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ダンジョンへ行こう!!  作者: 友人B
プロローグ
1/8

プロローグ

 薄暗い大広間で、巨大なクモとカマキリが戦っていた。


 玉座の間としか言いようのない瀟洒な空間だった。そこでクモは、まるで阿修羅像のように2本足で仁王立ちしていた。足以外の6本の腕には、それぞれ違う種類の武器を持っていた。

 剣、刀、槍、鎚、鎌、盾。統一性のない全ての武装を、しかしそういう武術が元からあるかのように、クモはその多種多様な武器を有機的に構えていた。

 その立ち姿に一切の隙はなく、まるで巨木を彷彿とさせる勇壮な圧迫感があった。


 対してカマキリは半身の構え。武器はなくともその鎌になっている両手がすでに高い殺傷能力を有している。

 肘から先の両腕には手がなく、鈍く光る刃が緩く湾曲していた。とても硬そうなのに不思議と柔らかく滑らかに動いている。カマキリの呼吸に応じて両の刃がわずかに波打っていた。

 こちらもまた二本の鎌を一直線に構え、全てを切り裂こうとするかのような気迫が感じられた。


 二匹がお互いを認識し、対峙していたのはほんの一瞬だった。空気さえ凍り付きそうな瞬きほどの静寂の後、なんの合図もなく急に二匹の姿は掻き消えた。

 そして二匹のいた場所のちょうど中央付近でとてつもない衝撃波が迸った。


 戦端を常に制していたのはクモの方である。手数の多さはやはり強いのだろう、全ての攻撃が一瞬の遅滞なく連携し、カマキリに向かって絶え間なく連撃が叩きつけられる。

 大上段からの剣撃に下から切り上げる鎌、死角から槍が瞬時に突き出してきて逃げ場を塞ぐように刀が空間を薙ぎ払う。

 クモの連撃があまりに激しく、カマキリは防戦一方であった。前に出ることは一切できず、ただただクモの武器から体を逃すことを優先して立ち回っていた。カマキリの両手とクモの武器がぶつかるたびに、暗い室内で鈍い光が飛び散る。

 その動きは速すぎて常人には何をしているのかわからないほどだというのに、嵐のような戦闘はいつまでも止まらなかった。金属同士がぶつかるキンキンという甲高い音が延々響き続けている。


 さて、傍目から見たら有利なのはクモ、カマキリが不利と評価するところだろう。しかし実情は違った。

 少なくとも、現状において焦っているのはクモの方であり、実はカマキリ側には余裕があった。

 なぜなら、先程までクモが構えていた6種の武器がいつのまにか4種に減っていた。最初の激突のとき、盾と鎚が真っ二つに斬られていたのだ。


 カマキリの刃はただ鋭いだけではなかった。状況に応じて形を変えることができる。

 本来ならものすごく硬いはずの盾と鎚だったが、カマキリが刃を当て、その形に添って素早く的確に撫で斬ることで、あっさり切断してしまっていた。


 なので、回避に専念しているはずのカマキリの方が常に余裕の立ち回りだった。攻撃を避けながら隙を伺う。

 クモの連撃はまさしく怒涛の如しだったが、それでも一瞬の遅滞が生まれるときがある。初撃で武器を二つも破壊されたからだ。

 その隙とも言えないほどのわずかな瞬間をカマキリは見逃さない。両の刃を敵の武器に押し当て、スルリと切り払う。


 気づくとクモの武器は4本、3本、2本と減っていった。床に真っ二つに斬られた武器が散らばっている。

 4対2で押していたのだ、クモの武器が残り2本となってはもはや勝負がついたようなものといえよう。

 カマキリは優雅ともいえる立ち回りで横に避けながら鎌を縦に裂いた。クモの武器が剣一本だけとなったところで、カマキリが初めて攻勢に出た。

 剣での大振りな攻撃を避けた直後に、カマキリは刃こぼれ一つない両の刃でクモの首と胴を薙で斬ろうとする。


 ここで両者の表情が劇的に変わった。カマキリは痛恨の失態に気づいて顔を顰め、クモは獰猛に笑った。


 あまりに細く、あまりに透明な糸を2本、クモがこっそり使っていた。1本はカマキリの腰に、1本は振り切った己の剣にくっつけていた。

 その2本をクモが全力で強く引っ張ると、まるで魔法のように戦況が一変した。カマキリは姿勢を大きく崩し、急反転して戻ってきた剣がカマキリの右腕を根元から斬り飛ばした。

 カマキリが初めてわずかに苦痛の声を漏らす。


 さらに腰の糸を引っ張って態勢を崩そうとしたクモと、2本の糸を瞬時に左の刃で切り裂いて後ろに飛び退ったカマキリ。

 大広間中に響いていた剣撃の音が初めて鳴りやんだ。耳に残る金属音だけ残して、室内に静寂が訪れる。


 カマキリは右の刃を隠すように、左半身を前にして再度構えをとる。クモは追撃をせず、残った剣をつまらなそうに見つめてからそれを投げ捨てた。

 そんなクモを警戒しながら、カマキリは背後に右腕の切断面を向ける。


 カマキリの背後には闇が蠢いていた。

 おそらく、明るいところで遠目に見れば、それは人影に見えただろう。しかし薄暗い室内で至近距離で見ると、それは妙に大きな黒い塊でしかなかった。黒一色の全身が小さく脈動している。

