レオンの過去 誓い
二年前ーー。
カナン王国とヴェリア王国は国境を接する鉱山の利権を争い戦争の真っ只中であった。
ヴェリア王国の名将ラファエル・リーツマンとカナン王国の英雄兄弟ジークフリート・バッハシュタインとレオン・バッハシュタインの戦いは熾烈を極めていた。
カナン軍幕舎ーー。
「敵ながら大したものだ。ラファエル・リーツマン、やつを倒す事がカナン勝利の最大の近道であろうな」
「はい、兄上。リーツマンはあらゆる戦術に精通している模様。こちらから何かを仕掛けるにも看破するのが余りにも早い」
兄ジークフリートに同調しレオンも敵の名将に賛辞を送る。しかしジークフリートは口元に不敵な笑みを浮かべてみせた。
「いやレオン。如何なリーツマンといえど通用する戦術があるかもしれぬ」
「なんと」
「しかしそれを実行するには練度の高い兵士と人望が厚く判断力、指揮能力に長けた部隊長が必須だ。レオン、その作戦を仕掛ける際には最も危険な役割をお前に頼みたい。よいか?」
「愚問ですよ兄上。兄上の命令を遂行する為に私はいるのです。カナン勝利の為ならばこの命、いつでも捧げる覚悟です」
「ふっ。お前のような弟がいて俺は幸せ者だな。作戦の決行には暫し時間が掛かる。招集するまで自由に過ごすがよい。フローラに伝えねばならぬこともあろう?」
含みをもたせたジークフリートの言葉にレオンは思わず赤面する。
「あ、兄上、何を」
「はっはっは。良いではないか。お前とフローラのような仲睦まじい者たちがこれからのカナンを背負って立つのだからな。男らしく決めて来い」
「からかわないでください、兄上」
「失礼致します。将軍お呼びでしょうか? あら、レオン……隊長もご一緒だったのですね」
陣幕に現れたのは目鼻立ちの整った凛々しい表情が美しい女性であった。その場にレオンがいることを認めると一瞬驚いた表情に変わり、年相応のあどけなさを伺わせる。
「ああ、フローラ。呼び出してすまなかったな。君に今後の任務を与える」
「はっ。何なりとお申し付けください」
「うむ。君には兵站確保を行う後方支援部隊の護衛をお願いしたい」
「後方支援部隊の護衛……ですか?」
フローラは疑問を抱いた。戦局は今まさに佳境を迎えており、前線で戦う兵士は一人でも欲しいはずだ。なのに後方支援部隊の護衛の任とは。
フローラは自らの力量不足が原因で前線から外されてしまったものと思い意気消沈した。俯いたその表情を見たジークフリートがレオンに目配せをし、フォローしてやれと顎をしゃくる。
「ん、ごほん! フローラ、決戦を迎えるに当たって疎かになりやすい後方支援は何よりも重要だ。非戦闘員である彼等を守ることは軍において信頼を置いている者にしか託せない非常に重要な任務。胸を張ってこの重責を果たしてみせよ」
頬を朱色に染めて言うレオンの言葉に対して、ジークフリートは満足そうに頷く。
「そういうことだ。フローラ、責任感が強く信頼足る君にしか頼めない任務なのだ。頼めるね?」
二人から信頼の言葉を掛けられたフローラは気落ちした表情を引き締め、凛と返答した。
「はい! 後方支援部隊護衛の任、必ず果たしてみせます。それでは直ちに発ちます」
「待て待てフローラ。全く、君は本当に真面目だな。その任務は本日の夜からでよい。それまで束の間ではあるが楽に過ごせ。レオンもな」
レオンが兄の心配りに低頭して感謝を示すと、ジークフリートも口元を三日月に歪めて幕舎を後にした。
残されたレオンとフローラは顔を見合わせ、引き締めた表情を緩めて笑いあった。
「散歩でもしようか?」
「ええ」
レオンの差し出した逞しい手を、剣だこのできた女性にしてはやや硬いフローラの手がきゅっと握り締めた。
太陽が西に傾いた頃、レオンとフローラは小高い丘の上に二人並んで座っていた。
「綺麗だね」と燈色に染まった景色を眩しそうに見つめる儚げなフローラの表情は、レオンにとってそんな景色より断然美しいものだった。
二人だけの穏やかで静かな時間。ただレオンの心臓だけが決戦を目前に控えたかの如く慌ただしく動いている。
「そろそろ、行かないとね」
フローラがぽつりと名残惜しそうに呟いた。
「あの、フローラ!」
「え?」
レオンの声に鬼気迫るものを感じたフローラはきょとんと目を丸くした。正面から真っ直ぐに見つめる真剣なその表情に、何かを察したフローラの頬が薄く紅潮し、視線が左右に彷徨う。
「な、なに?」
「フローラ、この戦いが終わったら、君は軍を除隊してくれ」
そう言ってレオンは懐から何かを取り出した。西日に光るそれは青玉が埋め込まれた指輪。
跪くと、再び真っ直ぐにフローラの顔を見つめる。
「結婚してくれ、フローラ。僕が一生君を守り抜く。カナンの神に誓って」
フローラの瞳から一雫の涙が頰を伝った。右手で口元を抑えながら首を細かく上下に振りながら「はい……はいッ……」と震える声を繰り返し。
レオンは緊張をどっと吐き出すと気恥ずかしそうに笑みを浮かべ、フローラの左手の薬指に指輪をそっと差し入れた。