2043年 5月13日(前編)
学歴社会は終わりを迎えた。
誰が悪いと言ったら如月睦枝がすべて悪い。日本のいち物理学者であった如月が、とあるとんでもない発見をしただけでなく、よりにもよって全世界に向けて大々的に発表したのだ。
最初は世界中の人にバカにされ、目の前で直接見せても手品だなんだと認めてもらえず、散々な目に遭い続けてなお彼女が提唱し続け、しかし最終的に世界中に認められ社会構造に変革をもたらすことになったそれこそが、
魔法技術の確立である。
世界を一変させたとんでもない発見からはや40年。様々な学説や理論は魔法を主軸とすることによって内容の変更を余儀なくされ、ありとあらゆる業種が大幅な進歩・変革を遂げた。
既存の知識や技術の習得ももちろん重要な学習要素ではあったが、魔法の知識及び技術を修めることが世界的に、社会的に大流行したのだ。
そして魔法技術を極めるためにもっとも効率が良い方法というのが学校教育ではなく、ダンジョン攻略であった。
「だからってさぁ。さすがに潔すぎると思うんだよね……」
やたら綺麗なハゲ頭とやたら不衛生な不精髭を生やしたやたら疲れた風体のおっさんが、着崩したスーツの胸元をボリボリと掻きながらそう言った。見間違いでなければ、頭頂部以外のいろんな場所からフケなのか埃なのかわからないものが飛び散っている。
御年37歳になるものぐさ教師、田代善哉(独身)が一枚の封筒をヒラヒラさせながらため息交じりに文句を言う。その声色は呆れと諦観を含んでいた。
しかし、僕——相川エイチは一切応じなかった。気を付けの姿勢のまま満面の笑顔で首を振る。
「いえ、今日で高校を辞めます。短い間でしたが、お世話になりました」
田代先生が摘まんでいる退学届けをちらりと見ながら、その意思が固いことを伝えた。
田代先生は今度はヒゲをボリボリと掻きながら再度ため息。
「短い間、ねぇ。本当に短い間だったな。まだ梅雨前だぞ?」
高校入学したのはつい1か月とちょっと前、五月の半ばだ。いくら学歴社会が終わったからと言って、高校を退学するにはさすがに早すぎる。
しかし僕の考えは全く変わらなかった。というか元から先生他普通の生徒とちょっとだけ考えが違うのだ。
なので変わり者の先生に変わり者扱いされても決めたことは変わらない。僕は自分の意思をきっちり伝える。
「ダンジョンに参加する資格は満16歳から。僕の誕生日は昨日の5月13日。だから高校はもう退学して、早く攻略者の仲間入りしてきたいんです!」
ため息、三度目。
「それにしたって早すぎだろ。普通は気の合う仲間をさがすために、同じ高校やクラスで1年くらい過ごすもんだぞ。ダンジョン経験者の先生の意見を聞いたり、塾へ行って予行練習したりして、2年に進学するくらいのときにダンジョン攻略者に転向するもんだろ、普通は」
「はい! 本当はそうなのですが、実は近所の先輩と知り合いでして……先輩は誕生日が遅いから、もし僕が誕生日すぐに攻略者になるのなら、一緒のパーティー組んでくれるって約束をしてもらってるんです! そこで色々直接教えてもらおうかと。だからダンジョンに早く行きたくて……」
ため息、四度目。
「先生が学生だった頃は確かにみんなダンジョン攻略者になったものだけどな。今は違うだろ。経営学とか臨床心理とか学ぶ奴もいるし、絶対に魔術技術を習得しなきゃならんというわけでもない。むしろ最近はそっちの方が人手不足で就職率が良いって聞いてるしな。一年くらい様子見した方がいいんじゃないか?」
「そうかもしれませんけど……ダンジョン攻略者は20歳までじゃないと途端に効率が悪くなるって聞きました。僕の誕生日は先ほど言ったように5月なんです。ちょっと早いんですよ。一年待ってから高校をやめると、残りの時間がすごく少なくなってしまうから……」
ため息、五度目。
「一応ダンジョンでは死なないことになってるが、大怪我は良くするって聞くぞ? 危険だし、そんな急いで攻略者になる必要もないはずだ。学校の体育の授業でもダンジョンの攻略練習も兼ねたモノになってるからな。一年くらい高校を通った方が良いと思うぞ?」
「でも行きたいんです。僕は攻略者として名をあげたいんです」
六度目。間髪おかず七度目。ついでに頭をボリボリ。
「……お前はレベリングをして魔術技術をあげたいわけでなく、攻略者に憧れている感じか。なるほど、よくわかった。もう何も言わん。お前の人生だ、好きにしろ」