 そこだけ妙に白くて目立つ半月状の口が「ケラケラ」と気持ち悪い声色で笑っている。人の耳に不快感を残すその笑い声をカマキリは黙って聞いていた。

 おかしなことにその笑い声が響いた直後、カマキリの切断された右腕に変化が現れた。


 ぐにゅぐにゅと身の毛のよだつ音をさせながら、カマキリの右腕が再生されていく。肩の切断面からピンク色の筋肉が液体のように漏れ出し、形を作っていく。

 肩口から二の腕、肘、刃と新しい筋肉が右腕をかたどり、すぐに外皮も生えてくる。ほんの数秒ほどでカマキリの無くなった右腕が復活した。

 その異常な再生シーンを全く驚くことなく、カマキリは新しく生えた右刃の様子を確かめる。そして再度クモに向かって構えなおした。

 黒い人影は「クスクス」と笑い続けている。


 クモの側も準備が整ったのか、別の武器を構えていた。身の丈3mを超す巨躯をもつクモの、さらに倍近い大きさの大剣が2本。右手3本と左手3本の腕を使って持ち上げていた。

 天井に届くほどの大剣なんてどこからどうやって運んで持ってきたのか、そんな野暮なツッコミをするものなんていなかった。数千キログラムはありそうな両手剣を三本の手で持って二刀流をする。

 その構えは荒々しさとは真逆の静謐さを有していた。まさしく鬼殺しの仏像のような威風堂々さであった。


 また、カマキリの側も準備が整ったようだった。どこから出したのかわからない空瓶が何本も地面に転がっている。二の腕で口元を拭う動作を見ると、どうやら何かの薬らしい。

 薬の効果か、それとも別の何かか、カマキリの体は薄く虹色に発光していた。背後にいる黒い塊の笑い声も「ウフフ」から「アハハ」に変わり、最後に「ククク」と笑う。

 黒い塊が笑い方を変えるごとにカマキリの体の光がより眩しく増えていった。


 両者が再び向き合い、構えをとる。今度の静寂は長かった。

 あまりの静かさゆえお互いの呼吸音が聞こえそうなほどになる。舞い散る埃一つですら己が有利になるように位置を把握する。

 距離が開いているにもかかわらず相手の目に自分が映っているのがわかる。敵もまた床に落ちたチリ一つすら己が戦術に組み込もうとしているのが、わかる。


 キッカケはなんだったかわからない。しかし先ほどと同じようにお互いの姿が瞬間に掻き消え、そして次に現れたときにはなんと勝負は決していた。


 クモの上半身がものすごい勢いで吹っ飛んでいった。構えた2本の大剣ごと真っ二つに斬られていた。カマキリは全くの無傷。

 クモの下半身は自らが生み出した勢いに負けて肉塊と化しており、上半身はカマキリの背後に、黒い塊の方へと吹っ飛んで行った。


 だがこれで終わりでもなかった。

 上半身だけになったクモは、半分に斬られた大剣を黒い塊に叩きつけようとする。黒い塊は笑いながら身を引こうとしたが、その動きはカマキリと比べてあまりにも遅い。

 黒い塊は、饅頭を潰したかのように大剣によって上から叩き潰されていた。


 そしてまたも亜光速でUターンしてきたカマキリが、今度こそクモの首を刎ねる。

 さすがに首がなくなっては動けないのだろう、クモの上半身は黒い塊を叩き潰した格好のまま、ズシンと倒れ伏した。


 カマキリは潰れた黒い塊を一顧だにせず、クモの首を見下ろす。首だけになった敵に対し、その視線に油断はない。構えを解かないままクモの首を注視していた。

 そんなカマキリを見て、クモは笑った。


「見事だ」


 クモは言う。どうやって首だけで発音しているのかわからないが、カマキリの健闘を称えた。

 そして意外と饒舌に語りだした。


「貴様の、勝ちだ。ダンジョンの最終支配者である私を倒した貴様は、新たな力を得るだろう。貴様はその力で、新たな世界を創ることができる」


 クモの言葉に、ようやくカマキリは構えを解いた。そしていくつか質問を投げかける。

 クモはカマキリの質問に答えたあと、今度は何やら遠い目をした。


「貴様は、この世界のすべてを手に入れることができる。しかし、貴様は同時に全てを失うだろう。そう、貴様はもはやヒトではない(・・・・・・)


 クモの言葉を受けて、カマキリは息を飲んだ。いつの間にか復活した黒い塊は彼らから少し離れたところで笑っていたが、カマキリに寄り添うように近づいた。

 カマキリと黒い塊は喜ぶ気配がなく、ただ静かにクモの首を見下ろしていた。


 自分に勝利した二人を眺めながら、最後の言葉を残してクモは穏やかにこと切れていった。


「ありがとう、僕を殺してくれて」

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