見るとほとんどのみんなが笑っていた。思い当たる節はみんなあるのだろう。


 まだ話し足りなさそうな『ぶんる』を座らせて、次は自分の番だとばかりに『黒アゲハ』が立ち上がった。


「私も言わせて。私は『看護師』になりたいの。どんな怪我でも治せる最高の看護師にね」


 『看護師』もかなり人気の仕事だ。なりたがる人も多い。

 しかし看護師は魔術者と違って、ダンジョン攻略を辞めた後にさらに専門学校等に行って勉強をしないとなれない。そのため看護師になりたがる人は多いが、高レベルの人材というだけでどの企業も引く手数多なのに、わざわざ勉強までして本当に看護師になる人はあまり多くないとも聞く。


「そうなんだ。勉強とか大変そうだけど大丈夫?」


「うん、お母さんが看護師だから、なんとなくやり方聞きかじってるし、看護学校行くならお金出してくれるって言ってくれたしね。それに私もお母さんみたいに、簡単な傷や風邪だったら一瞬で治せる、そんなすごい看護師さんになりたいんだ」


 彼女はグッと握り拳を作って宣言した。汗まみれで髪の毛がへばりついているが、その目はやる気に満ちている。少しドキッとする。


 『黒アゲハ』が笑顔で、「次どうぞ」と少し離れたところにいた技術系二人に目を向ける。

 『アオイ』君は相変わらず仏頂面で無反応だったので、仕方なくといった感じで『ユウカ』が座ったまま話し出した。


「私は美容師になりたいの。それだけよ」


 それ以上言うことはない、と言った表情でプイとそっぽを向いてしまった。僕は少し驚く。

 技術系の攻略者が美容師になりたがる、というのは割と良くある話だ。ファッション関連の業界は今や元技術系攻略者だらけになっており、実際人気な職業だからだ。


「へぇ、なんか意外。『ユウカ』はもっと孤高なイメージあった」


「そんなことないわよ。流行りの服とか結構好きだし」


 賑やかで女の子らしい『ぶんる』や『黒アゲハ』さんと違って、クールな一匹狼なイメージがあったが、そういうところは女の子のようだ。

 言われてみればダンジョン外でたまに見る私服もキマっている。そっち業界によほど興味があるのだろう。


 少し照れ臭そうにしている『ユウカ』は、僕たちの方を見ると、今度は僕たちに話を振ってきた。


「それより、私はあなたたちの方が興味あるわ。なんで前衛系なんて選んだの?」


「あ、それあたしも気になってたんだよね」


 『ぶんる』が乗ってくる。後ろの方で『黒アゲハ』も興味深そうにこちらを見ていた。

 いずれ言わなければならないことだと思っていたので、むしろ良いフリだと思った。僕はあっさりとした表情でみんなに告げた。


「僕は、いわゆる公務員化しようかなって思ってて。『タンク』も一緒に」


「え、そうなの?」


 みんな口々に驚いていた。女の子3人は全員目を真ん丸にしている。『アオイ』君だけなぜかこちらから視線を外していた。

 僕は事情を説明する。


「もともと僕は強い人ってのに憧れてて、ダンジョンでレベル上げられるって聞いてどうしてもレベル30以上を目指したかったんだ。だから公務員になりたいっていうより、レベルを限界まで上げてみたいって言うのが本音なんだけどね。先輩は違うみたいだけど」


「え、でも公務員って……」


 『ぶんる』が明らかに嫌そうな顔で僕の方を見ていた。 その表情に、僕は何とも言えない顔をして返した。

 技術系や魔術系は将来いろんな職業に就けるため、かなり人気の攻略者なのだ。そのため人数が溢れていてバランス重視のパーティー編成が求められるダンジョン攻略において余り気味になっている。

 それに対して、前衛系は人気がない。それもそのはず、一部のアスリートや運動技術を極める人ならともかく、普通の人は肉体が強くなっても就ける職業が肉体労働系のきつくて汚い仕事しかない。

 しかも今は魔法技術が確立しはじめているため、単純労働の類はすべて魔術を用いた機械、魔道具によって賄っている。肉体労働系の職にわざわざ就きたい人がいても人手がそれほど必要ないのだ。


 そして公務員、つまり『ダンジョン経営及び管理公職』はそれ以上に嫌われている。理由はみんな知っている。


「公務員化ってほんとそれでいいの? 一度なっちゃうと他の仕事に就けなくなるっていうし、それに噂だと、公務員になったら一度も家とか旅行とか行けなくなるって話だよ。待遇は結構いいみたいだけど、どんな仕事してるのかスカイネットでも誰も知らないし……あたしは絶対やだな」


 『ぶんる』が、ほとんどの人が公務員化することを嫌っている理由をすべて語ってくれた。僕もあまり望ましいと思っていない。

 しかしそれでもいいと思っていた。僕は告げる。


「それでもいいんだ。昔ちょっとした事件があって、すごく強いヒーローみたいな人に助けられたことがあってさ。それから強くなりたいって思うようになったんだ。いざというとき誰かを守れるヒーローになりたい、だからダンジョンで限界までレベルを上げたい」


「そう……」


 僕がそういうと、『黒アゲハ』が寂しそうに頷いた。僕も少し寂しい気持ちになる。

 公務員化すると外に出られなくなる。としたら、たぶんみんなのレベルが29になった時点でお別れになって、彼女とは二度と会えなくなる。

 正直心揺れるが、僕も僕の夢を追い求めているのだ。諦めるわけにもいかない。


「だからあと2年くらいの短い間だけど、その間はよろしくね」


「うん、わかった」


「まあそんでもってオレも似たような理由だ。オレも公務員化を目指してる。だからそれまではよろしくなー」


 宇賀先輩が場の空気を考えずガハハと宣言した。僕はそのデリカシーの全くない発言のおかげで重くなった雰囲気が壊れたことに感謝する。

 僕はすかさず手をパンと鳴らしてみんなに休憩の終わりを告げた。


「じゃあ結構休んだし、また頑張ろうか。あと10体倒したら、今日は終わりにしてみんなで昼ご飯食べに行かない? 僕ラーメンが食べたい」


「オレも、にんにくネギマシマシで餃子とチャーハンつけるわマジで腹減ったし」


「ふふふ、いいですね。じゃあもうひと頑張り行こう!」


 僕たちは立ち上がると、灼熱地獄のダンジョンへと向かっていった。

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