「はい、ありがとうございます!!」
僕は元気よく返事をして、ほんの1か月しか顔を合わせたことのない担任教師に別れを告げた。
両手両足を大きく振って、意気揚々と職員室を出ようとした。扉をガラガラと開ける。
「おい!」
背後から声。思っていたより大きな声だったので、僕は驚いて振り返った。
先生が思っていたより真剣な表情で、僕に最後の忠告をしてきた。
「お前が早くダンジョン攻略者になりたいってのはわかった。でも、レベルを上げ過ぎるなよ?」
視線が泳ぐ。僕はさっきまでのようにハキハキ答えることはせず、曖昧に「失礼しました」と言って職員室の扉を閉めた。足早に下駄箱へと向かう。
背後から「気ぃ付けろよ」と声が聞こえた気がした。
…………
ダンジョンは全世界に400か所以上あると言われている。
そしてなんと、驚くことにその1割にあたる37か所ものダンジョンが日本にはあった。この数は大国であるアメリカ、中国を抜いて世界一位の保有数である。日本はまさしくダンジョン天国なのだ。
「よし、メールは全部送ったから、あとは返信を待つのみっと」
両親への連絡や先輩と待ち合わせ時間の確認、短い間だったけれど仲良くしてくれた友達に今度はダンジョンで会おうと伝えた。
遅刻してきた学生が、こんな朝早くに学校から出ていこうとする僕を不思議に思ったのか、何人も振り返っていた。
僕は頭の中で予定表を確認する。さっきまでメールを打っていたサジテンに表示されている時刻は8時51分。
待ち合わせは9時半。電車に乗らなきゃいけない事を考えると、正直かなりギリギリであった。
サジテンに着信音。誰からかかってきたかは予想がついたのですぐに出ようと思ったが、今からバスに乗って駅まで行く。音声での着信は躊躇われた。
なのでサジテンの裏側にある基盤を触って、魔術を発動させる。魔術回路がぼんやりと青く光ると、頭の中に直接声が聞こえてきた。
『よー、午前中に行くとは聞いてたけど早すぎじゃないか? もういいのか、高校?』
『あ、はい。退学届けを出すだけだったので、すぐ終わったんです。学生服着てくんじゃなかったなぁ』
先輩と通話がつながったことを確認すると、もうサジテンは不要なのでポケットに突っ込んだ。
両手を空にし、市営バスに乗り込み、声を出さないまま話をする。先輩の笑い声。
『あっさりしてんなぁ』
『まあもともと高校はすぐ退学する予定だったんで、こんなもんですよ』
『ふーん、まあいいや。てか学生服? 動きやすい服装じゃないと絶対キツイぞ? 着替えてくるのか?』
『はい、着替えは持ってきて駅のロッカーに入れてます。トイレで着替えたらそのままそちらに向かいますね』
『おっけー、じゃあ待ってるわ』
『あ、先輩、悪いんだけどダンジョン初心者用の武器とか貸し出ししてるんですよね? 初日は印紙代2000円あれば他なんも要らないって言われてるけど、なんか用意した方が良い物ってあります? それと、パーティメンバーってSNSとかで集めた方がいいんでしょうか? それとも……』
『あー、すまん。ちょっと急いでやることあるから後でな。こっちから電話かけたくせに悪いね。切るぞ』
と、急に通話が切れた。移動中の暇つぶしに色々ダンジョンについて話し合おうと思っていたのに、素っ気なく電話を切られてしまった。
まあちょっとテンション上がりすぎて質問がウザかったかもしれないと反省する。僕はサジテンをポケットから引っ張り出してネットサーフィンを始める。
もう何百回も見た『ダンジョン初心者ガイドライン』のサイトを開いて、最初からまた見直し始めた。
高い魔術技術を習得したかったら、魔術回路について習熟しなければならない。
魔術回路を使うだけならば、軽く触れるだけで誰にでも簡単に起動させて使うことができる。しかしそれはサジテンのように素人でも使いやすく作られている魔術回路だけであり、応用的な魔術の使用には魔術への深い知識と様々な魔術を使用する経験が必要であった。
その知識と経験を同時に、かつ効率良く習得できる場所こそが、ダンジョンであった。
ダンジョンにはモンスターがおり、そのモンスターを倒すことで経験値を入手し、レベルがあげることができる。
レベルが上がれば上がるほど、使える魔術が増え、規模の大きい魔術が使用可能となり、魔術の使用上限が増えるのだ。
使用する魔術は大別して3種類ある。前衛系と魔術系と技術系だ。共通魔術を除いてどれも特徴があるため、ダンジョン攻略だけでなく、レベルを上げた後に覚えた魔術をどう活かして就職するかでも考えなければならなくなる。
