本心
レオンは二人の親愛なる様をじっと見つめていた。
先程レオンと斬り結んだ際に発したラファエルの外道じみた発言は、全て狂言だった。
ビアンカの心に刻んでしまったカナンに対する復讐心。それは彼女を救うと同時に生涯憑き纏う呪いでもあった。
ラファエルはレオンの覚悟を篩にかけたのだ。ビアンカを支え、守り抜き幸せにする覚悟があるのかを。
ラファエルのビアンカに対する想いは、どこまでも慈愛に満ちていて、それを知ったレオンは複雑な思いを胸に抱く。
ビアンカを誰よりも一番大切に思っている存在はラファエルではないか、と……。
そう感じてしまったレオンは問い掛けずにはいられなかった。
「リーツマン。いいんだな? ビアンカと歩むのが俺で」
「ああ、なぜそんな事を訊く?」
「とぼけるな。お前ではないか……。いや、俺とて負けるつもりはないのだが」
口をもごつかせながらも、レオンは意を決してラファエルを見据える。
「ビアンカの幸せを一番に願い、今までずっとビアンカを愛してきたのはお前ではないか!」
「ああ、私はビアンカを愛している」
ラファエルの表情はひどく穏やかで、こともなげに『愛している』と口にしてみせた。
「そして、ビアンカの幸せを心から願っているよ」
レオンは思った。
ああ、ビアンカが慕い敬ったラファエル・リーツマンという男は、こうも不器用な男なのかと。
「レオン、君を試す為に随分非道な事を言った。許してくれ。だが、君ならきっと、ビアンカを幸せにしてくれる」
ラファエルの態度はまるで愛娘を嫁がせる父親のようだった。しかし、その態度がレオンを苛立たせる。
この男は初めから、俺と同じ土俵に立ってなどいなかった。
「ふざけるな」
「……レオン?」
「ふざけるなよ、リーツマン……。お前は、お前は初めからそのつもりだったのか!」
レオンの怒号が響き渡る。先程まで穏やかに微笑んでいたラファエルも真剣な表情でレオンを見つめている。
「お前自身はどうなのだリーツマン? ビアンカの幸せを他人に委ね願うだけで、お前がビアンカを幸せにしてやろうとは思わないのか!?」
ラファエルに想いを伝えた時に見せた笑顔以降、ずっと沈黙しているビアンカ。
レオンはやり切れない表情でそんなビアンカに視線を向ける。
「ビアンカだって、お前のその気持ちを察したら何も言えないだろう! 想いを伝えられないだろう! 保護者面して高みの見物をするなよリーツマン。お前の願いの中に、ビアンカの意思はどこにある!?」
一つ大きく息を吐くと、レオンはビアンカに優しい眼差しをむけた。
「ビアンカ。僕と共に世界を見ると言ってくれてありがとう。とても嬉しかった。だけど、それは君の意思じゃないよ。聡い君が導き出したリーツマンを尊重した答えだ。でもね、ビアンカ。君も素直にならなきゃいけない。もっと自分の意思をぶつけるんだ。あの阿呆なリーツマンに思いっきり!」
「私の……意思」
ビアンカの色彩の違う双眸が不安げに揺れている。
すると突然。パンッ! と何かが弾ける音が鳴り、レオンとビアンカが音の在り処に目を向けた。
そこには自らの頬を両手で思いっきり張るラファエルの姿。
「ビアンカの意思……か。ふっ、部下に言われ敵に言われ、私は何度その言葉を聞けば学習するのだろうな」
真剣を両目に湛え、ラファエルはビアンカの正面に立つ。その顔を見上げるビアンカ。
ラファエルの自分を見つめる目が今まで向けられていたものとは一線を画し、唐突に胸が高鳴るのを感じる。色の白いビアンカの頬がほんのりと紅潮した。
「ら、ラファエル……隊長」
「ビアンカ、私を隊長と呼ぶのはもうやめて欲しい」
真剣な表情でそう言ったかと思えば、不意に困り顔を浮かべ整髪されていないハネついた髪をがしがしと掻いた。
「今更、私が何を言っているんだと思うよな。ビアンカ……君を愛していた。部下としてでも、娘のようにでもない。一人の女性として、君を愛していたんだ」
わなわなと震える唇から小刻みに呼気を漏らすビアンカ。胸元に手を置き、落ち着くように促しているのがわかる。茶褐色の瞳と鮮やかな碧眼の両方から、宝石のような雫がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「わた、ふっ、ふ、ふぅ……うぅ、ふっ、ふっ、わ、わた、しッ、私はッ!!」
「ビアンカ……すまないな。こういう時本当は気の利いた言葉の一つでもかけてやるべきなんだろうが、実は……私も、精一杯なんだ……。君を求めてはいけないと思っていた。君の幸せを願う事だけが、私に許された君への愛情だと思っていた」
ラファエルがさめざめと涙を流しながらビアンカに歩み寄る。幼女のように泣きじゃくるビアンカを包み込むようにそっと抱きしめた。
その途端、堰を切った感情がビアンカから溢れ出す。
「ずっと! ずっと大好きでした! 隊長のことが! ラファエル隊長の事が! ずっとずっと大好きでした! うわあぁぁぁぁぁあ!!」
「ビアンカ……君を手放したくない。私と、ずっと一緒にいてくれ」
二人の頭上で木々が風に揺れ、祝福の木漏れ日が二人を優しく温かく投影していた。
その傍らで寂しげに、しかしどこか満足そうに、レオンが微笑み目を伏せた。




