その瞳に映る世界が移ろうとき
ヴェリア王国ではこの日盛大な催しが開かれようとしていた。城を舞台に行われるその催しにはヴェリア国民に留まらずカナン国民までもが押し掛け、王城から臨む景色一帯は詰め掛けた人々の姿で溢れている。
「ど、どうだ? 変ではないか?」
濃紺のタキシードに身を包んだラファエルが落ち着きなく右往左往しフランクに問い掛けた。
「まあ、いいんじゃないすか? 新郎よりかは新婦のパパって感じだけど」と適当な返事のフランク。
「ふぅー、緊張する……」
「あー! 隊長! 今日はいつもの汚い頭じゃないンすからがしがし掻かないでくださいよ!」
頭を掻く癖を察知したフランクが声を上げて止める。頭に上げかけた手を下ろし、ラファエルがムッとフランクを睨んだ。
「相変わらず口の悪いやつだな。言っておくが、私は整髪していないだけで汚くはないからな!」
「じゃあ、そのがしがし掻く癖止めた方がいいっすよ。見た目が汚いンすから」
「……善処する。それよりも、私はお前に謝らなければな」
しおらしく言うラファエルにフランクが眉を寄せる。
「はい? 謝るって、何の事すか?」
「ビアンカと食事の約束。果たせなくて本当に申し訳ないっ!」
「ぶっ!! 唐突に俺をフラレた扱いにするんじゃねえよ!」
「まあ、末席にはなるが招待してる事だし一応面目躍如と言う事でよいか?」
「すっげえ嫌味なやつ! ……けど、まぁ俺の言った通りじゃないですか? ビアンカを幸せにする役目は俺である必要はねえって」
にやりと笑ったフランクの表情は世話が焼ける人だと言わんばかりであったが、そこにはフランクという男の優しさが滲み出ていた。
「む……ああ。お前にも感謝している」
思えば、ラファエルがビアンカに本当の想いを伝える切っ掛けとなったのはレオンかもしれないが、フランクは最初から言っていた。ビアンカの意思を尊重すること。ラファエル自身がビアンカを幸せにすべきと言う事を。
飄々としていてふざけた男に思えるが、その実頭が切れて人情味にも溢れた好漢、それがフランク・ベルツという男だ。
「失礼する。おぉ、リーツマン。とてもよく似合っているね」
琥珀の装飾が施された扉の向こうから姿を現したのはカナン王国から遥々やって来てくれたレオンであった。その後ろには国王ジークフリートの姿もある。
「レオン! 遠いところよく来てくれた。陛下に置かれましても私どもの為に足労頂き感謝の言葉もごさいません」
「リーツマン、そんな甲斐甲斐しい挨拶はよしてくれ。君は私の戦友であり恩人だ。そんな態度で接せられては寂しいではないか」
気さくなジークフリートの言葉に一瞬目を丸くしたラファエルだったが、直ぐににっ笑みを浮かべ、戦友の言葉に応えてみせる。
「カナン国民も多くがあなたたちの晴れ姿を見に列席させてもらっている。リーツマン、あなたの生涯一の勇姿、期待していますよ」
レオンが爽やかな笑顔を向けてラファエルを茶化すと「参ったな。ただでさえ緊張しているのに」と頭を掻こうと手を伸ばし「頭掻かない!」とすかさずフランクが止めにかかる。
笑いが巻き起こり和やかな雰囲気が漂う中、再び入り口の扉がゆっくりと開けられた。
「失礼……致します」
一同は思わず息を呑んだ。
そこに現れた純白のウェディングドレスに身を包んだビアンカの美しさに皆が言葉を失った。
普段は後ろで一本に結んでいる絹のように滑らかな金髪を華やかに結い上げ、その下に覗ける白いうなじと華奢な肩がなんとも艶やかだ。
それはまるで天女がこの世に降り立ったかのような、絶世の美しさ。
息をするのも忘れたラファエルがはっとなり口を開く。より僅かに早く。
「うおぉ! ビアンカ! 滅茶苦茶綺麗だぞ!」
「本当に綺麗だビアンカ。これほどとは……」
フランクとレオンがビアンカの美しさを褒め称えてしまう。
「って、こらこら! フランクにレオン! 私より先に言うな! 無粋だぞ!」
「隊長が鈍いんすよ。そんなとこまで運動神経と連動させないでください」悪びれずにフランクがからからと笑う。
「このような格好は、落ち着かないです。あの、ラファエル……さま」
あまり見ないビアンカの恥ずかしそうな表情。頬を薄く染めたまま、ラファエルの顔を上目遣いに覗き込む。
「似合って……いるでしょうか?」
勇気を振り絞ったのであろう、ビアンカの問い。
フランクが、レオンが、ジークフリートが、ラファエルに眼差しを向ける。
ラファエルの喉仏が一度燕下し「ああ、とても綺麗だ。ビアンカ」と心を込めて呟いた。
不安そうだったビアンカの表情に恥ずかしそうな、けれども眩しい笑顔の花が咲く。その太陽のような微笑みを向けられ、ラファエルも恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ささっ、群衆が主役を早く見たがってますよ。暴動が起こる前にちゃちゃっと姿を見してあげてくださいよ」
言うや否やフランクはバルコニーへ続く大きな窓を盛大に開け放つ。すると主役の登場を察した人々の歓声が一気に湧き上がった。
「くっ、心の準備をする前に」
「ラファエルさま」ぼやくラファエルの手をビアンカの小さく華奢な手が握る。
「行きましょう」微笑むビアンカに「う、うむ」とラファエル。
二人の登場に階下の庭園から更に大きな歓声が上がる。それはやがてラファエルとビアンカの名を叫ぶ大音声へと変わり、老若男女全ての者が笑っていた。
「皆、平和を喜んでいるんだ」ぽつりとラファエルが洩らしたが、ビアンカの耳には届いていなかった。
ビアンカは胸打たれていた。ビアンカの虹彩の違う双眸が捉える人々の笑顔に。
ヴェリアの人が笑っている。カナンの人が笑っている。この碧眼に映るカナンの人々の表情はすべからく恐怖と絶望に染まっていたというのに。
暗闇に怯え、奇襲に怯え、この碧眼に怯え……。この青い瞳に映る世界は残酷で残酷な世界だったのに。
「ビアンカしゃまー!!」
小さな子どもの大きな声。
「あ……」
ビアンカに届いたその声。そして見た。
子どもたちが……笑っている。
END