そのため、人気の系統と不人気な系統があるのだが……まあ僕はどの系統になるのかとっくに決めているので問題ない。自分の選ぶ予定の魔術系統がLv30までに覚えられる魔術やスキルを見直して、どうやって自分自身を育成していくか妄想する。
学校の勉強もこれくらい楽しみながら習熟しようとしていたら、きっと学年トップにもなれたんだろうなぁ、ともう二度と行かない学校に対してふと自嘲の笑いが出た。
情報サイトを見ながら脳内で、熟練のダンジョン攻略者になりスカイウェブ生放送の人気者になる妄想をする。
ニヤニヤ笑いながら攻略サイトを見ていると、見慣れた変な文字列を見つけて少し嫌な気分になった。
「……またインターネットの誘導かよ。ヒマな奴がいるんだよなぁ……」
一般ユーザーからの書き込みのところに、『http』で始まるアドレスが書いてあって渋い顔をした。
魔術による全世界通信可能なスカイウェブに対して、父親が子供の頃に流行ったらしいインターネットのサイトもまだ存在していた。ただそちらは有料であるうえに使える場所が限られているし、古くて正しくない情報が多いので若者からは嫌われている。
それだけではなく、サイトの読み込みに2秒もかかるうえにコンピューターウィルスの感染もありうるのだ。まともな現代人ならインターネットなんて使ったりしない。
僕も以前、変な人に絡まれた記憶があるのでインターネットは好きではない。さっさとスカイウェブのページを変えて見なかったことにする。
バスが駅に到着した。僕はロッカーに預けてある着替えを出し、トイレで着替え、電車に乗った。もちろん電車での移動中もサジテンのページをまた開く。通知が一つ。
「お、スメラギの放送やってる! 絶対見なきゃ」
攻略サイトではなく生放送のページへ移動する。お気に入りの攻略者であるチーム・スメラギのダンジョン攻略放送がやっていた。
「うわ、やべ、30階やってる! すげぇ、かっけぇ」
ダンジョン攻略における適正レベルの計算式はとてもわかりやすい。
『現在のレベルからマイナス2』が攻略するのに適正な階層で、同レベルのパーティーメンバーがいた場合はその人数分プラスするのだ。例えば5階を攻略したい場合は、ソロならLv7、3人で攻略するときは平均Lv5、5人いたらLv3でもだいたい適正となる。
Lvの最大値は99らしい。だが、一般人に許可されたLv上限は30である。つまり30階を攻略したかったらLv30の熟練者3人パーティーで挑むか、Lv28の5人パーティーが必要である。それが最低限であって、これ以下の戦力だと危険である。
ちなみにスメラギは平均Lv29で5人パーティーである。計算上では一人分余裕がある、とはいえ、30階の攻略は難易度が高いのは事実である。上級の攻略者パーティーじゃないと滅多に見られるものじゃない。
しかも記憶が正しければ、スメラギ30階初挑戦のはずだ。一人カメラ役をやってることを考慮すると、下手すると誰かが大怪我する危険性すらある危険なダンジョン攻略となる。これは注目せざるを得ない。
ちなみに死者を蘇生する魔法はない。ダンジョン攻略は昔のRPGゲームのようだが、ゲームではないのだ。
「攻略サイトでは見たことあるけど、プライオリキメラが動いてる映像初めて見たよ……。すげぇ、特殊ブレスを全部完封してる。やっぱりスメラギはすげぇなぁ……」
僕は電車のドアの近くに立ったまま、サジテンの画面に齧り付いていた。
サジテンの魔術回路をまた起動。頭の中で言葉を考え、生放送にコメントを送る。
『わこつ! 30階攻略って初めてですよね? がんばってください!』
『こんにちわ! いつもコメントありがとう! 本当は初めてじゃなくて軽く練習したんだけど、放送では初なんだよね。ここだけの秘密』
自分のコメントに即座に返事が来る。おそらくカメラ役をやってるのは技術系のカルマさんなのだろう。いつものようにリスナー一人一人に丁寧に返事をしてくれる。
さすがLv29の技術系攻略者、こんな危険な場面でも平然とレスを返してくれるだけでなく、視点が動きまくりなのにカメラが全くブレない。曲芸じみたことを平然とやってのけている。
しかもレスを返しているのは僕だけではない、全視聴者に個別に返信しているのだ。とんでもない集中力と思考能力の高さだった。さすがすぎて言葉もない。
