サンゴ礁、指輪、美しいもの。
お題小説!
「サンゴ礁」
きれいだな。
サンゴ礁を眺めながら私は思った。
もうすぐ死ぬかもしれないっていうのに、こんなことを考えている私って本当にバカなのかもしれない。
海が大好きだった。
婚約者との大ゲンカの末、彼と別れて私はこの地へと越してきて、一年間海とともに暮らしてきた。
波乗りしたり、スキューバダイビングしたり、釣りに興じたり、ただただ眺めてみたり。
日ごとに海の事を好きになっていった。嫌いなところがひとつもない。海を愛してる。心からそう感じる。
これはそんな甘さが起こした事故なのだろう。油断。
大自然をなめてはいけない。
よくそんな事を言われるが、私は海を知り尽くしているから大丈夫。
・・・大丈夫ではなかった。
スキューバダイビング中に、私は美しい魚の群れに目を奪われ、バディの制止する動作に気づかず海流の強い場所までふらふらと泳いでいった。
突如経験したことない力を感じて私は、体の自由を失った。
どれくらい意識を失っていただろうか? 私は目を覚ます。そんなに長い時間ではないようだ。
ほっとして、私は浮上しようとこころみる。が、ボンベが岩に挟まったかしたのか、身動きが取れなくなっていた。
目の前には美しいサンゴ礁。
彼の事を思い出す。
彼はやさしい人だった。あの日までケンカなんて一度もしたことがなかった。
あの日は私の誕生日だった。
私たちは大学生だったけども、彼とは婚約もすませていた。
親たちは早すぎる決断に心配そうな顔はしたが、彼の人柄をみてこの人ならと納得してくれた。
彼と私の家での誕生パーティを計画し、その日を迎えた。
彼は準備があると言って、先に帰宅した。
「おい、矢作。今日誕生日だって? おごるからみんなで飲みいかね」
それはそれまであまり親しく話したことのない、グループからの誘いだった。
私は当然断ろうとした。が、その中に友人の律子が憧れている恭介の姿があった。律子が手でごめん、お願い。と彼らから見えない角度から合図を送ってくる。
律子は当然私が今日誕生日で、彼が家で待っていてくれることを知っているはずだ。
それでもこんなチャンスはめったにないことかもしれない。
誕生日は来年もあるし。友情のためひと肌ぬぐことにした。
「ごめん、こんな遅くなっちゃった」
彼に家の鍵は渡していた。きっと彼は私の家で心配して待ってくれていることだろう。ドアを開け入ると、部屋は暗かった。
飾り付けされた部屋と料理の並んだテーブル。彼がその前に座っている。
「ほんっとごめん、あのさ律子が・・・」
言いかけたところに、
「お酒のんでるね」
と、彼がいつもの彼とは違う沈んだ口調で言う。
「あ、あのね聞いて。律子がさ・・・」
「連絡もないし、何時だと思ってるの」
「だから律子が・・・」
「律子ちゃんがなんだっていうのさ!!」
彼が唐突に大声をあげた。私は驚いて、ぎょっとする。
「どんだけ僕が心配したと思ってるのさ! 今日はきみの誕生日じゃないか。僕だけ家で一人待ちぼうけなんて。それでお酒飲んで帰ってきて。どういうつもりなんだよ!!」
「だから謝ろうとしてるじゃない。なんで聞く耳もってくれないの?」
私も一瞬ひるんだが、負けじと言い返す。
「いったい誰と飲んでたっていうのさ。男もいたんじゃないの?」
ああ。それは言ってはいけない禁句だと思う。私は律子のために純粋な気持ちで今日の日を犠牲にした。そして私自身には一つもやましいことはない。
それなのに、そういうことを疑うんだ・・・。
「あなた、そういう事言う人だと思わなかった。ちょっとこれからの関係考えちゃうな」
そう言うと、もらっていた薬指の指輪をはずしてテーブルにばん、と置く。
「あ、そう。どうぞご自由に」
そして彼は家を出ていった。
きっとあの件は私が悪かったのだろうと冷静になった今ならわかる。
それでも、彼になんと言って謝ればいいのかわからず、私は海に逃げてきた。
だがこうして甘さというか、油断というか。そういうものでまた・・・
・・・また怒らせちゃったな。
海はあまくはない場所だったし、なんでも許してくれる彼なんてものも幻想だ。
ごめんごめんごめん。
私は何に謝っているのかもうわからなかった。
ふと指輪が目に入る。
捨てることなんて考えられず、でも、もうつける権利もない気がして、紐に通して、ネックレスにし、いつも首にかけていたもの。
私はきっともう助からない。私の死体が発見された時彼はどう思うだろう。
私は指輪を握り、ぶちっとちぎると、その指輪を薬指にはめた。
きれいだなあ。
それははたして、指輪に対しての感想なのか、それとも指輪越しに見えるサンゴ礁にたいしてなのか・・・
薄れゆく意識の中で私にはやはりもうわからなかった。