カルマさんの高い撮影技術で撮られている臨場感溢れる生放送画面の中で、スメラギのメンバーが縦横無尽に戦っていた。
前衛系のLUMさんが巨大な剣二本で勇猛果敢に敵に殴りかかり、足止めされているうちに魔術系のゴハンさんとプッチンさんのド派手な魔法が飛んでいく。紅一点の技術系、うさ耳が可愛いポカリさんがまるでマシンガンのフルオートのようなスピードで弓矢を連発する。
まるで映画かゲームのような彼らの戦いぶりを見て、電車の中だというのに鼻息荒く興奮した。こういう派手なバトルシーンを見てしまうと、「僕も攻略者になって、早く彼らのようになりたい!」と強く思うのだった。
『まもなくー、航空公園、航空公園。お出口は右側です』
「やべ、もう着いちゃったか……」
まだ戦闘が続いているスメラギの放送を泣く泣く閉じて、僕はサジテンをスリープモードにした。電車を降りる。
電車が停車して扉が開いて目的地についた。逸る気持ちを抑えて、しかし抑えきれなかった気持ちの分だけ早歩きになって改札へと向かった。
改札口に近づくと、外に見覚えのある姿があった。僕が手を振ると、先輩も手を振ってくれた。着信音。
『おーい、スメラギが30階攻略やってたけど見たかー?』
こんな目の前で電話なんてしなくても良いのに、と一瞬だけ思ったけど、そんなことより自らの興奮を伝えたい気持ちが勝った。即座に返事をする。
『もち、さっきまで見てましたよー。カルマさんにこれから攻略者になること伝えたら「がんばれ!」って言ってもらっちゃったし!』
『あー、やっぱあのコメントお前だったか。だろうなって思ったぜ』
改札口を出て先輩の近くに駆け寄る。僕よりちょっと背が低いのだが、でも横にガッシリしていて小さくは見えない、角刈りの笑顔がとても暑苦しい、そんな宇賀マコト先輩である。
宇賀先輩は小学校のときの通学班からの繋がりである。正義感と熱血感の化身である宇賀先輩と、ダンジョン攻略者に憧れて強くなりたいと望んでいる僕は妙に気が合って、小中学校ともにずっと交友関係が続いた。
先輩と呼んではいるが、どちらかというと仲のいい友達と言った方が正しいかもしれない。
通話を切って、宇賀先輩とハイタッチする。バチンとものすごくいい音がした。ちょっと手が痛い。
「よーやく来たなぁ。待ちわびたぜ。よし、早くダンジョン行こうぜ! 急げ急げ!」
「ちょ、先輩ちょっと待ってくださいって! 僕も早くダンジョン行きたいですけど、急ぎすぎ! もっとゆっくり落ち着いて」
どっちもテンションが高い。当たり前だ。ダンジョン攻略は僕らの長年の夢だったのだ。攻略者ごっこなら裏の土手山で何百回もやった。
「いらいでか。それより今日中にダンジョン行きたいだろ、エイチ? フフフ、実は物凄い話があってだな……」
そう言って宇賀先輩は僕の背中を軽く叩く。その衝撃で前につんのめりそうになりながら、歩き出した先輩の後ろに慌ててついていく。
「すごい話? なんですか? レアアイテム手に入れたとか? それとも新魔法覚えたとか?」
ところで、ダンジョンを真面目に攻略すると、1か月にLv1上がるくらいが普通と言われている。その人の性格やダンジョンの混み具合にもよるけれど、だいたい3年でLv30を目指すのが一般的であった。
宇賀先輩がダンジョン攻略者になったのは3月初旬。だいたい2か月を経過しているため順当にレベルが上がっていればLv2、攻略者は最初のうちはテンションが上がっていてレベリングに熱中する場合が多いためLv4くらいになっていてもおかしくはない、かなり大変だけど。
宇賀先輩は暑苦しい顔を気持ち悪くニヤつかせて、親指をグッと立てた。自分のサジテンをステータス画面を表示して見せてくる。
「オレ、Lv6になったわ。ついさっきな」
「どんだけ本気でレベリングしてるんスか!!」
この時のツッコミは、芸人でもやっていけるくらい綺麗に決まったと思う。
…………
「お、やっと来たか。おつかれー」
「おつかれ、さまでした……」
僕は心底疲れ果てたという表情で戻ってきた。宇賀先輩に終了予定時刻を知らせておいたため、待ち合わせをしていた。
ダンジョン攻略にあたり、攻略者には3つの試練があると言われている。
一つ目は、攻略上絶対必須の火耐性獲得のための火炎入道狩り。二つ目は、Lv30を超えないように必ず行うパーティーメンバーのレベル調整。そして一番最初の試練が僕がついさっき受けてきたダンジョン攻略者の受付である。
僕は腕を振ってシビレを取りながら、宇賀先輩に愚痴を言った。
「……もう自分の名前と住所を何回書いたことか……。指が痛すぎて途中3回も休憩しましたよ……」
「あー、わかるわかる。オレんときは混雑しててさ、日をまたいで受付したから逆に楽だったわ。アレ一日でやるのはキッツイだろうなぁ」
「一日でやる量じゃなかったです、正直舐めてました……。スカイネットでみんなキツイキツイって言ってたのは伊達じゃなかったですね……」
正直、先輩と約束してなかったら途中で帰ったかもしれない。
50枚目までは書類の数を数えていたけど、その後何枚にサインを書いたか覚えていない。キツイにもほどがある。
だけど……僕はポケットに入れたままのサジテンを取り出した。そして攻略者が必ずダウンロードしておかないといけないとされているアプリを開いた。
「ようやく手に入れましたよ。これで僕も攻略者の一員ですね」
「お、おめっとさん」
僕が開いたアプリには大きく「Lv1」と書かれていた。
他に細かく、僕の登録IDや「前衛職」の表記、攻略者ネームも書かれていた。
宇賀先輩が僕のサジテンを見てガハハと笑った。
「にしても、攻略者ネーム『マンティス』ってどうなんだ? かまきりかよ」
「い、いいじゃないですか。恰好いいし強そうだし……」
ずっと前から決めていた名前なのだが、笑われると少し恥ずかしい気もする。僕は自分のサジテンのステータス表記画面を見た。
攻略者ネームとはそのままの意味で、攻略者としての名前である。別に本名を名乗ってはいけないわけではないのだが、ダンジョンでは一般的に攻略者ネームで呼び合うのが普通だ。
書類には必ず攻略者ネームを付けなければいけないと書かれている。そのため、みんな自分が攻略者になったときの名前を中学生のとき色々考えるものだ。
ちなみに宇賀先輩は「タンク」だそうだ。それ役職じゃないかとも思ったが、まあ守備系の前衛として戦うのが宇賀先輩の好みなんだろう。
ふと気になって、サジテンに表示されている時間を見た。午後2時19分。
脳内に響いた機械音声でもう昼時をだいぶ過ぎてることに気づいた。先輩に聞く。
「あー、先輩。お昼ご飯どうしました? 僕はアドバイス通り、オニギリ買っといたんで大丈夫でしたけど」
「オレの方もさっき食ったばっか。つうか3Fソロ攻略してた。いやーレベル6にもなるとやれること増えて楽しいわー」
なんと一人でダンジョンを潜っていたらしい。ソロ攻略者はかなり憧れるが、あまり現実的ではないのでほとんどの人はやらない。
「マジですか! 羨ましいなー。で、どうでした? 3Fってゴブリン区画でしょ? 前衛攻略者ソロだとレッサーゴブリン狩りですよね? 装備とかどうな……」
「ちょっと待てちょっと待て! 攻略者に憧れてたのは知ってるけどテンション上がりすぎだから。後で詳しく話してやるよ。それより……」
宇賀先輩はニヤリと笑う。
「お前も早く攻略者デビューしたいだろ? オレと一緒に行くぞ、オラ、早くしろ」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
と、言った直後に僕は頭をひねる。宇賀先輩の四角い顔を怪訝な表情で見上げた。
「えっと……パーティーメンバーどうするんです? 確か宇賀先輩も僕と同じで前衛系でしょ? 前衛二人ってバランス最悪じゃないですか?」
普通、ダンジョン攻略はバランス重視である。前衛系、魔術系、技術系が1人ずつ、または2人ずつがちょうど良いとされている。
わけあって前衛系は需要が高いのだが、今は時期が悪いため、パーティメンバー募集は難しい。普通はサジテンでパーティ募集するか、ダンジョン前の臨時パーティ募集広場で応募して仲間を募る。
だが宇賀先輩は顔中のパーツを笑みに変えて俺の肩を叩いた。
「まあ今日はオレのパーティメンバーがいないけどさ、オレならなんとかなるからさ。少なくとも1層のモンスターならオレ一人でどれも倒せるし、お前のサポートもできるよ。なんといっても、これだからな」
そう言うと、また宇賀先輩はサジテンに表示された自分のステータスを見せびらかした。Lv6は素直に強い。なるほど、と納得した。
「1層ってスモールベアとニードルビーとスライムですよね? スモールベアは前衛と相性がいいから僕でもなんとか倒せるとしても……ニードルビーは?」
「掴んで潰す」
「……スライムは?」
「叩いて潰す」
「……なるほど、じゃあ行きましょうか」